第4話 不協和音
「この間さ、ハルが『ハンフリー、こっそり出かけるぞ』って。ストーンヘンジまで片道124マイル(約200㎞)ノンストップで、スピーダーぶっ飛ばしてきた」
「ずるい! おれなんか一度も誘われてないぞ」
「それはジョンが、年に数日しかエルサム宮殿から帰ってこないからでしょ? ハルが誘ってくれて、しかも二人でなんて羨ましい? 楽しかったな~」
ほんわかしたハンフリーの顔にジョンのこめかみが波打ち、自然と剣を握る手に力が入る。
「ちくしょう! おれだって行きたかった! エンパワメント!!」
ここは敵陣のど真ん中である。
挙兵したノーサンバランド伯の8000人の軍勢を、ジョンとハンフリーの連合軍が迎え撃つ。
エンパワメントしたジョンの剣筋は鋭く、スピードもパワーも普段の比ではない。逃げ惑う敵兵を次々に沈めていく。
「おいおい! やりすぎちゃダメなんだろ? ここはあえて退却させろって自分で言ってたじゃんか?」
「知るか!」
◇◇
遡ること一月前、謹慎生活が二か月を超えるハルの元を、ジョンが訪れた。
武器に搭載したAIを入れ替えたから相手をしてほしいと、珍しく帰宅したのだ。外出できないハルはとても喜び、そして居合わせたハンフリーも一緒に、早速勝負することになった。
「ハルっ! やるのやるのやるのやるの??」
持ち主同様、ジェーンも欲求不満である。
「何度も繰り返すなっつうの! エンパワメント」
「うぅーっ! 待ってた待ってた待ってたよー!」
指先から心地よい冷たさが全身に満ちる。失った右側の視界が広がり、右から来たジョンの剣を真正面から受け止めた。
「ちなみにお前ぇの新しい相棒の名前は?」
「……メアリー」
ちょっと目を伏せて、ボソッと言ったつもりのようだが、エンパワメントして感覚が鋭敏になったハルとハンフリーの耳には、とてもよく聞こえる。
「「マザコン?」」
「違う! これがコンピュータが弾き出した、おれの力を最も引き出す設定なんだ!」
ハルたち四兄弟と二人の女児を出産後、若くして亡くなった母の名がメアリーだ。幼かったジョンとハンフリーにはほとんど母の記憶は無いらしい。
「聞いてると思うけど、ついにノーサンバランド伯とヨーク大司教が挙兵したよ」
「ん」
母から受け継いだ透けるようなブロンドに、女性の心をざわつかせる涼し気なアイスグレーの瞳。同じ色を持つ二人の弟の剣が同時に迫る。ハンフリー、ジョンの順に受け止めると、全身に響き渡るような衝撃に二歩、三歩と足が下がる。
「ハルっ、しっかり!」
ジェーンに下肢を支援され何とか持ち堪えるが、ジョンが一気に決めに
かわした先にはハンフリー、それを弾くとすかさずジョンの強烈な攻撃。受け止める先には再びハンフリーの剣が待ち構えて———。いつの間にこんなコンビネーションを身につけたのか。
「ノーサンバランドなんておれとハンフリーに任せてくれるよね?」
「そう、まだハルは動かない方がいいよ」
「お前ら……」
「だから、ハルは父上とちゃんと話した方がいいよ」
「……そう簡単にはいかねぇよ!」
身体をひねって串刺しを避けると、ハルの剣が唸る。今度は後ろに下がるのは二人の番だった。
執事のレッチらが逮捕されたことで、父王には何度も面会を申し入れていた。しかしことごとく門前払いなのだ。もちろんアランデルが糸を引いてのことである。
幸い、彼らは釈放され現在は日常に戻っているが、思い出すと今でも腹の中が握り潰されたように熱くなる。
「ハル、右からハンちゃん!」
「ハンちゃん?」
もう突っ込んできている。
「ちゃんと話さないうちにトマスもフランス行っちゃったしさ。このままトマスが死んだら、きっと後悔ぐぶっ……っ!」
身を
ハルの代わりにトマスが評議員になってから、疎遠になっているのは事実だった。同じ家に住んでいても食事を共にするどころか、顔を合わせることすらない。どちらが避けるというわけではなく、なんとなくだ。
「まさかハルまでトマスが皇太子の座を狙ってるって疑ってるの?」
「………んなことねぇよ」
ジョンへそう答えたが、わずかに開いた間が不穏だ。
すると母親の名を持つジョンの剣が鋭く迫り、激しい打ち合いとなる。
「おれたちはハルと父上に、昔の父上とリチャード二世陛下みたいになってほしくないんだよ。もちろんトマスともね。だから父上と話をしてほしい」
ジョンは更に詰め寄り、力の押し合いとなる。ジェーンとメアリーに互いの肉体を支援される、歯をむき出すような勝負だ。
父ヘンリー四世と故リチャード二世は、従兄弟であった。父は主君リチャードを廃し、その王位を奪ったのだ。
父がまだボリングブルックと呼ばれ、まだ反国王派の一貴族だった頃、イングランドから追放されたことがある。その瞬間にハルは、ランカスター公領の相続権を含む享受していた何もかもを失い、名もなきヘンリーになった。
当時十二歳で、もう何も分からぬ子供ではなかったからその恐怖は大袈裟でなく命を取られるのと同等で、これから一生牢獄から出られないのだと震えた。
そんなハルを、事実上の人質として国王リチャード二世は手元に引き取ったのだ。
しかしリチャードは優しかった。常にそばに置いて戦場にも連れて行ってくれたし、時に書物を読ませてくれ、何も持たぬハルに息子と語りかけてくれた。
『よき息子ハルよ、余のことはリチャードおじさんとでも呼びなさい』
人質のはずだった。なのにリチャードおじさんと親子として過ごした時間は確かに幸せなもので、今でもおじさんの存在はハルにとってまぎれもない安らぎだ。
翌年、リチャードの喉元まで攻め上がった父は戻ってくるよう息子に命じた。
しかしその時、ハルが選択したのは父の手ではなく、リチャードの手だった。
「あれからもう十二年だ」
そして父はリチャードを討ち、イングランド王になった。それから十二年という決して短くない年月が経つのだ。今更もう元には戻れない。
「父上だってオレと話したいとは思ってないんじゃないか」
それこそ、トマスが長男だったらよかったと思っているんじゃ———
組み合った剣の均衡が一瞬崩れたのを逃さず、二人同時に剣を袈裟に下ろす。先に刃が相手の体へ届いたのは、ジョンの方だった。あっ、とハンフリーが声を上げる。刺さる寸前にメアリーがジョンの体を制御し、事故を防ぐ。
二人とも荒い息をしていた。
「ねえハルぅ、ごにょごにょするの、らしくないんじゃない? スパッといこうよ」
口をはさんできたのはジェーンだ。
「お父さんは寂しいはずだよ。心のどこかでは和解したがってるって。実の父親なんだから」
「それは———」
そうであってほしいというハルの願望だ。潜在意識に入りこんだジェーンが引きだしたに過ぎない。
「ハル、お願いだよ」
しかしハンフリーに捨て犬のような目をされては、拒否できない。
言うまでもなく、弟たちは自分の命よりも大切な存在だ。加えて末弟ハンフリーはいくつになっても無邪気に懐いてくるので、可愛い。ハンフリーの方も相棒のAIに、幼少期のハルの呼び名であるモンマスと名付けているほどなのだ。
「分ーったよ、やれるだけの事はする」
◇◇
今頃、父との面会が叶っただろうか。
「ハル、きっと———大丈夫だよね」
ハンフリーは剣を握りしめ、ジョンと敵兵の後を追った。
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