第2話 再びフランスへ

 再戦の機は不意に訪れる。

 孤立したアルフルールが、フランスの攻撃を受けていた。本国からトマスが到着したのはまさに開戦前夜というタイミングだったが、元来が堅牢な城塞である。守りは万全だ。


 陸からでは敵わぬとみたフランス軍の次の手は、海からの攻撃だった。迎え撃つイングランドは艦隊を出撃させる。


 海軍を率いるのはヘンリーではなく、弟ジョンだ。昨年上陸時にヘンリーが旗艦にしたキャラック船が欲しいとねだったところ、あっさりくれたのだという。我が弟ながら羨ましい。


「じゃ、そろそろ始めるね」

「指揮はお前に任せる。援護するから、思いっきりやれよ」

 黒い箱の中のジョンは、海上から通信してきていた。どういう仕組みなのか説明されてもトマスには理解できないが、とにかく便利だ。


 ヘンリーからは「任せる」とだけ言われていた。初めての海戦に臨む弟のことも含めてだと解釈している。


 フランスは大型キャラック船やガレー船の戦艦を調達していた。一方のイングランド軍は、小型船がメインである。この兵力差は如何いかんともしがたい。

 しかし六時間に及ぶ激闘の末、ジョンはこれを蹴散らした。


「俺の援護なんか不要だったな。陸に全く近づけなかったじゃないか、良い指揮だった」

 トマスかねぎらうと、ジョンは黒い箱の中で少し嬉しそうに「時間かかりすぎちゃったけどね」と手を振った。


「さすがジョン様です。初めてとは思えぬ、見事な勝利でした」

 通信を切ると、そばに控えていたシザーリオが口を開く。毛先だけオレンジ色に染めた長い金髪に、グリーンのワンピース姿。女の姿の方が何かと便利なのだという。


「ああ。あいつは指揮官の器に育っているな」

 敵の大型艦船をこちらは小型船の駆動力でしつこく追い回し、粘りの攻撃で疲弊させたところに移乗する。そして肉弾戦で一気に制圧。そういう戦い方をしながらも、ジョンは決して無理に突っ込ませようとしなかった。退き際の見極めには天性のものがある。指揮官として重要な要素だ。


 面倒臭がって人前に立とうとしないが、本来のジョンは口が立つ。ハンフリーなど口喧嘩でいつも泣かされていた。

 それにかつて、皇太子ハルへ反乱を起こしたランドの弱みを握り寝返らせたうえ、相手の要望に同意したと見せかけ一網打尽にしたことがあった。そういう素質があるのだ。


「オレには小さなシャチが連携してクジラに挑むように見えました。こういう戦いは見ていて興奮する」

「今回は凌いだが、今後の防衛にクジラの大型艦船は必須だとヘンリーに伝えろ」

「御意」


「それで、会談はどうだった」

 ヘンリーとブールゴーニュ無怖公の極秘会談が、イングランド領カレーで実現していた。戦いを弟たちに任せたのはその為だ。


「ヘンリー様のフランス王位継承は無怖公も認め、極秘援助を得られることになるかと。ただ……」

 シザーリオは言葉を止める。


「あのたぬきオヤジが言行を一致させるかだろう?」

 援助を約束しながら、平気で敵方アルマニャック派王家と休戦協定を結ぶ。無怖公にはそういう前例が既にある。


「オッサンの二枚舌に翻弄されるのも、そろそろなぁ」

「ええ。種は撒いてきました。いつ芽を出させるか、その調整だけです」

 水銀に浸したようなシザーリオの目。ヴァイオラにはないギラつきを見せる時、同じ顔や恰好をしていてもやはり男だなと思う。


 主力を失い弱体化したアルマニャック派王家。一方、イングランドとの戦には参加せず無傷のまま力を蓄えていたブールゴーニュ派は、虎視眈々と政権復帰を狙っている。


「俺ならブールゴーニュを支援してアルマニャックを攻め立てさせるが」

 どうやらヘンリーの頭の中はそう単純でないらしい。


 シザーリオらがブールゴーニュではなくアルマニャック派への計略をめぐらしているのは、トマスも知っている。だが、ヘンリーはトマスにすら全容を明かしていなかった。

 情況は刻々と変わるのだから、それで構わない。


「間もなく再上陸だ。ヘンリーが思う通りにできるように、俺たちはただ目の前の敵を倒すだけさ」

 今回は侵略ではない。占領と、フランス北部ノルマンディにおける支配を確立するのが目的だ。


 そしてヘンリーは、トマスを司令官に命じた。全軍を好きに使えということだ。

「つまりヘンリーの軍も俺の指揮下でいいってことだよな」

 進発の準備をしながら、相棒AIのボリングブルックへ話しかけると、珍しく少し笑ったようだった。


「ヘンリーは、本当は他人に合わせて動くのは苦手なのだろう?」

「そうそう、普段はすっごい我慢してるんだけどね。戦で他人の指揮下に入るとか絶対向かない。ていうか前線に出てこられちゃ困るし」

「なら、ヘンリーはいないものと思ってカタをつければいい」


 最初の遠征は、ヘンリーの手足として命を賭した。今回は、命ではなく勝利を捧げるのが使命と思っている。

 ———ヘンリーを勝たせるのは、俺だ。


「俺たちも蹴散らすぞ、ボリングブルック」

「うむ。ジョンばかりに良い恰好をさせるわけにいかんな」


 快音と共にスピーダーが走り出す。目指すはノルマンディ第二の都市、カーンだ。

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