第14話 救世主参上

俺は地面に倒れこんでピクリとも動かなかった。


その間にも時間が進んでいる。


俺の目の前では血原が中西に酷い仕打ちをしていた。だが俺はそんなことを知る由もなかった。


「やめて! やめて!」


中西は今持っている力の全てを出し切り、必死に抵抗している。しかし血原にとってはそんなこと何の害もない。


「大人しくしろよ。今からが楽しいんだぜ。あの雑魚も寝たことだしな」


そう言って血原は中西の顎をぐいっと持ち上げた。


「本当にやめてください......」


中西は抵抗するのを辞めそう言った。抵抗しても意味がないことに気づいたのだろう。


しかし血原は辞める気配を見せない。


「いいねぇ。その声。興奮するぜ」


そう言った血原は一回舌を出し中西の頬を舐める。


「い、いや」


当然中西は怯えている。その証拠に体がものすごいスピードで震えている。


「そんなに怯えんなよ。優しくしてやんよ」


そう言ってまたしても舌を出し、今度は中西のお腹を舐める。


「辞めて......」


中西の目からは涙が溢れ出ており唇も震えている。


そんな中西の様子を一回確認した血原だったが、何も気にすることなく次の行動を起こした。


「じゃあ、ファーストキス貰ってやるよ」


そう言って血原は中西の唇に自分の唇を近づけた。


あと数センチ近づければもう唇は触れ合う。


しかしそんな時ある音が辺り一面に響いた。


「ピロン」


そんな小さな音だ。この辺りは恐ろしいほどに物静かだ。そのためそんな小さな音でもすぐに耳に入ってくる。


その音を聞いた血原は中西から顔を離し、音の方に視線を移した。


そして口を開く。


「何だてめえわ」


そう言って血原は鋭い目つきで目の前にいる男を睨む。


するとその男は1ミリたりともビビらずに、口を開いた。


「いやぁ~、いいの撮れちゃったよ~」


そう言ってその男はスマホの画面を見せた。


そこには一つの動画が表示されていた。


それを見た血原は中西から離れ男の方に歩み寄って口を開く。


「何の真似だ? てか、てめえ誰だ」


血原は今にも手を出しそうな気配を漂わせている。


しかし男はその様子を見ても臆することなくニヤッと笑って口を開いた。


「俺を知らないとかあんた結構やばいよぉ~。まあ知らないなら教えてやってもいいけど......」


男が長々と自分勝手に話を進めていると血原が『黙って名乗れや雑魚』と言った。


それを聞いた男は『はいはい』と話を再開する。


「俺は杉山光輝だよん!」


そう、ここに現れた男の正体は俺もよく知る杉山だった。


杉山は血原を前にしながらもふざけた口調で会話をしている。


その口調が気に入らなかったのか血原は怒りをあらわにして口を開いた。


「舐めてんのか? お前が望むなら殺してやってもいいぜ」


「おいおい冗談よしてくれよん! お前が俺を殺れるわけないじゃん!」


そう言ってニコニコ笑う杉山。


その様子を遠目から見ていた中西も助けがきたという安心感から安堵の息を漏らす。


杉山は目の前にいる血原を無視して俺の方に寄ってきた。


そして俺の頬をぺしぺしと何発も叩く。


その衝撃で俺は目を覚ました。


「んん......」


俺がそんな唸り声をあげると杉山は口を開いた。


「ぼっちの龍ちゃん! ここで何やってんの?」


俺を茶化す様にそう言ってきた。


俺自身最初はこの状況を理解できなかったが、時間が経つにつれてこの状況を把握し始めた。


「何でお前がいるんだよ!」


俺がそんな驚きの声を上げると杉山を面白おかしく笑って口を開いた。


「助けてあげたんだよ。俺が来なかったらどうなっていたのやら」


両手を広げ『やれやれ』と言って首を横に振る杉山。


すると次の瞬間、杉山の背後に人影が現れた。


「俺を無視してんじゃねえ!」


そんな雄たけびを上げながらナイフを持って杉山に迫って来たのは血原だ。


「あぶねえ!」


俺が慌てるようにそう言うと、杉山は軽くグッドポーズを作り軽々と血原の攻撃をかわした。


「背後から攻撃とか卑怯じゃん!」


杉山は後頭部をぽりぽり掻きながらそう言った。


その態度に不満を感じたのか血原はもう一度杉山に迫る。


「てめえ俺を舐めすぎなんだよ!」


そう言ってナイフをもの凄い速さで杉山の腹部目がけて突く。


しかし杉山は臆することなくその突きを軽々とかわした。そして次は杉山が仕掛ける。右手で拳を作り血原の顔面に目がけて思い切りフックを叩き込んだ。その攻撃は見事にクリティカルヒット。


「がはっ」


血原は殴られた反動で後ろに下がった。


そのすきを杉山が見過ごすわけもなく再び攻撃を仕掛けた。


今度は右足の上段蹴り。


血原にはその攻撃をかわす余裕がなく、再びまともに喰らってしまった。


「かっ」


顔面にヒットしたことで鼻はひん曲がり、目の上が切れてそこから血が垂れてきていた。


しかし血原は倒れない。


「く、くそが......。何て強さだこいつは」


膝をつき杉山を見上げる血原。


その様子を見ていた健や他のヤンキーも驚きを隠せないでいる。


血原浩二ちはらこうじの負ける姿など見たことがなかったのだろう。


確かに血原は強い。リーダーになるだけの力は持っている。


しかしそれを上回る力を持っていたのがこの場にいる杉山光輝だったということだ。


「お前ら二度とあの子に手出すなよ」


そう言って杉山は中西を指さした。


中西の心配はして俺の心配はしてくれないのか......。


少し悲しい気もするが助けてもらったことは事実だ。大目に見やろう。


血原含めヤンキー達が黙り込んでいるとまたしても辺り一面に音が鳴り響く。


今回の音は数十メートル離れていても聞こえるような大きさだ。それに加え、この音を俺たちは普段よく耳にしている。


「救急車......」


血原がそう呟いた。


そう、救急車のサイレンの音がこちらに近づいてきた。


「俺が呼んどいたから!」


そう言ってグッドポーズをする杉山。


「くそが。こんな所誰かに見られたら......。ずらがるぞてめえら」


ヤンキー達は血原の命令に従いこの場から消えていった。


「逃げたねぇ~」


そう言って杉山は俺の方を向いた。


「じゃあ、俺はここで」


杉山もこの場から去るべく歩みだした。


俺はただ無言でその後ろ姿を眺めた。杉山は一分も経たずにして俺の目の前から消えていった。


その後俺と中西は救急車で搬送された。中西は軽い怪我で済んだが俺は腕の骨を骨折、横腹からの大量出血。


全治三か月と医師から告げられた。






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