第21話 中西と二人きり

何だよこのシーンとした空間は。


杉山が帰り、この空間には俺と中西の二人だけとなった。


二人きりになったことでお互い気まずくなり一切会話がない。


たまに俺の方に視線を向ける中西。気づいていたが気づかないふりをしていた。


暇すぎてついスマホを使いそうになるがグッと我慢した。女子と二人きりの空間でスマホを使うのはどうかと思ったからだ。


やはりここは男の俺から何か話すべきなのか。


そんなことを思っていると急に中西が口を開いた。


「りゅ、龍星さん......」


顔を赤くしながら俺の名前を呼ぶ中西。


そんな表情を見た俺も少し赤くなってしまった。さっきよりも気まずい雰囲気が漂い始める。


俺は赤くなった顔を隠すようにして口を開く。


「何だよ」


「おトイレをお借りしたいのですが......」


上目遣いで俺を見てくる中西。


全くわざとなのか本気なのか全然分からん。


俺は頭を抱えながら口を開く。


「勝手に使ってくれ」


俺がそう言うと中西は『ありがとうございます』と言ってトイレに向かった。


そんな時ふとある考えが脳裏に浮かぶ。


——うちのトイレを家族以外が使うのは初めてかもしれん......。しかも最初に使うのが女子とは。


俺は少し変なことを考えてしまった。


「俺のバカ。馬鹿野郎!」


俺はそう言って自分の頬を何発も叩く。


するとトイレから中西が帰ってきた。


それに気づいた俺は一度咳払いをして何事もなかったように振る舞う。


「すっきりしました! ありがとうございます!」


満面の笑みをこちらに向けてきた。


「お、おう」


俺は中西と顔を合わせないように明後日の方向を向く。


すると中西は不思議そうにしながら口を開いた。


「どうしましたか?」


体を前のめりにして俺の顔を覗き込んでくる。


俺は額に汗を掻きながらも話の論点をずらすために口を開く。


「な、何か飲むか?」


急に話が変わったことに少し不満を感じたんか中西が頬をぷくーっと膨らませた。


その表情は少し可愛らしくつい見惚れてしまいそうになる。


俺は首を2、3回横に振ってもう一度口を開く。


「何か飲むだろ⁉」


先ほどよりも強い口調でそう言った。それに少し驚いた中西は困惑しながらも口を開く。


「じゃ、じゃあジュースを......」


苦笑いを浮かべて目を泳がせる中西。


「分かった」


俺は立ち上がりキッチンに向かった。冷蔵庫を開けジュースを取り出そうとしたが......。


「あ」


いつも冷蔵庫に入っているはずのジュースが今日に限って入っていない。


冷蔵庫にある飲み物はお茶と牛乳くらいだ。


俺は一度冷蔵庫を閉め中西のもとに戻る。


「悪い。ジュースなかった」


「ぜ、全然大丈夫だよ! あははははは」


後頭部を掻きながらそう言った中西。


まあ俺が無理やり飲み物を飲ませようとしたから本当はいらなかったのかもしれない。


そんなことを考えながら先ほど座っていた場所に再び腰を下ろす。


すると中西がリビング全体を見渡し始めた。


——え、何かいけない物でもあるか......。


そんな考えが脳裏に浮かぶ。


俺はとりあえず中西と同様に辺りを見渡した。


すると視線を俺の方に戻した中西が口を開く。


「龍星さんのご両親はどちらに?」


俺はその質問を聞いて安堵の息を漏らす。


部屋に何かがあったわけじゃなく、ただ俺の親の姿を確認していただけだったのか。


「俺の親は海外にいる」


「どうしてですか?」


「親父の仕事の都合で親二人とも海外に行った。俺も着いて来いと言われたけど断った」


それを聞いた中西は2、3度頷き『なるほど』と呟いた。


そしてまたしても沈黙の時間が続く。


流石の俺もこんな静かな空間に耐えられないと思ったので自分から話を切り出すことにした。


「お前の親は?」


さっき俺に訊いてきた内容をそのまま中西にぶつけた。


中西は何の迷いも見せることなく口を開いた。


「私の両親は私が小さい時に亡くなりました」


「えっ」


その時俺は思った。訊いちゃいけないことを訊いてしまったと。


「そ、そうか。悪いな。そんなこと訊いてしまって」


俺は俯きながらそう言った。


しかし中西の表情は先ほどと何も変わらない。


悲しい表情をするわけでもなく、笑っているわけでもない普通の表情だ。


そんな中西が口を開く。


「全然かまいませんよ! 昔のことですし」


ニコッと笑う中西。


そんな笑顔を見ると余計に申し訳ないと思えてきた。


またしても沈黙が始まった。こんな気まずい空気になったのは今日だけで何回なのだろうか。


そんな中、中西が口を開いた。


「龍星さんが私と一緒に住んでくれればなぁ~」


冗談交じりにそう言った中西。


その言葉を聞いて俺はあることに気づく。


「お前一人暮らしなの?」


それを聞いた中西は笑みを浮かべて頷いた。


今中西が浮かべた笑顔はいつもの笑顔とは比べ物にならないくらい違うものだった。


笑顔の中に寂しいという感情が混ざっているような気がした。


「はあ」


俺は一度溜め息を吐き口を開く。


「まあ暇な時にはいつでも俺の家に来ればいいさ。歓迎してやんよ」


少し照れているのが自分でも分かった。


俺の言葉を聞いた中西は口をポカーンと開けて驚きを隠せないでいた。


「おーい。大丈夫か?」


俺がそう言うと中西は我に返り口を開いた。


「だ、大丈夫です! あははははは。ま、まあ暇になった時には来てあげますよ!」


中西は満面の笑みを浮かべながらそう言った。


「生意気だな」


俺もニヤッとしてそう言った。






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