第4話 第二の決戦ヴェルヌイユ 1
グレートブリテン島で南北に隣接するイングランドとスコットランドは、今日に至るまで永遠の宿敵である。
敵の敵は味方の理屈でスコットランドとフランスは結んでおり、傭兵とともに王太子軍の新たな主力として台頭していた。
そしてかつてトマスが手に入れたヴェルヌイユを、スコットランド軍はイングランド兵のふりをして城門を開けさせるという姑息な手段で占領した。
「あいつらマジで許せねぇ! ぜってぇブチ殺してやんぞゴルアアアァァァ!!」
肉食獣のようにギラギラと瞳をたぎらせるビーチャム。彼は皇太子ハルとウェールズ戦争を共にしてきた男だが、ウェールズとスコットランドもまた同じ理屈で結んでいたため、恨みは深い。
「赤マントの傭兵ラ・イールはトマス様の仇です。ボージェの戦いを私が忘れるとお思いですか? 奴は執拗にトマス様を狙い、私は何のお役にも立てず……。この私にあんな思いをさせた奴を許すわけにいきませんよ。どう料理してくれましょうか。皆殺し、絞殺、四つ裂きもいいですね。アーッヒャッヒャッヒャッ!」
仇の出現にキャラが変貌したサフォークも、怪しい笑いと共に全身に闘気をみなぎらせている。
「俺にやらせてくれえェェジョン様あアア! この手でスコットランドを血祭りにあげねぇと気が済まねぇェェ!」
「私が先陣で突っ込みます。そして地の果てまでも追い詰めて、一人ずつ恐怖の底に叩き落してやりますよ。アッヒャッヒャッヒャッ! 地獄だ! 地獄を見せてやるんだああぁぁ!」
というわけで、ジョンは全軍を二つに分けた。対スコットランド軍にはビーチャムを、対フランス軍にはサフォークを置いている。更に自軍の後方には森があり、いざとなれば退却と見せかけ森に敵を引き込み戦うことができる。
「退却命令など誰も従わないだろうがな」
「ジョン様こそそんなおつもりは毛頭無いでしょう」
サフォークに言われて、ちょっと笑う。トマスの仇を取る。その気持ちはジョンとて同じだ。
中央に装甲兵、両脇に銃撃部隊を配置したのはアジャンクールと同じ。そして2千の兵を予備兵力として後方の守備に置いた。
「ヘンリー、力貸して」
祈る相手はキリストではない。
見通しの良い平原に、フランス・スコットランド連合軍1万4千とイングランド軍1万が対峙する。天候は晴れ。
だがフランスは動かない。朝から続いた睨み合いは九時間を超え、もうすぐ午後四時になる。
「動きませんね。勝負は明日に持ち越しですか?」
「それが隙なんだよ。向こうもそう思ってる。今から始めるぞ」
サフォークが目を剥く。
「今からですか⁉︎ あと五時間ほどで日が暮れます。中断することになりますよ?」
「なぜそう思う。日没までにカタをつければいい。地獄を見せてやるんだろう?」
「……ッ、アーーッヒャッヒャッヒャア! さっすがジョン様だ。やるぞやるぞ
号令でイングランド軍右翼の先鋒が前進する。これにいち早く反応したのが、傭兵ザントライユだ。
「さあさ! ようやっとおいでなすったなあっと!」
槍のようなサイズの長剣を振り回して、しかし繰り出してきたのは雨のような銃撃だ。これまでイングランドの銃撃に散々苦しめられたフランスは少しは学んだようで、中距離兵装を整えてきたが、火力はイングランドが上。
のはずだった。
「……それが銃撃で競り負けているだと?」
もたらされた報告はいきなりの誤算。しかしジョンは動じず、次の指示を伝える。
「スピーダー部隊、出ろ」
陣の後方に隠しておいた50機ほどが飛び出していく。銃撃をかいくぐり、一気に距離を詰め、ぶつかりながら相手の戦力を削いでいく。
相手の射程外からの攻撃で外皮を剥いだところを、スピーダーの機動力で突き刺す。ヘンリーの勝ちパターンだ。
「けどそのパターンは学習済みだぜ! 飛んで火に入る夏の虫ってな。わざわざ来てくれたんだからご苦労さんだ」
ザントライユは即座に陣を組み変え対処する。スピーダー部隊にぶつかられるたび、数十人単位で死傷者を出しながらも小さくまとまりながら前進を止めない。相当にコシの強い軍団だ。
「まずいな……、破られる」
ジョンが唇を噛み、ついにイングランド軍右翼が千切れたように散開してしまう。ザントライユがそれを追い回し、後ろから串刺しにしていく。
「見たかぁ⁉︎ ボージェの戦いでも得意の銃撃を封じてやったなぁ? イングランド兵が橋の上でバタバタ折り重なって倒れていってよ、い〜い景色だったぜ。王弟トマスの顔が絶望に染まってなァ」
駆け巡るエンジン音と怒号に混ざって、その声はなぜかジョンの耳によく届く。
「そしたらあいつ、恐れをなして逃げやがった。情っさけねぇよな、総司令官のくせによ! 兵士の死体の山を盾に半泣きで帰ぇってったからよ、お尻ペ~ンペンしてやってな! 楽しかったぜェ」
長剣をブンと唸らせて、ザントライユが舌なめずりする。
「あー、もう一度ヤりてぇなぁ」
ジョンの体の内側にざわりとトゲが立ち、呼吸が荒くなるのを感じた。
だがそこへ、一台のスピーダーが一直線に突っ込む。
「うおっっ! とぉ」
間一髪でザントライユは避けるが、隣で避け損なった傭兵が両断されている。
「トマス様を愚弄しジョン様を挑発するなど、百万年早いわ!」
サフォーク率いる1600がザントライユ隊に突進する。中央を撃破した勢いそのままに襲いかかる部隊は、トマスと共に戦ってきた兵士も多く、一様に士気が高く恐れがない。
「押せぇ! 傭兵どもを地獄に落としてやれエェェ!」
「総員前進! 怯まず進め!」
サフォークが産み出してくれた隙に、即座にジョンも乱戦の構えを取る。
「おおっ、こいつぁやべぇな! おーいオッサン! 出番だぜ」
笑いながら長剣をブン回して360度に攻撃するザントライユ。近づくことすら容易でなく、一振りで二人、三人を一気に倒すのだから厄介だ。
そしてその背後に現れたのは———
「傭兵ラ・イールか」
トマスの仇だ。身長6.5フィート(2m)はゆうに越す、赤毛に赤マントの凶暴な熊のような大男。
感じたのは震えが来るほどの憎悪だった。
「エンパワメント」
指先から駆け上る冷たさも、瞬時に熱に溶かされていく。
「ジョン、落ち着きなさい。総帥が最前線に突っ込んじゃダメだってヘンリーに散々言ってたわよね。ちょっと! 落ち着けって言ってんの聞いてないでしょ⁉︎ んもぅ、無視するわけ? ざけんじゃねーわ!」
文句を言いながらメアリーがジョンの体を制御する。右に左に、飛ぶように敵の攻撃をかわし、剣線が走る。
「ハッハー! 来たぜ来たぜ総大将! お綺麗なケツ見せてくれよなぁっ!」
「お前の相手は私だ!」
サフォークが機首を回し、ザントライユの長剣ごと吹っ飛ばす。
エンパワメントで羽根のように軽い体で、一直線にラ・イールへ駆ける。大男が赤マントを払い大剣を抜く。
そこへ渾身の力で打ちつけた。メアリーに支援され、普段閉じている筋力まで全開にした一撃。だがやすやすと止められる。
そして大剣を振っていると思えぬ速さの反撃。受けると、まるで大岩を落とされたような衝撃だった。
「お前の兄のお陰で出世した。礼を言うぞ」
「その口でトマスを語るな!」
喋っている余裕はない。足の裏から脳天に至るまで全身の力を開放してなお、この男とは互角。メアリーがそう警告している。
刃を左下に流し、すぐさま次の一撃を側面から繰り出す。ラ・イールが受けの構えを取るが、ジョンの方がわずかに速い。そのまま斬り上げる。
しかし、ラ・イールの口から耳を疑う言葉が発せられる。
「エンパワメント」
瞬間、届くはずの刃が返された。
パキイイィ———ンィィン
メアリーが真っ二つに折られ、思わず動きが止まる。
息を吸おうとする間にもう、鎧ごと斬られていた。
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