再戦アジャンクール ~料理対決~2

「ジュリアさんとはどのようなご関係なのですか」

「どっ⁉ どのようなって? なな何もねぇよ」

「そうそう、あたしが一方的に好きなだけで」


「好き…。ジュリアさんのような素敵な女性から好きと言われて何とも思わないわけありませんよね?」

「ういぃっ⁉ だからオレは何も…! 誓って何もねぇよ!」


「一昨日の夜、一人で外出されましたよね? どこへ行ってらしたんですか?」

「そ、それはひとっ走りしてだな…」

「また暗闇で猛スピード出されたのですね? おやめ下さいと言ったばかりでしょう」

「ハイゴメンナサイ」


「あのっ、あたしはもう結婚してるし、赤ちゃんもできたし! でもハル様が好きだけど…」

「え、そうなのか?」

「うん」


「そうかそうか! めでたいな。よしカトリーヌ、オレたちも早く子供作ろうぜ!」

「告られてますけど…」


「ねえハル様、王妃様はね、昨日からすごく頑張ってこのアップルパイを作ったんだよ。高貴な方なのに手も顔も粉だらけにしながら、何度も何度もやり直して。あたし感動しちゃった」


「ジュリアさん…、もう良いのです。何度も失敗して、どうしても上手くいかなくて途方に暮れていたら、ジュリアさんが手伝ってくださいました。ですから、これは私が作ったものではありません」


「そんなことないです! あたしが手伝ったのは生地をねるところと、焼き加減見ただけだし」


「あらっ、それならあたくしのスイーツをぜひ召し上がってほしいわぁ」


ト:出たーーっ! フランス王妃イザボーの乱入!

ブ:御年四十八歳、今日もサーモンピンクのドレスを可憐に着こなし、世のオジサマ方の心と財布の紐とついでに腰紐も緩める、魅惑の聖母のご登場!


「あたくしのは、ゴーフル(ワッフル)ですわ。こうして蜂蜜をたぁっぷりかけて」

「お母さま…!」


ト:正妻の娘を押しのけてヘンリーに迫るぞ。

ブ:あーっとしかし、隣から愛人の無怖公がデレデレ割り込んできましたね。


「かわいいおまえ、わしに食べさせておくれ。あーん」

「いやですわ。あたくし敗者には興味ありませんの」

「うんめぇ~! このワッフルって、初めて食べた!」


ト:おっ、またも乱入してきたこの声は、甘党のハンフリーだ。


「あらっ、かわいらしい方ね。兄君の暗殺に興味はおあり?」

「おのれ…ランカスターのクソガキが!」


ブ:無怖公をスルーしたイザボー王妃。もうハンフリー様の顎を撫でてるぅ!

ト:あいつは爆乳好きだし、任せとけばいいんじゃないか。

ブ:その間にヘンリー様が、カトリーヌ王妃のアップルパイを一気食いー!


「うん、うまい! こんなに嬉しいことはねぇよ。カトリーヌ、オレと結婚してくれてありがとう」

「あなた…私こそ…」

「あぁっ、泣くこたねぇだろ」

「やだ、あたしまで泣けてきちゃったよハル様…」


ブ:くーーっ、俺もヘンリー様と結婚したかったぁぁ!

それじゃ判定だ。ヘンリー様、白。シャルル・ドルレアン氏、赤。無怖公、赤。というわけで2回戦はジュリアの勝利!

ト:だってヘンリー、カトリーヌのアップルパイは他の二人に食べさせなかったもんな。



ブ:さあ、ここまでの勝負は一対一。最終戦で勝負が決まるぜ。赤組はヘンリー様の側近モー。白組は王太子兄弟のルイとシャシャだ。

お題は『俺の勝利メシ』。腹が減っては戦はできぬってわけで、みんな戦場でどんなものを食べてるのか気になるよねぇ。


ト:ルイとシャシャは戦ってないけどな。

ブ :しかーし、王太子兄弟の料理を運んできたのは、なんと小さなリチャード⁉ 子供を人質に取るとは、おのれ卑怯なフランス王家!


「勝手に人聞きの悪いこと言わないでくんない。この子がヘンリーを驚かせたいって言うから、協力してあげたんだ」

「卑怯なのはぼくたちじゃなくてブールゴーニュでしょ。なんであいつと同じチームなの」


ト:シャシャに睨まれたフィリップも睨み返している。この二人の因縁は先々続きそうだな。


「ねぇおにいちゃんたちー、けんかしてるとシチューがさめちゃうよ? はいっ、ヘンリー」


ブ:リチャードが運んできたのは、豆と牛肉のブラウンシチュー。よく煮込まれてていい匂いだね。お、一口食べたヘンリー様の目の色が変わったぞ。


「ありがとなリチャード。お前ぇもこれを作ったのか?」

「うん。あのおねえちゃんといっしょに」

「あっ…」


ト:指差す先はジュリアか。違う違う! と顔の前で腕を振ってるけど…


「だよな。これは猪頭亭シチューの味だ」

「おにいちゃんたちはフランスごで、おねえちゃんとぼくはえいごで、ことばつうじないけどいっしょにつくったんだよ。おいしい?」


「ああ、絶品だ。ルイとシャシャも良いとこあるな」

「うん! やさしいおにいちゃんだったよ」


ト:さあ、リチャードと猪頭亭を奪われて圧倒的不利な状況だけど、これにモーはどう対抗するのかな。


「私のは料理と呼べる程のものではありませんが」


ブ:モーが運んできたのは何だ? 葉っぱに覆われている? しかしヘンリー様は白い歯を見せて笑ってますね。


「昔、秘密基地でよく作ったよな」

「色んなもの入れましたよね」

「蛇、蜘蛛、昆虫は大体いったよな」

「ヒィーって言いながら食べましたね。足が口に刺さるんですよ」


ト:あれは俺も食べたことがあるよ。中身は肉や魚、木の実やキノコやハーブとかなんでもよくて、塩と香辛料を振りかけてホオノキの大きな葉で包み、焚火の周りに置いて蒸し焼きにするんだ。


ブ:審査員の二人も興・味・津・々。


「私も戦場で似たような料理を食したことがある。兵士たちはカオスと呼んで、何が入っているのか秘密にされたが、意外に美味であった」

「わしも、こういう素朴な料理は好きであるぞ! がっはっはっはっ!」


ト:ちなみに今日の中身は何だろうな?


ブ:さあ、これまでの結果は赤、白それぞれ一勝ずつ。果たしてこの勝負は!?

シャルル・ドルレアン氏、白、無怖公、赤。勝敗はヘンリー様の判定に委ねられた!


「なあ、敵味方関係なくみんなで食って美味けりゃ、勝敗はもういいんじゃねぇか?」

「ハル様…」

「ぼくも! ぼくもモーのへびとか、くろいようせいのおにいちゃんのたまごのやつたべてみたい!」


ト:ま、ヘンリーは昔から大勢で食卓を囲むのが好きだったからな。

ブ:ええ、シャルル・ドルレアン氏と無怖公も頷いてますしね。

それでは、これにて料理対決は終了! みんなで食べましょ。



 戦場跡にデーンと大きなテーブル。そしてたくさんの料理が広げられた。


「これ美味しいねルイルイ」

「一緒に作るの楽しかったなシャシャ」


「ワッフルおかわり!」

「うっふふふふ、かわいい方! どうぞ。あ〜ん」

「あ~~ん」

「イザボォォ…」


「ねえジョン、次はしっかり煮込んだ卵の美味しさを君に認めさせてみせるからね」

「フン、興味ないな。それよりヘンリーの奴、おれじゃなくてフィリップに上げやがって…!」


「このシチュー、とても美味しいです」

「王妃様にもいつかお店に食べに来てほしいなぁ。いっぱいご馳走するから!」


「カオスの中身は一体何なのだ? この白身の肉は…皆不安ではないのか…?」


「みんな、いい顔してますね」

「これがヘンリーが見たかった、一つの空の下の世界なんだろうな」

 ブラッドサッカーとトマスは目を細めた。今日のアジャンクール戦場跡は、青空が眩しい。


「ところでブラッドサッカー、お前、同棲相手と別れて一人暮らしなんだろう? 料理はするのか?」

「まあ、女性が来るときは作ってもてなしますよ。簡単なものですけど」

「ふぅん。ヴァイオラ?」


 一瞬、トマスの目の奥に殺気が宿ったのを、ブラッドサッカーは見逃さなかった。


「あはははははははははははは」

「ははははははははははははは」

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