第15話 中西の言葉

あの事件からおよそ3日が経った。


今の時刻は5時過ぎ。本来なら学校が終わり家に帰宅している時間。


しかし今の俺は病室のベッドの上で過ごしている。あの事件の怪我があまりにも酷かったらしく、1週間は入院するように医師から言われた。


入院中の生活はイライラするほど暇だ。そのうえ、骨折している方の腕は使えないので倍ストレスが溜まる。


そんな退屈な生活を送っている俺の下に一通のメールが届いた。


中西からだ。


メールの内容はこうだ。


『今日お時間ありますか?』


一体何が目的かは知らないが、時間がないと言えば嘘になる。


病室で寝たっきりの俺が『時間がないから無理』と言ったら、明らかに不自然だろう。


『ある』


俺はそんな短い文章を中西に送った。


するとすぐに既読がつきメールが返ってきた。


『それなら今から龍星さんの病室に行ってもいいですか?』


そんな質問をされたので俺は迷うことなくオッケーを出した。


そんなメールのやり取りをして約30分後。


中西が俺の病室にやって来た。


「こんにちは。龍星さん」


俺と会ってからの第一声の言葉はいつもと変わらないが、どこか元気がなく落ち込んでいる様子だった。


俺はそんな様子の中西に不信感を抱きながら口を開く。


「俺に何の用だ?」


俺がそう訊くと中西は真剣な眼差しを向けながら口を開いた。


「本当にありがとうございました」


いきなり頭を深々と下げて俺にお礼を言ってきた。


正直俺自身何かをしたってわけじゃない。勝手にやられて勝手に入院しただけ。


そんな俺がお礼を言われる筋合いなどない。


「礼なんか言うんじゃねえよ。俺は何もしてねえ」


「いいえ。龍星さんは私を助けてくれました」


そう言って俺の目を見つめてくる中西。


「助けてねえよ。お前を助けたのは杉山の奴だろ。俺より杉山に礼言った方がいいんじゃねえの?」


「杉山さんにはちゃんとお礼を言いました。一昨日に」


一昨日と言えば事件が起こった翌日。


結構早いタイミングでお礼を言ったんだな。


俺がそんなことを考えていると中西は再び話を始めた。


「杉山さんには感謝してもしきれません。けどそれは龍星さんも同じです」


その言葉を聞いて俺は少し難しい顔をする。


俺は感謝してもしきれないと言われるほど何かをしたのか。


いいや、何もしていない。調子に乗って突っ走り、返り討ちにされて病院に入院。


どこにも中西の役に立った場面が見当たらない。


俺は今考えていることをそのまま中西伝えた。


すると中西は俺の言葉を全否定し話を始めた。


「龍星さんのおかげで私は助かったのですよ。だって龍星さんが私を見つけてくれたじゃないですか」


そう言ってニコッと笑う中西。


見つけたから何だって言うんだ。確かに中西を見つけたのは俺だが見つけてからは何もしていない。俺の中にどんどん疑問が浮かび上がってくる。


そんな俺の心を見抜くように中西が口を開いた。


「杉山さんが言ってました。龍星さんがいなかったらあの場所に辿り着くことは出来なかったと」


「どういうことだ?」


「杉山さんは龍星さんの異変に気づいて後を追ったらしいのです」


「何だと......」


俺はその事実を聞いて驚きを隠せないでいた。


誰かがついてきている気配は一切感じられなかった。


それほど杉山の尾行が上手かったということか。


「この話を聞いて分かったはずです。杉山さんが私たちのことを助けられたのは龍星さんのおかげだと」


ニコッと笑ってそう言った中西。


大体の事情は分かった。杉山があの場所に来れた理由や中西が俺にお礼を言ってくる理由など。


「そうか。ならありがたくそのお礼の言葉を受け取ることにする」


俺がそう言うと中西はどこか恥ずかしそうに口を開いた。


「言い忘れてましたが、龍星さんが私のことを見つけてくれた時とても嬉しかったです。龍星さんなら私のことを見つけてくれると思ってましたから」


赤面しながら俺を見てきた。


「そうかよ。それはよかった」


俺がそう言うと今度は暗い表情で話を始めた中西。


「龍星さんが来てくれるまで本当に怖かったです。何をされるか分からなかったからです」


「俺が来てからの方が色々と酷いことさせられたんじゃねえの?」


俺がそう訊くと中西は唇を噛みしめた。


中西がされたことはいじめよりも辛いものかもしれない。


性的行為といじめのどちらが辛いと聞かれると正直俺には分からん。


人によって考えが変わってくるだろう。


中西にとってはどっちが辛かったのだろう。


俺はそんなことを考えながら中西を見つめた。


すると中西は一度深呼吸をして口を開いた。


「私はあんなことをされたのは初めてでした。とても怖かった。恐怖で気が狂いそうでした。けど龍星さんが必死に私のことを助けようとしてくれている姿を見ると私も頑張らなきゃと思ったのです」


話していくうちに中西の目には涙が浮かんでいた。


それほど辛かったのだろう。


「龍星さんが気絶した後でも私は諦めませんでした。私のためにボロボロになった龍星さんを見ていると諦められるわけがありません」


次々と零れ落ちる中西の涙。


俺はその涙を見て思わず口を開いてしまった。


「もういい。お前の気持ちは十分すぎるほど分かったか。だから辛いことを思い出してまで俺に気持ちを伝えなくていい」


俺がそう言うと今まで堪えていたのか、中西が大声を上げながら泣き始めた。まるで生まれたての赤ちゃんのように。


俺はその様子をただ無言で見つめた。


何も馬鹿にしているわけじゃない。中西の気持ちを分かっているからこそ俺は何も言わなかった。


「うわぁぁぁぁぁ」


そんな大声を上げて泣いている中西。


これがおよそ10分ほど続いた。10分経つと少し落ち着いたのか手で涙を拭った。


そんな様子の中西を見て俺は口を開く。


「俺も一つ言いたいことがある」


俺がそう言うと中西は首を傾げた。


俺は一度咳払いをして口を開く。


「もしまた困ったことがあれば俺に言え。こんな頼りない俺だがお前が困っていたら助けてやる」


俺は痒くもない頭を掻きながらそう言った。


すると中西は泣き出すわけでもなく、けど普段とは少し違う不思議な表情をしていた。


「な、何だよ」


俺がそう言うと中西は我に返ったように肩を震わせた。


「そういうとこずるいなぁ」


「何だって?」


中西の声は聞こえたが何を言ったかは分からなかった。


「何でもないですよ! 頼らせてもらいます!」


中西は満面の笑みを浮かべてそう言った。


最初この病室に入ってきた時の表情と比べると全くの別人のようだった。


こうして俺たちの病室での出来事は終わった。




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