第36話 林からのお礼

俺は署まで行って林を待っている。


女子高生を一人で帰宅させるわけにはいかないからな。


林が署に行ってから4時間ほどが経過した。


時刻は午後8時。外はもうすっかり真っ暗だ。


俺は空に浮かんでいる複数の星をぼーっと眺めながら暇をつぶしている。


たまに月にも視線を移した。今日は綺麗な満月だ。


月ってでこぼこしているはずなのに、俺が今目にしている月はまん丸い形をしている。


全く不思議だ。


そんなことを考えていると突如声が聞こえた。


「わっ!」


驚かすように誰かが俺の肩に手を置いた。


俺は慌てて後ろを振り向く。


するとそこには一人の警官と林の姿があった。


「ずっと待ってたんだぁ!」


林はニコニコしながらそう口にした。


俺は慌てて我に返り口を開く。


「ずっとじゃねえ。1回家に帰った」


「1回家に帰ったのに来たの⁉」


林は手を口に当て驚きを隠せないでいる。しかし俺は何で驚いているのかが理解できない。


「何でそんなに驚くんだよ」


「だって家に帰った普通来なくない?」


「お前を一人で帰らすわけにはいかねえだろ」


俺がそう言うと林はプスッと笑って口を開いた。


「一人じゃないよ。警察の人が送ってくれるんだよ」


「え」


俺は目をぱちくりさせて警官と林を交互に見た。


すると警官は何度も小さく頷いた。


「何だよ。俺がここに来た意味ねえじゃん。じゃあ帰る」


俺はそう言って足を動かそうとした。


しかしその時......。


「待って!」


林が俺の袖を掴んでそう言った。


「せっかく来てくれたんだから送ってもらう。いいですよね?」


そう言って林は警官に確認を取る。すると警官は俺を見ながら「少し心配だけど大丈夫だろう」と言った。


その態度から俺は結構信頼されているのかもしれないと思った。


警官から許可を貰ったことで俺は林と帰ることになった。


帰宅途中、林が口を開く。


「今日は本当にありがとうございました」


林は普段使わない敬語でお礼を言ってきた。違和感しかない。


しかしいくら違和感を感じてもお礼を言われたんだ。無視するわけにもいかない。


「お礼なんかいいって。ちょっと楽しかったし。いい暇つぶしになった」


俺がそう言うと林は足を止めて俺の方を見てきた。


目を見開いて少し驚いている様子だ。


そんな表情でいきなり見られたら困惑してしまう。


「何だよ」


「いや、あんな危ない大人と喧嘩することが暇つぶしって......」


「それがおかしいかよ」


「おかしいというか、普通怖いでしょ。それを楽しいって言うぼっち先輩が怖いなって」


林は苦笑交じりにそう言った。


しかし俺は意味が理解出来ずにいた。


俺が首を傾げると林は呆れながら口を開いた。


「意味が通じないなら通じなくていいよ。簡単に言うとぼっち先輩が化け物ってこと」


「俺が化け物だと?」


少しガンを飛ばすと林は片手を左右に動かしながら慌てて口を開いた。


「違う違う。悪い意味じゃなくて、強すぎだってこと。何もかも。喧嘩もメンタルも」


「何だそういうことか」


「ひょっとして強いって言われたこと嬉しい?」


林は俺の顔を覗きながら問いただして。


けど俺はにやけるわけでもなくいつもと変わらな表情をしている。


「別に嬉しくねえよ。今まで何回も言われてきたから慣れてる。むしろ強いとか言われない方が嬉しい」


俺がそう言うと林はどこか申し訳なさそうにしていた。


俺はそれに気づき慌てて口を開く。


「別に言われるのが嫌ってわけじゃねえから。そんな気にすんなよ」


「すみません」


気にするなって言ったのに林は頭を下げて謝ってきた。


あの事件以降、どこか俺への対応が変わった気がする。


事件前だと茶化してきたりしていたが今は全くそれがない。


何か気持ち悪い。


「お前なんか変わったな」


「え?」


「何か優しくなりすぎてキモイ」


「は、はあ? どういうこと!」


「それだ。これからも昔のお前のままでいてくれ。そっちの方が気を使わなくて済むんだよ」


俺がそう言うと林は俯きながら言葉を発した。


「何それ。まあぼっち先輩がそういうなら昔のままでいるけど......」


表情は分からなかったものの口調は前の口調に戻っている。


「それでいい」


俺はそんな一言を残して林より先に歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


そう言って林も早足で俺の方に歩み寄ってきた。


取り敢えずこれで完璧に一件落着だ。






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