第5話 戦いの螺旋

「プラントが襲撃された⁉」

 秘書のベンからの報告に、ブラッドサッカーは風船が破裂したような大声を上げた。パリの中心、ルーヴル宮近くのオフィスがにわかに慌ただしくなる。


 今日未明、所有するブラッドプラントが住民に襲撃され、従業員が負傷した。一旦追い返したが、現在も抗戦中だという。


「確かに反対運動はあったけどさぁ…」

 それは業界の常である。なおかつプラントというライフラインが敵国資本になるときたら、尚更だ。


「オーナーが変わっても雇用は保証するし、地域にも利益分配するからって納得してたじゃんか」

 現地に向かう蒸気車デッカーに揺られながら、昼食のチキンサンドにかぶりつく。


 パリとドルーの間にあるプラントだ。元々アルマニャック派の貴族が所持していたが、アングロ・ブールギィニョン同盟で家ごと没落し資金難に陥ったのを、ブラッドサッカーが買収した。地域住民もアルマニャック派で、最初は座り込みをされたり、中傷のビラを撒かれたりと強固な反対運動にあった。


「だから医療施設も商店も娯楽も作ったし、新たな雇用も生み出したじゃないの。とっくに生活の一部になってるはずなのに」


 いや、心当たりならある。


「説明会でも総会屋みたいのを雇って煽ってきてたな。シャシャがやりそうな事だよ」

 今やブラッドサッカーはイングランドの動力源かつ資金源の一つといえる存在になった。王太子から目をつけられる程の。


 ほんの小さな卸売店だった頃から、皇太子ハルは目をかけ資金援助してくれた。それこそ二人三脚で事業を拡大し、フランスでもプラントを所有するようになり、一つ一つ階段を上ってきたのだ。


「商売と戦争を一緒くたにしたくないけどね、今回ばかりは黙っちゃいられないなぁ」

 ヘンリーが投資してくれたものは、金額の問題ではなくまだ返しきれていないのだ。


 到着したブラッドサッカーの前には、武器を手にした住民たち。プラントの建屋に築かれたバリケードを、まさに破壊しようというところだった。

「いけません、危険です」

 ベンが止めるが、構わず前に出た。


「フランクよ、こいつはどうしたことだい? ジル爺まで物騒なモン持って。一体何があったのさ?」

 柄物シャツに柄ジャケットを重ねた細っこい姿が近づいてきて、最前列でナタを持つフランクがわずかにたじろく。彼は地元の村長だ。


「俺はこの地域の役に立てる。フランクも俺のブラッドにかける思いを分かってくれた。誰が何を言ってきたのか知らないけど、俺たちはさ、表面的な利害関係だけでここまで来たわけじゃないだろ」


「あんたが儲けの事だけじゃなく、住民と地域の将来まで考えてくれてるのは分かってるよ。けどな、これはもっと根深い話なんだ」

「根深いからどうだっていうんだ? 大事なのは先のことじゃないか。あんたらの孫子まごこたちがより豊かな生活を送れるようにしたい。そういう話だったろ?」


「簡単じゃねえんだよ! 俺たちはずっと…!」

「一体誰だ? 誰がどんな取引を持ち掛けてきた? それとも脅されているのか?」

「それは…」


 フランクは目を逸らした。目の前にぶら下げられた利益に踊らされている自覚はあるのだろう。戦で何もかもが一瞬でひっくり返る、貴族さえ没落する不安定な世の中だ。

「先のことより今を取りたい。その気持ちを否定はしないよ」


 しかしブラッドサッカーは、住民たちを目先の利益で釣ろうと決してしてこなかった。


 地域発展の支援となれ。富める者にも貧しい者にも、豊かであるための資源を等しく提供しろ。

 それかブラッドサッカーの信念で、従業員たちが現地に溶け込んで懸命に作り上げてきたのだ。


「けれど、うちの従業員を怪我させて、それってあんまりじゃないか? イングランドもフランスも関係なくやってきたのに、どうして今更アルマニャック派なんて…」

「あんたには悪いと思ってるよ! けどな、」


 そこへ酒焼けしたガラガラ声が割って入ってくる。

「はいはい、いちいち理想だの豊かさだの語りあってしちめんどくせえな」

 住民の後ろで短槍ほどもある長い刃を軽々とぶん回す男。鞭のように空を切る音が場違いに響く。


「誰だよ。部外者が邪魔しないでくれる」

「クククッ、膝が震えてるぜ兄チャンよ」

 暴力は怖い。しかも男はゴリラのような歴戦の戦士———傭兵だ。


「兄ちゃんな、世の中力なんだよ。力あるものに従う。それしかねえって示してんのは、おたくの国王だぜ」

「ビジネスと戦争を一緒にするなよ。傭兵の出番はこっちじゃないだろ」

「だからさー、そういうのウザイんだよ。俺は住民が困ってるって言うから助けに来ただけ。なあ?」


「ザントライユさん…」

「とっとと壊しちまいな。やらないってんなら、次どうなるか分かるよなあ?」

 ブオッ!と音を立てて、住民へ刃が向けられる。


 迫力に圧された住民らが、わあああああと逃げるようにプラント内部へ、各々の武器を振り上げ駆けていく。


「フランク待て! くそっ、プラントを破壊する気か!? バリケードは生きてるな?」

 しかしあの勢いではどこまでもつか…。住民は松明をいくつも持っていた。大爆発の危険もある。


「火は絶対マズい。主装置を緊急停止しろ———うぐぅああああああっ!!」

 背中に焼けるような痛みが走り、地面に両手をつく。


「おいおい、俺に背中向けんなよな?」

 ジャリッとザントライユが近づいてくるのが聞こえる。


「社長! しっかり…!」

 ベンが体を支えてくれるが、痛くて体を起こせない。


「ギャアアアアアァアァァァッ!」

 するとベンが悲鳴を上げた。横を見ると左肘から下が無くなってのたうち回っている。


「!!」

 ブラッドサッカーの体中に黒いものが爆発的に増殖する。

 ———こんな理不尽があるか?


 俺は正当にここを買って、地域との共存に努めた。それなのに住民たちを暴力と恐怖で操り、未来までめちゃめちゃにして。

「許せねぇ…」


 背中が死ぬほど痛い。長すぎる刃が飛んでくる。かわす。また飛んでくる。今度は腕に、足に刃を受け、膝をつくと血が滴った。


「ホラ、逃げろよ逃げろ! 次行っくぜぇ!」

 痛くてもう動けない。けれど死なない程度に痛めつけながら、これは遊ばれている。


 黒いものに内側から体を支えられ、ブラッドサッカーは立ち上がった。


「ふざけんなよ…! 俺だって命懸けで経営してんだ!! 殺すなら殺してみろよ!」

「ほーう、丸腰でよく言うもんだな。カッコつけても一つも儲けにならないぜ?」


「会社経営ってのはなぁ、傭兵と違って儲けるだけじゃないんだよ」

 言いながら思う。もうちょっとヘンリーと一緒に夢を追いたかったな。


 ビュオッ! 刃が横に走る。死を覚悟しつつも反射的にのけぞると、後ろに尻餅をついた。

「あぅ…!」

 涙が出るほど痛い。しかしザントライユが突進してくる。


 悔しくて、手のひらに掴んだ土を、耳障りなガラガラ声で嘲笑してくる顔を目掛けて投げつけた。不意を突かれたザントライユが急ブレーキで止まる。


「ベン…生きてるか? 起きろ…!」

 その間に駆け寄ろうとするが、体は全く言うことを聞いてくれない。よろよろ這っていくのがやっとだった。


「ベン!」

「おいおい、よそ見してる暇ねえぞ」

 当たり前だが砂粒をぶつけただけで倒せるはずがない。ザントライユが突き出した刃が、ずぶりと脇腹へ入り込む感じがする。


 だがザントライユはすぐに刃を引き、後退した。

 ブラッドサッカーの目の前でグリーンのワンピースが長い刃を弾き、短剣一本で身軽に斬り込んでいく。


「そんなに深く刺さらなかったから頑張って立て。逃げるぞ吸血男」

 もう一人現れたグリーンのワンピース姿に肩を担がれて足を地面に着くと、それだけで全身が引き裂かれるようだ。


「あううぅぅぅっ!! 痛すぎるよこれぇ…」

 脇腹からばたばた血が垂れて、あっという間に乾いた土に吸われていく。


「傭兵ザントライユ。お前はこんなところにいていいのか」

 長すぎる刃に距離を取りながら立ち回っていた、ヴァイオラかシザーリオのどっちかが言う。多分、支えてくれている方がシザーリオだと思う。


「ああん?」

「イングランド軍がドルーへ進軍しているぞ」

「あんだって?」

「耳を澄ましてみろ。間に合わなくなるぞ」


 言われて、ザントライユが動きを止める。すると遠くから轟音がこだまする。これは、スピーダー部隊のエンジン音だ。

「…しゃあねえな」


 血が足りなくて頭が朦朧とする。ザントライユが去っていくのを最後に、次に気付くまで何も覚えていなかった。


「ここは…」

「安心しろ、アタシたちの隠れ家の一つだ」


 寝ている床のすぐ横でヴァイオラの声がする。首を回すと、グリーンのワンピースが目に入る。彼女の腕には管が刺さっていて、辿っていくと先はブラッドサッカーの腕に入っていた。


「血を分けてくれたのか…」

「なかなか血が止まらなくて、放っておいたらマズイ状態だった。拒絶反応が起こる危険もあったが、一か八かだ。気分はどうだ?」


「君と一つになってるんだからねぇ、良いに決まってるよ」

「異端者の魔女の血だぞ」

「関係ない。俺は君とのことが公になっても構わないよ。本気だ」


「バカか。そんなことをしたら一瞬で顧客も取引先も失い社会的に抹殺されて、ヘンリー様に甚大な迷惑をかけるじゃないか」

「俺にはヘンリーより君の方が大切だよ」


「アタシは、アンタがヘンリー様を裏切らないか監視してるだけだ」

「でも俺を死なせまいとしてくれた」

「ヘンリー様の役に立ってもらう為だ」

「痛い思いをして血を分けてまでね」


 彼女はいつも、ブラッドサッカーの時間がちょっと空いた時や、なんとなく人肌恋しい時を見計らったように、ひょっこり現れる。そして短時間愛を交わし、たまに食事を共にして、すぐいなくなる。贈り物をしたくても絶対拒否。周囲に知られるのを恐れているのは、ヴァイオラの方なのだ。


「アンタの秘書には、仲間が血を分けた。腕は戻らないが生きている」

「…酷いことするよな。傭兵ザントライユって言ったか」

「ああ。王太子軍の傭兵で、赤マントのラ・イールと並ぶ強者だ」


 ラ・イールはトマスの命を奪った傭兵だという。ヴァイオラ達が動向を探っていたところ、ザントライユが住民を脅迫してプラントを襲撃するのに行き会ったらしい。


「プラントは?」

「従業者の救出を優先したから、爆発は免れたがかなり壊されてしまった。アンタにとっては命より大切なものだろう? 守れなくてすまない」


「従業員が生きていればプラントは再建できる。設備は作り直せばいいし、住民ともやり直せるさ。あーあ、俺もベンもタダで流血しまくっちゃって、もったいなかったなぁ」


 ザントライユを前に沸き上がった、黒くてべったりした感情はもう無い。生まれ変わったかのようにすっきりと、もう一度やり直すのだと思えた。


「アンタは根っからの商売人だな。アタシが死んだら、血は全てヘンリー様のスピーダーの燃料にしてくれ」

「あのね、それ言われて普通の男ならドン引くよ?」

「そうか?」


 ヴァイオラの顔はド真面目だ。思わずブラッドサッカーが吹き出すと、全身激痛だった。

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