第10話 何でメールアドレスを教えなきゃいけないんだ

「何でまたいるんだよ」


学校が終わり帰宅しようとしていると、また校門に例の桃花がいる。


「こんにちは! 龍星さん!」


俺は怪訝そうな顔をしたが、その女は全く気にする様子もなく、勝手に話を始めた。


「私、この放課後の時間が一番幸せです!」


満面の笑みを浮かべてそう言った。


いきなり何を言い出すのやら。


「はあ」


俺が溜め息をつくとその桃花は少し不安そうな顔をして口を開いた。


「実は嫌だったりします? 私がここに来るの......」


少し涙目になった目を俺に向けてくる。


しかし俺は正直に意見を伝えた。


「ああ。嫌だよ。だからもう来るな!」


普段より少し大声でそう言った。


すると俺の声が聞こえたのか通りすがりの男子生徒が話に割り込んできた。


「あらら、女の子泣かせんなよ龍ちゃん。流石に酷いよ~」


茶化す様にそう言ってニヤニヤ笑う男子生徒。この男子生徒は毎朝俺のことを茶化してくる杉山光輝だ。


「いちいち話しかけてくるんじゃねえよ」


俺がガン飛ばしながらそう言った。


すると杉山光輝は『ごめんね~』と言って俺の前から去って行った。


普段は朝以外話しかけてこないのに、こんな状況の時によって茶化す様に話しかけて来る。


杉山光輝との一悶着が終わり、俺は目の前にいる桃花に視線を移した。


するとその女は今にも泣きだしそうだった。


俺の言った言葉が相当傷ついたのだろう。


流石の俺もこんな状況の女子を無視できるわけもなく話しかけた。


「わかったわかった。嫌じゃない嫌じゃない。だから泣くなよ女」


俺は頭をぽりぽりと掻きながらそう言った。


するとその桃花はすこし表情を明るくして口を開いた。


「本当ですか?」


上目遣いで俺を見てきた。


無意識でそうなっていると思うが、俺も男だ。こんな目で見られたら動揺してしまう。


俺は一回咳払いをして口を開いた。


「本当だ。だからその目を辞めろ!」


少し動揺している俺を見た桃花はニコッと笑った。


今さっきまで泣きそうになっていた女がこんなに笑っている。何か不思議な気持ちだ。


「じゃあ俺はもう帰るけど」


俺がそう言うと女は『私も一緒に行きます!』と言って着いてきた。


まあこんな風に着いて来るのは初めてじゃない。毎日放課後はこんな感じだ。


しかしいつも通り駅まで歩いていると普段とは違うことが起こった。


「あ、あの......」


桃花が俺に話しかけてきた。いつもは学校の校門で話すのが最後、一緒に帰るものの一言も会話を交わさない。それなのに今俺に話しかけてきた。


俺はこの状況に驚きを隠せないでいる。


女はそんな状況の俺を見て少し首を傾げて口を開く。


「どうかしました?」


女は俺の顔を覗き込むようにしてそう言った。


不意に俺と女の目が合う。


女は俺と目が合ったことに驚き、一瞬で目を逸らした。


少し顔が赤かったような気がしたがそこには触れないでおいた。


俺は先ほどの質問に答えるべく口を開く。


「話しかけてくることが珍しいと思っただけだ」


俺がそう言うと女は顔を赤くして俯いた。


俺はそんな彼女を見て再び口を開く。


「で、要件は?」


俺がそう訊くと女は何かを思い出したように話を始めた。


「えっとですね......龍星さんのメールアドレスを教えて欲しいと思いましてですね。あははは」


両手の人差し指をつんつんしながら俺を見ている。


そんな可愛いしぐさをしたとしても俺の答えは決まっている。


「嫌だ」


これが俺の答えだ。大して気にもなっていない女にメールアドレスを教える必要はない。教えなくてもデメリットはない。まあ、唯一デメリットがあるとすれば俺がメールアドレスを教えないことでまた泣き出すかもしれないということだが。


俺はそんなことを考えながら女に視線を向ける。


するとそこには泣き出すわけでもなく、けど笑ってもいない何とも言えない表情をしている女の姿があった。


「ですよね。私に何かに教えるわけないですよね」


そう言って一人で歩き始めた。


俺は数秒女の背中を眺める。


いつもより少し背中が丸まっているような気がした。


しかも顔は前を向いてはおらず下を向いている。


それほど俺に断られたことが嫌だったのか。


「はあ。全く」


俺は誰にも聞こえない声でそう言った。


そして女の下まで歩いて肩を掴む。


すると女は肩をビクッとさせて俺の方を向いた。


「何ですか......」


いつもの声とは程遠い迫力のなさ。


俺はポケットからスマホを取り出しメールアドレスが書いてある画面を女の方に向けた。


すると女は目を見開いて驚きを隠せないでいる。


「教えてやるんだよ。俺のメールアドレスをお前に」


その言葉を聞いた女は目をキラキラさせて口を開いた。


「ほんとですか!」


そう言って女は自分のスマホを取り出し俺のメールアドレスを登録した。


すると女は満面の笑みを浮かべてスマホに文字を打ち込み始めた。


俺は何をしているのかと疑問を浮かべながらその様子を見た。


すると俺のスマホがぶるっと震えた。


俺がスマホの画面を確認すると、そこには目の前の女からのメッセージが送られてきていた。


『女じゃなくて桃花です!』


そんな短い文だ。俺は今までこの女のことは名前で呼ばずに『女』と言っていた。


それをずっと不満に感じていたのだろう。


その証拠にこんなメッセージを送ってきている。


ようするに桃花って呼べってことだろう。


けど俺は女子を下の名前で呼んだことなどない。


だから俺はある考えを思いついた。


「お前の苗字は?」


「ん?」


「だからお前の苗字は何かって訊いてんだよ!」


俺が怒鳴りつけると女は肩をビクッとさせ口を開いた。


「な、中西です」


「じゃあお前のことは中西って呼ぶ。それでもいいだろ?」


俺が確認をとると中西は大きく頷いて満面の笑みを浮かべた。


こうして俺の変わった放課後は終わったのであった。





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