第7話 競争と頑なな恋心

 特別に親しんでいたわけでもない。昨日の今日まで、むしろ関わりなどなかった。


 「昨日の見ました?」


 「あぁ」


 「返事が来てませんが?」


 「まだ、考え中だよ」


 そうだ、まだ思考が追いついていないのだ。


 「いつ来ますか?」


 「分からない」


 と言うよりは、夏島の考えが分からない。

 今まで、あまり関わってこなかった人間に、どうしていきなりデートに誘うのか。


 夏島は決してモテないわけではない。

 近寄りがたいのだ。

 大人のような色気と雰囲気。それに、話し方だって感情がないようだ。


 しかし、容姿は綺麗だし、時折見せる、人間味もまた、影ではモテている人間の特徴なのだ。

 夏島は平坂の顔に自分の顔をグイッと近づける。


 「だったら、今決めてください」


 それは不可能だ。

 まだ、昨日のメッセージを暗号としか捉えられないし、平凡な人間が生徒会長と深い関わりを持つこと自体、あり得ないことだ。

 これは悩ましい。


 「えっと、明日でいいかな?」


 「私のこと嫌い?」


 そう言って、夏島は切なそうな表情をする。

 はぁ、ずるいんだよ。


 夏島のことを特別に好意を抱いているわけではないが、いきなりタメ口で話されると、やっぱりどこか意識してしまう。


 夏島のことが嫌いか。

 好きか嫌いかと聞かれれば。


 「好き」


 本当にこの二文字だけを伝えればいいのだろうか。

 何か、誤解を生んではしまわないだろうか。

 だから、訂正した。


 「好きか嫌いかと聞かれれば好き。これは、恋愛的感情ではなくて、人として好きだってこと。勘違いはしないでほしい」


 「瀬尾富さんにも同じことを言ったのですか?」


 雪乃? どうして、ここで雪乃が出てくるんだ?

 確かに昔、雪乃にも似たようなことを言ったかもしれない。


 いや、待て。言ってない。

 そんなことは、少なくとも雪乃には言わない。と言うより、言えない。


 それは、雪乃に恋愛的感情を持っていることが、あまりに抽象的すぎるし、何より雪乃に好意を抱いてる?


 待て、待て、待て。頭が混乱してきた。

 そんな深く考えても、雪乃は何にも思っていないかも知れない。

 じゃあ、これはただの空想的思考にすぎないのか?


 「どうしました?」


 「あぁ、言った。言ったな」


 咄嗟に出てしまった言葉が、本来言うはずのものより、真逆なことを言ってしまった。


 「では、質問を変えます」


 夏島は頑なな口調で言った。

 まるで、面接でも受けさせられている気分だ。


 「平坂は瀬尾富さんのことが好きですか?」


 これを聞いた途端に胸が苦しくなった。

 好き? 雪乃のことが好きか。

 それも夏島同様、好きか嫌いかと聞かれれば。


 「好き」


 気付けばそう、呟いていた。


 「だから、デートに行ったのですね」


 「あぁ」


 「三人で行く前も、瀬尾富さんと二人きりで行ったのでしょう?」


 「……どうしてそれを?」


 「勘です」


 雪乃もそうだが、どうしてこうも女の勘というものは怖いのか。


 「だったら何?」


 「何ってことはありません。ただ、一つ質問をしたくて」


 「質問?」


 「はい」


 夏島はそう言って、深く息を吸い込み、言葉と同時に吐き出した。


 「楽しかったですか?」


 「……楽しかったよ」


 「そうですか」


 「ただ、あれはデートじゃないよ。遊びでもない。ただの息抜きだ。夏島とデートをするのはいいが、それはあくまで、デートとしてじゃない。息抜きとしてなら行くよ」


 すると、夏島は下を向いて呟いた。


 「……最低」


 ………………?

 女心というのは、どうも理解できない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とても暑い冬の日に幼馴染みに恋をしていた 夢野ヤマ @yumenoyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ