第33話 林ねねの取引と俺が気づいたこと

「へへ。お疲れさん」


そう言って男は服を着始めた。


「はい」


私も同様に服を着始める。


そんな時男が口を開いた。


「そういえばお金は貯まったのか?」


「いえ、まだです」


「そうか。まあ頑張れよ」


馬鹿にするように笑いながらそう言った男。


何故お金が貯まったのか訊いてきたのか説明しよう。


それは私とこの男の取引に関係している。


その取引とは私がお金を100万円貯めることが出来たらこの状況から解放してくれるというものだ。


その取引を達成させるために私はバイトを始めた。


ぼっち先輩に向かって後輩と言っているが、私がバイトを始めたのはぼっち先輩の一ヵ月前だ。


そんな私がぼっち先輩に向かって後輩などと威張って言うのは非常におこがましい気がする。


まあ弱気な所は見せたくないしこのまま後輩呼びを続けるが。


取り敢えず私はこの取引のために日々頑張っているのだ。






中西と喧嘩して数日が経った。


今でも中西への怒りは消えないでいる。


「くそっ。あの女」


このような言葉を毎回のように帰り道で口にしていた。


中西のせいでバイトの調子も悪い。ミスを犯して店長に叱られる。


「はあ。バイト行きたくねえ」


誰にも聞こえない声でそんなことを呟いたのだった。


1時間後


バイトの時間となり俺はスーパーに向かう。


あとちょっとでバイトを始めて一ヵ月が経つ。


今ではトイレ掃除以外にも品出しやレジを任されている。


俺自身もお客さんには礼儀正しい態度で接することを決めている。


程なくしてバイト先に着き、エプロンに着替えレジに立つ。


お客さんが来るまで退屈していた。


そんな時林が俺のもとにやって来る。


「ぼっちこうはーい! おーすっ!」


「てめえ邪魔すんな。消えろ」


「まあまあそんなことは言わずにさぁ~。構ってよ!」


「何で仕事中にお前と遊ばねえといけないんだよ」


俺は鋭い目つきで林を睨む。


しかし林はいつものようにニヤニヤ笑って俺を馬鹿にしているような表情を向けてくる。


「ぼっちのくせに。私に構えることをありがたく思えよな!」


「何でてめえなんかに感謝しねえといけないんだよ。まじでうぜえよお前。消えろよ」


流石にここまで言えば林も落ち込んでどっか行くだろう。


そう思っていたが林は俺の思っていることとは違う行動をとった。


「てめえ。こんなところでそういうのは辞めろやカス」


林は前のめりになりわざと自分の谷間を俺に見せてきた。


下手したらお客さんに見つかってしまう。見つかったら俺と林は二人ともクビだろう。


そんなことを考えていると一人の客がやって来た。


「てめえどっか行け。客来たって」


「何でどっかいかないといけないのぉ~? レジに店員が二人いてもおかしなことではないけどなぁ~」


人差し指を顎に当てとぼけたふりをする林。


俺はこいつに構うだけ無駄だと判断し無視をした。


「いらっしゃいませ」


俺は店員に向かって笑顔でそう言った。


その店員は20代後半くらいの男で見た目はチャラい。手には何も商品を持っておらず何かを訪ねて来たのだろうか。


そんなことを考えているとさっきまで何事もなかった林が顔色を変えてこの場から素早く立ち去った。


俺は何事かと思ったが今はお客さんの対応を優先しなければ。


「どうかされましたか?」


俺がそう訊くと男は口角を上げ口を開く。


「さっきここにいた子を呼んでもらっていいでしょうか」


ここにいた子って林のことか......。


この男とどういう関係があるのだろうか。


親子なのか。いや。それにしては若すぎる。


いとこなのか......。ありえるな。林もこんな風にチャラいしな。いとこもチャラい可能性がある。


そんな風に考えていると男が口を開く。


「早く呼んでもらっていいでしょうか」


「あいつとどんな関係でしょうか?」


男が笑顔で対応しているのだから俺も笑顔で対応する。


林の名前はあえて伏せといた。あんな奴の名前くらいバレても何ともないが店員としては名前を伏せるべきだろう。


「どんな関係ってあんたには関係ないでしょ」


「関係ないですけどこれも仕事なので。どのような関係か教えて貰わないとお呼び出来ません」


一生懸命笑顔を保ち接している俺。


こんな客に笑顔で接したくないが店員なんだ。我慢我慢。


すると俺の言葉が気に入らなかったのか男が睨みつけてきて口を開く。


「黙って呼べよガキ。痛い目に遭うぜ。へへ」


「ガ、ガキ......ごほん。痛い目に遭うのはお前だよじゃなくて痛い目に遭いたくないですけど呼びたくありません」


俺は余計な言葉が口から漏れないようにするために必死だ。


しかしこの男と林の関係は何だかやばそうだ。


バイトが終わったら林に話を聞いてみるか。


話を聞くだけ聞いて見捨てよー。いつものお返しだぜ。


見捨てたら林どんな顔すんのかなぁ~。


そんなことを考えていると無意識に顔がにやけてしまった。


そんな俺の顔を見た男がさっきよりも機嫌を悪くして口を開いた。


「てめえ何にやけてんだよ。舐めてんのか? あぁ? 今からでもぶっ殺してやるよ」


明らかに俺に喧嘩を売ってきている。


ああー久しぶりにこんな風に威張っている奴をボコりてぇ。


けど今はダメだ。暴力とか振るったら即クビだ。


相手は客で俺は店員なんだ。100%俺が悪くなる。


俺は一度深呼吸をして口を開いた。


「上等だよ雑魚が! じゃなくてすみません許してください」


——あぶねえ、あぶねえ。喧嘩を買うとこだったぜ。


俺は額に浮かんでもない汗を拭くふりをした。


「てめえ。舐めてるよな」


次の瞬間男が俺の顔面目掛けてパンチを繰り出してきた。


そのパンチは見事に俺の顔面にヒットする。


するとその瞬間店長がこちらに向かってきた。


店長を見た男は「やべっ」と一言残しこの場から去って行った。


「大丈夫かい鬼頭君」


店長が心配して俺に声をかけてきた。


「ええ、全然大丈夫ですよ。ちょっと鼻が痒いですが」


俺は鼻から垂れ出て来た鼻血を手の甲で拭き取る。


「だ、大丈夫? ぼっち後輩......」


店長と一緒にやって来た林も俺の顔を見て不安そうな声を出した。


「だから大丈夫って言ってんだろ。あとバイトが終わったら話がある」


俺は林の目を見ながらそう言った。


当然林も困惑した様子を見せる。


「あの男の家を聞き出してぶっ殺す」










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