第50話 happy Birthday

俺が店から出てくると中西は一人で立っていた。


「悪いな、待たせてしまって」


「全然です! けどこんな時間に龍星さんから呼ばれるとは珍しいです!」


中西は満面の笑みを浮かべている。


確かに俺から中西を誘うのは非常に珍しいことだ。


中西もどんな要件なのかとても気になっていることだろう。


しかしこの場に立つと滅茶苦茶緊張してくるな。ただプレゼントを渡すだけなのにこれほど緊張するとは。


俺は額に浮かび上がってくる汗を拭きながら中西の方に視線を移した。


俺と目が合ったことで中西は肩をビクッとさせて目を逸らす。


「中西」


俺が中西の名を呼ぶと中西は動揺した様子でこちらに視線を向けてきた。


暗いのに少し瞳が揺れていることが分かった。中西もちょっと緊張しているのかもしれない。


しかし今思ったが中西は自分の誕生日のことを覚えているのだろうか。


まあ、流石に自分の誕生日くらいは覚えているか。


俺はそれを確かめるべく口を開く。


「今日が何の日か知ってるか?」


俺がそう訊くと中西は顎に手を当て真剣に考え始めた。


もしかして本当に覚えていないのか......。


俺は恐る恐るもう一度問いただす。


「ほら、今日誰かのおめでたい日じゃん」


「そうでしたか? あ、もしかして龍星さんの誕生日とか?」


——ちげえよ。お前だよ。お前の誕生日だよ。


俺は心中でそんなツッコミを入れる。


俺は一度溜め息を吐き中西を指さした。


俺に指さされた中西は目を見開いてこちらを見ている。まるでこの状況を理解していないみたいだ。


そんな中西を目にした俺はもう一度重い溜め息を吐き口を開く。


「お前の誕生日だろ」


「え、私ですか?」


中西は驚きを隠せないでいる。


まさか俺が中西の誕生日を知っているとは思わなかったのだろう。


「そうだ、お前だ」


「何で龍星さんが私の誕生日を?」


俺はその質問に答えるべくポケットからスマホを取り出す。


そして誕生日が表示されている画面を中西に見せる。


「これって......」


「そうだ。お前のメールアカウントを見て知った」


「そうだったんですか」


俺がしっかり説明したにも関わらず中西はまだ驚きを隠せないでいた。


「あーも、いつまで驚いてんだよ」


「い、いや、すみません。けど私の誕生日がどうしたんですか?」


「お前まだ分かんねえのかよ」


俺は今日三度目の溜め息を吐き鞄からピンク色のラッピング袋を取り出す。


「これプレゼントだ」


「わ、私にですか?」


「お前以外誰がいるんだよ」


俺は呆れながらも中西にラッピング袋を渡す。


それを中西は申し訳なさそうに受け取った。


「何だお前。あまり嬉しそうじゃないな」


「いや、とても嬉しいです。けど私なんかがプレゼントを貰っていいのでしょうか......」


「いいに決まってるだろ」


俺がそう言ったにもかかわらず中西はずっと申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。


「取り敢えず開けてみろ」


「でも......」


「いいから!」


俺の声にビビった中西は俺の指示通りに袋の中身の財布を取り出した。


「これって私が欲しがってた財布じゃないですか」


「そうだ」


「何で私なんかのために」


「お前、私なんか私なんかって言うなよ。逆に訊くが何でお前にプレゼントを買ったらいけないんだよ」


俺がそう訊くと一時中西は黙り込んでしまった。


俺はその沈黙を破るために口を開く。


「お前がそれを受け取らねえなら俺がバイトをした意味がねえ」


俺がそう言うと中西は目を見開いて驚いた。そして中西はその状態のまま口を開く。


「もしかして龍星さんがバイトを始めた理由って......」


「そ、そうだよ。お前にそれをやるためだ」


俺は赤くなった頬を隠しながらそう言った。


「何で私のためにそこまで......」


「だってお前には結構お世話になっているからな。その恩返しだ。だから受け取ってくれ」


中西は顔を真っ赤に染めていた。目をきょろきょろさせて俺となかなか目を合わせない。


何度も口をもごもごさせている。いつになったら喋るのかと思い始めた時中西は口を開いた。


「お世話になっているのは私の方です。何度も何度も、何度も何度も龍星さんには助けてもらいました。多分ですが私はこのお返しが出来ないかもしれません。それでも私はこれを受け取っていいのでしょうか」


「はあ。別にお返しなんて望んでねえよ」


俺はそう言いながら中西の目を見つめる。


中西の目尻には大粒の涙がたくさん溜まっていた。


今にも溢れ出てきそうな涙を中西は必死に目尻に溜め込んでいる。


しかしどれだけ頑張っても涙を堪えることは難しい。


中西の目尻に溜まった涙は一瞬で頬を伝って地面にぽたぽたと流れ落ちた。


それを見た俺は中西に歩み寄った。そして中西の頭に俺の右手を優しく置く。


頭に何かの感触を感じたのか中西は顔を上げ俺の方を見た。


俺と中西の視線が交差する。


いつもの俺ならこんな状況恥ずかしくて耐えられないはずなのに今の俺はどうしてか耐えられる。


しかし耐えられると言っても顔色は真っ赤に染まっているだろうな。


それは中西も同様だった。


数秒間無音の空間に俺たちは立っていた。


そしてその無音の時間を先に破ったのは俺だ。


「誕生日おめでとう」


「龍星さん......あ、ありがとうございます、うっうっうわぁぁぁぁ」


中西はその場に立ち尽くして赤ちゃんみたいに泣きじゃくった。


そりゃそうだ。中西はこうやって親族じゃない人に誕生日を祝ってもらったのは久しぶりなはずだ。いや、久しぶりどころではないかもしれん。


けどこうやって涙が出るくらい喜んでもらえて俺自身、中西にプレゼントを上げて良かったと思った。






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