第3話 アルフルール包囲戦 3
「クソッッ! つまらねぇ時間稼ぎしやがって!」
「俺は嘘は言っていない。信じるか信じないかはお前たち次第だ」
「黙れこのッ!」
ゴクールが感情のままに顔、体へ拳をぶつけてくる。
こんなの、ランドの本気に比べたら撫でられてるようなもんだな。
しかし気持ちと感覚はそうでも、高熱で弱っている身体にはこたえる。膝で体を支えきれずに、うつ伏せに倒れてしまった。そして頭から冷たい液体をかけられる。ひどい悪臭がして、どうやら汚物や生ゴミや色々混ざった、形容しがたい色のものが見えた。
守備隊どもがせせら笑う。甲高い笑いはどこか異様だ。極限の状態でここまで籠城に耐え、今まさに敵に門を破られた彼らの精神も、もう崩壊寸前なのだ。
突入してきたイングランド軍のスピーダー音が接近してきて、守備隊員は慌てて逃げようとするが、ランドのスピーダーに跳ね飛ばされていく。
「トマス様ぁぁーーッ!!」
エンジンの振動を真横に感じて、トマスは高熱に震える体を持ち上げる。ありったけの力をこめ立ち上がると頭がグラグラして吐き気に襲われるが、必死でこらえる。
「よくぞご無事で!」
差し出されたロングソードの柄には、ランカスターの赤薔薇の紋章。手をかけると一気に引き抜く。
「エンパワメント!」
指先から冷たい感覚が全身に広がり、高熱に煮えたぎる血を、わななく体を、内側の嘔気を鎮めていく。
「お前は王子で公爵、イングランドで最高位の貴族なのに、
「つべこべ言うなボリングブルック! 死んでもいいから俺の全能力を開放しろ」
「それはプログラム上できんのだ」
「だったら死なない程度に調整だ」
言いながら一度、深く沈む。手に、足に、力が
低い姿勢から地面を蹴る。羽根のように軽い体から繰り出される斬撃は、相手に構える隙すら与えない。
「うあああっ!」
「ぎゃああああ!」
先程までとはまるで別人の動きに怯む守備隊。だが逃さない。瞬時に詰めて次々と切り裂きながら、向かうはサフォークの元だった。
「可哀想なことをしたな」
せめて遺体を父の元へ返してやりたいと思った。しかし抱えるとまだ温かい。生きている!
「ランド!」
サフォークを託し、司令官ゴクールの姿を探すが、既にいなくなっている。
「俺は司令官を追う。このまま北側のモンヴィエ門を開け、ヘンリーの部隊と合流しろ」
「そのお体では無茶です! どうかお下がりください!」
「あいつをヘンリーに突き出さなきゃ終わらないんだよ。それより、王太子ルイは援軍を出さないんだな?」
「間違いありません。国王陛下からの伝令です」
守備隊ですらまだ知らない情報を、先にヘンリーが掴んでいた。
「ヴァイオラだな」
トマスは駆け出す。
突入されてなお、街は抵抗を続けていた。門戸を固く閉ざし、石や汚物を投げつけて来る。
「ここまでさせるのか……」
やはりシャルル・ドルレアンは最後の住民一人まで抵抗させるつもりなのだ。
ズガッッッドガガガガガガ———ドォォォォンッッ!!
アルフルールから悲鳴が立ち上る。住民にとってもあの立派な門楼は街の象徴で誇りだったに違いない。
「いたぞ! 王弟トマスだ!」
守備隊が束になり向かってくる。
「もう一度だボリングブルック」
「これ以上は本当に死ぬぞ」
「今死ぬか、ちょっと先に死ぬかの違いだろ。ちょっと先にしろ」
もう、柄を握る握力すら覚束ない。関節という関節は痛みに自我を失い、走るたびに頭から血を抜き取られるようだ。
だが退くわけにいかない。
一人目を突き刺し、二人目と三人目を袈裟切りにする。何度か腕を脚を斬られるが、熱を帯びた体に痛みはない。四人目を蹴り飛ばし、五人目を上から叩き切る。あの門楼と同じように、このまま自分の体が燃え尽きてしまうのではないかと思う。
「閣下ッ!」
自分と周囲を血で染め、倒れた守備隊の中心に立つトマスの元へ駆け付けたのは、
「ゴクールの居場所を突き止めました! 既に向かわせております」
「よくやってくれた」
これで終わる。エンパワメントを解くと、体が十倍の重さになった気がした。
司令官ゴクールは捕らえられた。両手を縛られ、首に絞首用のロープを巻かれた状態で引き出された。それから姿を見せたヘンリーの前に、ボロ雑巾をまとう旅人というか乞食に扮し、血と汚れにまみれて悪臭を放つ姿のままでトマスは
「国王陛下、この通り彼らにはもはや抵抗する術も、力も、気力もありません。陛下の忠節なる臣下として私からのお願いにございます。どうか陛下の寛大なるお心で、アルフルールにご慈悲をお与えください」
「……っ⁉︎ お前っ!」
隣のゴクールが息を飲み、こちらを見ているのが分かる。それから同じように膝を折った。
少し顔を上げると、真っ直ぐなヘンリーの視線にぶつかる。
あらゆる汚れを被り異臭を放つトマスに対して、鎧姿のヘンリーは輝くばかりにきれいで、まぎれもない王の姿だった。
———これでいい。これが俺の望むヘンリーだ。
ヘンリーが一つ頷く。それはトマスだけに向けられたもので、唇が震えそうになり、頷き返す。
それから後のことは、もう覚えていなかった。
□■
アルフルールよりセーヌ川を62マイル(約100㎞)上ったヴェルノンの街、ビジー城の部屋の扉を、シャルル・ドルレアンはノックもせずにいきなり開ける。
そのまま遠慮なしに奥へ進むと、さんさんと日が降り注ぐキングサイズのベッドには男が一人と、女が三人。全員裸体で、シャルル・ドルレアンの侵入に気づいてもお構いなしである。
「どうした? 怖い顔すんなよ、きれいな顔が台無しだぞ?」
「アアアアッアアアルフルールが陥落した!」
睨まれてもどこ吹く風。女の胸に顔を押しつけ、三人から揉みくちゃにされているのはフランス王太子ルイで、シャルル・ドルレアンとは
「アッアッアッアルフルールの重要性は何度も話しただろう? それに勝てる戦だった!なぜ———」
「落ち着けって。アルフルールぐらい、いくらでも取り返せる。大した問題じゃないだろ?」
「どっっっどどどうしてそんなことが言える!」
「どうしてって、お前は相変わらず考えが冴えないっていうか暗いっていうか。兵を集結してるの。知ってるだろ?」
「知っているが、間に合わなかったではないか」
「10万」
言いながらルイが仰向けになると、一人が上に乗りもう二人は両脇から挟む。
「次は10万の兵で撃つ。イングランドは最初何人だったっけ? アルフルールでかなり死んだよね?」
兵力差は十倍以上。これにはシャルル・ドルレアンも反論の言葉が出なかった。
「ランカスター兄弟を捕らえたらさ、ヘンリーの目の前で弟たちの指を一本ずつ切り落として、目玉と脳味噌を
女たちから体に何かを塗りたくられ、くすぐったくて笑う。軽薄なルイの顔が、シャルル・ドルレアンは大嫌いだった。
「だから言っただろ、アルフルールなんか大した問題じゃないって。それより一緒に遊ぼうぜ! アランソンがすげーカワイイ
シャルル・ドルレアンは、無言で踵を返した。決戦に向け、急ぎ10万の軍編成を考えねばならない。
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