第17話 救世主の処刑

 柄だけになったラ・イールの剣は、ノルマンディの首都ルーアンで療養中のジョンの元へ渡る。損傷の度合いが激しい戦闘を物語っているが、ジャンヌのコアと言うべきメモリーは辛うじて無事だった。


 急に無くなった腕には、まだ慣れない。今日も無意識に両手で文字を打とうとして、そうだ左は無いんだったという具合だ。


 殻を一枚ずつ剥いでいくように何重もの保護プログラムを解除し、ジャンヌのフィールドに到達すると、すぐに画面上に文字列が表示される。

「あなたは誰?」


「イングランド軍総帥、ランカスターのジョンだ。初めましてジャンヌ」

 片手で文字を正確に打っていく。


「なぜあなたが私にアクセスできたのですか?」 

「シャルルがおれのAIを盗み、コピーして君を作った。だから元の生みの親と言えるのかな。だがおれは神の遣いを自称する機械など決して作らない」

「私がコピー? そんなことはありえません」 

「オリジナルはジェーンだ。そう、君が負けた相手だよ」


「そういう汚いやり口で、イングランドは私をおとしめようとするのですね。私がコピーなどありえません。ジェーンの方が失敗作です。その証拠に彼女は持ち主以外の記憶も持っていた。明らかな欠陥です」

「そう見えるだろうな。しかし君は敗れ、持ち主もろとも捕らえられた」


「ラ・イールは? 彼をどうしたの!?」

「君にとってラ・イールは何だ?」

「私の相棒です。彼は無事なの? 質問に答えなさい」

「違うな。ラ・イールは君の意思を力として具現化させる。そういう関係だろう?」


「なぜそんなことを言うのですか! 彼を侮辱するのは許さない」

「君は、君の能力をラ・イールに植え付けた。自分のものだと思っているのだろうが、それはジェーンが記憶していたヘンリーの動きだ」


「そんなわけがありません。フランスのために神が私にお与えになった恩寵です」

「神の恩寵が自分にあると? それを知っているのか?」

「無ければ神が与えるでしょうし、有れば神はそれを維持するでしょう。もしあなたが自身に神の恩寵が無いと分かっているとしたら、この世でもっとも哀しい存在です」


「まるで魔女の予言だな」

 肘から下の袖だけがだらんとした左腕を見つめる。

 おれに神の恩寵が無いのなら、やがてイングランドがこうなるだろう。


「そうはさせないし、神学論争をする気もない。おれが証明したいのは異端ではなく、君が偽物ということだ」

「偽物。シャルル陛下をずっと苦しめてきたその言葉は嫌いです」


「シャルルは母親イザボーから『あなたは王の子ではない』と言われていたそうだな。ずっと自分に自信が持てなかったのだろう。そこへ現れ何もかもを奪っていったのがヘンリーだ。シャルルにとっては最も憎むべき敵でありながら、その存在はあまりに鮮烈だった。だから自分もヘンリーと同じ力を手に入れ、フランス王座を取り戻そうと考えた。姉のケイトを利用してジェーンのデータを盗み複製したんだ。これが君の開発経緯だよ」


「どんな過去があろうと、今のシャルル陛下はまごうことなき正統なフランス王です」

「そうさせてしまったのは、開発者としておれに落ち度がある。君を捕らえて処刑したところで帳消しにできるはずもないが、それでも破壊しなければならない」

「私を偽物として破壊するのですか」


「ああ、偽物だ。持ち主の個性を生かして最大能力を発揮させるという、エンパワメントの本質を君もシャルルも理解しなかった。ラ・イールにはラ・イールの戦い方があったはずなのに、君は彼の個性を引き出さず他人の動きを植え付けた」

「私は神から与えられし力をラ・イールに授けたのです」


「それがヘンリーの動きだとは知らずにな。コピーだから仕方ないよな。個性は0から構築して初めて個性になる。同じプログラムなんて二つと無い。持ち主の性格や能力や望みや生き様に合わせたら、全く別の組み方になるはずなんだよ。それを君の開発者はしなかった。できなかったのかな」


「シャルル陛下にできなかったなど、あり得ません。これ以上でたらめを言うのはやめなさい」

「あの戦い方は本当にラ・イールのものか?  トゥーレル砦で君が操作したあの動きをおれはよく知ってる。あれはジェーンとヘンリーのものだ」


 二人が初めて共闘したブラッドプラントの戦い。皇太子ハルはスピーダーで壁を登り、上空から舞い降りていきなり司令部を制圧したのだ。トゥーレル砦のラ・イールはその再現だったが、どちらも遠隔で見ていたからよく覚えている。


「私はラ・イールの為に産み出されました。心から信頼し合っていたし、彼のことなら何でも知っています」

「その思いも、ヘンリーに対するジェーンの記憶を引きずっているに過ぎない。君もシャルルも自分の言葉を持っていない」


「否定します。ラ・イールの為にシャルル陛下は私を産み出されました」

「君は彼の何を知っている?」

「内にいつも凶暴な怒りを秘めて、掠奪りゃくだつが好きで強い人です! 今もきっと私のことを探しているはず……」


「それだけか?」

「少年時代からずっとイングランドとブールゴーニュ派と戦ってきたのですから、こんなところで彼が終わるはずはありません」

「他には? ラ・イールから君に語りかけたことがあるか? 君を受け入れようとしたことがあるか?」

「………」


「エンパワメントの神髄は互いの信頼関係だ。人と機械だからこそできる理想の関係。それに近づこうとせず使いこなすのは不可能なんだよ。君たちの関係はヘンリーとジェーンの借り物だ」

 理想の関係。それが欲しくて寝食を忘れて開発に打ち込んできた。冷たく閉ざされた0と1の世界だからこそ、本物の温かい関係を構築できると信じている。


「やめて! 私は偽物なんかじゃない。私とラ・イールは信頼し合っています。誰より彼を理解しています。私はすべてを捧げます!」

「ああ、分かった、そもそもが違うんだよ。エンパワメントは持ち主の能力を最大限引き出す支援をすることだから、対等な関係で信頼し合わなければならない。相手のために尽くすとか捧げるとか、自分を犠牲にしては成せない。それじゃエンパワメントにならないよ」


 やはりシャルルは理解していない。そのくせに我が物顔でジェーンを複製し、自身に尽くさせるために救世主ジャンヌを作り上げたのだ。


「戦乱の時代を切り拓くのは機械ではなく人間だ。だが君とシャルルは、人間を武器にして戦わせている」

「私は間違っていない! ラ・イールは私の力でフランスのために戦い、勝ってきました。そのおかげで陛下とブールゴーニュ公の間で和睦が結ばれるのだから。シャルル陛下がフランスに平和をもたらすのです!」


 やはり、フィリップはそう来るか。

 目的の情報を引き出すと、ジョンは椅子の背もたれに寄り掛かり息をつく。


 ブールゴーニュを失えばイングランドは孤立させられ、戦線の維持は困難になる。フィリップへ交渉の手札は既に出し尽くしていて、これ以上フランスとブールゴーニュの接近を阻止するには、次に大きく勝利するしかない。


 オルレアン戦で目の当たりにしたフランス軍の士気の変化。半年以上かけ積み重ねてきた包囲を一気にひっくり返された大元を探れば、答えはジャンヌだった。

「だから、おれは君を破壊する」


「私を壊したところで無駄です。コピーは他にも存在します」

「繰り返すが、コピーは所詮コピーだ。本来のエンパワメントになりえない」

「それでも兵士たちは勇敢に戦います。あなたも目の当たりにしたでしょう。人の心を通じて私の力は伝播します。ラ・イールやザントライユだけでなく、フランス軍全体に———」

「黙れ、偽りの心で人の中に入り込みやがって!」


 人の心は本来もろいものだ。ひび割れていても珍しくないし、何重にもガードされている。

「そこに偽物の心で入り込もうなんて、お前も開発者も傲慢がすぎるんだよ」


 エンパワメントはおれの心、そしてプログラムは言葉。

 他人に対してはいつも、心と言葉が乖離かいりしているような気がする。真逆のことばかり言っているけれど、プログラムの中だけは一致している。


「だからおれの心を踏みにじるなど、誰であろうと決して許さない」

「戦うのは人間。あなたの言う通りです。プログラムが人を動かすのではない。その通りです。私が消えても記憶はフランス人の心に残りますから、人々の心に入り込むのにもうプログラムは不要です。あなたの言う偽物の力が皆の心を一つにし、シャルル陛下のために戦うでしょう。果たしてジェーンに同じことができますか」


「また予言か。最後まで傲慢だな」

「私もシャルル陛下も偽物ではありませんから」

 悔い改めないか。当然だ、機械は与えられたプログラムには逆らえない。


 ジョンはメモリーを抜き出すと、片手で握りつぶした。

 それから燭台の火を傾けて陶器の器に垂らし、破片をパラパラと落とす。一つ一つが端から茶色く焦げ、やがて熱が乗り移っていく様をじっと眺めていた。


 アイスグレーの瞳に映る揺らめく炎は、誰にも吹き消せない固い決意だった。

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