第28話 お前には教えない

「龍星さんバイト始めたんですか⁉」


「ああ」


学校が終わり、校門で中西と会話をしている。


いつも通り中西が迎えに来てくれたが今日はバイトのため一緒に帰ることが出来ない。


それに不満を感じた中西が頬をぷくっと膨らませて口を開く。


「何でバイトなんか始めちゃったんですか......」


「色々事情があるんだよ」


「どういう事情何ですか!」


よっぽどバイトを始めたことに納得がいかないのかしつこく問いただしてくる。


俺はそんな様子の中西を見て怪訝そうな表情をあらわにする。


「私には言えない事情なんですか?」


「そうだ」


「そうですか......」


俺はそんな中西の言葉を耳にしてバイト先に足を運んだ。


この場を立ち去る際、中西は暗い表情をしていた。


しかし俺は何も言わず去って行った。






「お疲れ様です」


「やあ鬼頭君!」


店長が笑顔で俺を出迎えてくれた。


「着替えは更衣室でね。着替えたら私の所に来なさい」


俺は一度頭を下げ更衣室に向かった。


更衣室ではここのスーパーのエプロンを着用し左胸に名札をつける。


名札には鬼頭龍星と書かれてる。


エプロンへの着替えを済ませ更衣室のドアを開けるとそこには憎たらしい顔があった。


「てめえ」


「先輩にてめえはないでしょ。流石はぼっちだわ~。人との関わり方を知らない」


そう言ったのはうちの学校の後輩の林だ。


林は溜め息を吐き「やれやれ」と呟いた。


こいつは本当に先輩を舐めている。


「どけや。邪魔なんだよ」


「あれれ~。先輩にそんなこと言っていいのかな~?」


「何が先輩だ。後輩だろ」


俺が鋭い目つきでそう言うと林は腕を組んで睨んできた。


「ここでは私が先輩なの。ぼっちのくせに先輩に口答えすんなよ」


「ああ? てめえが女じゃなかったら半殺しにしてたわ」


俺はそう言って無理やり林をどかし、店長のもとに向かった。


「来たね鬼頭君」


「はい」


俺は林との一件のせいで気分が悪い。


それに気づいた店長が口を開く。


「ど、どうかしたのかい?」


「別に何もありませんよ」


林への怒りを店長にぶつけてはいけない。俺は怒りを表に出さないようにぐっと堪える。


「ならいいけど。じゃあ早速仕事をしてもらおうかな!」


俺は小さくこくりと頷く。


「まだ初日だし今日は店内の掃除を任せようと思う。まだ分からないことがあると思うからその時は誰でもいいから聞くといいよ」


笑みを浮かべながら優しく説明をしてくれる店長。


するとその時あることが起こった。


「店長、その人の面倒私が見ますよ!」


俺はその声を聞いただけで誰だか分かった。


「助かるよ。じゃあ林君に何でも聞くといい」


そう、ここに現れたのは林だった。


俺は林の方に視線を移し睨みつける。


林は俺と目を合わせニヤッと笑った。


店長はそんな様子を見て少し困惑していたが何も言わずに見守っていた。


「店長。俺、一人で出来ますよ」


俺は店長に視線を移しそう言った。


しかし林は俺の言葉を遮るようにして口を開く。


「いやいや、分からないことがあるかもです! 私が教えますよ!」


林が満面の笑みを浮かべながら俺を見てくる。


しかしその笑みは何かを企んでいるような笑みだ。


結局掃除は林に教えてもらうことになった。


「まずはトイレですね!」


「着いてくんな。クソがき」


「自分だってクソがきじゃないですか~」


口に手を当ててクスッと笑う林。


「生意気な」


俺はそんな一言を口にしてトイレに向かった。


ここのスーパーのトイレは他のスーパーと比べてキレイな方だと思う。


つい最近できたデデデパートと同じくらいだ。


正直な感想を言うと汚いトイレを掃除したいと思わない。しかしここのトイレのようにきれいなトイレだと何も抵抗を感じず掃除することが出来る。


俺はデッキブラシを手に取り早速掃除に取り掛かろうとした。


しかしまたもや邪魔が入る。


「しっかりやってねぇ~」


「まじでうるせえよお前」


俺の怒りは爆発寸前。


今まで生きてきた中でこんなにいかったことはないかもしれない。


たかが女子高生一人にこんなにも腹を立てるとは。自分が情けなくなる。


もうちょっと心の広い人間になろうと思った。


そんなことを考えていると林が驚くべき行動を取った。


「ドンッ」


俺の背中が壁に抑えつけられる。林が俺を壁の方に押しやったからだ。


「何だ。殺すぞ」


俺がそんなことを言っても林は怯えることなく俺に顔を近づけてきた。


俺と林の顔の距離はおよそ10センチにも満たない。


そんな中、林が口を開いた。


「あんたこんな状況初めてでしょ?」


「あぁ? 何言ってんだ?」


俺はこんな状況になっても臆することなくガンを飛ばす。


「だってあんた絶対童貞じゃん」


「俺がか? 冗談よせよ」


俺は可笑しくて笑いそうになる。


林もニヤッとして再び口を開いた。


「じゃあヤリチンなんだぁ~」


「勝手に言ってろよモブが」


俺がそう言うと林は俺の頬を手でさすってきた。


林の手のぬくもりが俺の頬を伝って全身に伝わってくる。


男ならこんな状況緊張して耐えられないんじゃないだろうか。


しかし俺は違う。


俺は林の手を握り、頬から離した。


「てめえ舐めた真似すんじゃねえよ。次そんなことしたら殺すからな」


俺がそう言うと林は俺から距離を置き溜め息を吐く。


そしてニヤッと笑い口を開いた。


「あーあ。抵抗しなかったらいいことしてあげたのに。残念だなぁ~」


そう言って自分の体を触りだす林。


「勝手に言ってろ。クソが」


しかし俺はそんな林にも興味を示さずトイレ掃除に取り掛かろうとした。


するとまたしても林は口を開く。


「私、女子高生にしては結構胸でかいと思うんだよねぇ~。Fカップなんだ~」


どんだけ俺を誘惑したいのやら。


確かに林の胸は女子高生にしては立派なものだ。


しかしどれだけ胸が大きかろうが興味ない女に誘惑されるほど俺はちょろい人間じゃない。


俺は一度溜め息を吐き口を開く。


「エッチが好きならよそでやれ。俺に関わるんじゃねえ」


俺の言葉を聞いた林はポカーンと口を開いて突っ立っていた。


数秒後林はふと我に戻り口を開く。


「こんなにアピールしても落とせないか......。決めた! あんたが私に惚れるまでずっと誘惑し続けてやるわ!」


俺を指さしそう叫んだ林。


「そんなことしたら殺す」


こうして俺の日常に新しい面倒ごとが増えたのであった。


それとトイレ掃除もきちんとした。






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