第6話 映画と雪乃と生徒会長

 映画館に来たのはいつぶりだろう。

 小さい時に雪乃と一度だけ行ったぶりか。向こうは覚えてないと思うが。

 あの時は何を見たんだっけ。


 今日は雪乃と夏島でウチュウマンの映画を見る日だ。


 「平坂、せっかくのデート楽しんでる?」


 「楽しんでるよ、息抜きをね」


 駄目だ、思い出せない。これは頭の片隅にでも置いておこう。


 「これはデートなのですか?」


 「そうだよ、夏島さん!」


 「違う」


 と、平坂は否定する。


 「女の子二人に囲まれて、どうしてそんなテンション低いの?」


 「別に」


 テンションが低いのではない。これが通常運転なのだ。

 特に好きな映画を見るわけでもない。

 雪乃と関われるのは嬉しいが。


 ポップコーンとジュースを購入し、早速、店員にチケットを見せ、指定された場所に向かった。


 人は混雑しているわけではないが、そこそこの人数がいた。

 ほとんどが子供連れの親だった。それもそうか。


 「席はここだね」


 「そうですね」


 「平坂の隣かー。いやらしいことしないでね?」


 「しないよ」


 はぁ、とため息をついた。

 映画が上映されるまでには、少し時間があった。


 「楽しみだね」


 「そうだね」


 隣の雪乃は小声で言った。

 平坂以外の二人は、とてもワクワクしていた。

 特に夏島は。


 「始まりましたね」


 どうやら、映画が始まったらしい。

 さっきまで、少しだけ騒ついていた周りが一瞬で静かになった。


 つまらなかったら寝よう。そう思った。

 多少のお金が無駄になるかも知れないが、睡眠も大切だ。


 ただ、ここは寝る場ではない。それでも、気づく人はいない。

 雪乃だって、集中して視聴しているんだから。


 元のアニメを見ていないがため、冒頭から話についていけなくなってしまった。

 大ファンの夏島は序盤から、盛り上がっていた。


 雪乃だって、このアニメをよく知らないはずなのに、何故か盛り上がっていた。

 もしかして、隠れファンとか?


 映画は順調に進んでいった。

 序盤から、ウチュウマンが強大な敵を次々と倒していく。


 倒して、倒して、倒して。

 あらかじめ聞いたことだが、映画限定の必殺技なんてものもあるくらいだ。


 それを発動した時の盛り上がりはすごかった。

 雪乃は何となくの場の空気で盛り上がっているのかも知れないが、夏島は盛り上がっていた。


 笑っているのか、笑っていないのかは、よく見えなかったが伝わってきた。

 映画順調に進む。本来ならば寝るつもりが、意外に面白くて見入ってしまった。


 話は徐々にクライマックスまで進む。

 見る前から、どうせウチュウマンが活躍して、話は終わる。

 そう思っていた。正解だった。


 まさに、王道のヒーローものであった。

 テンプレすぎる展開でも、雪乃と夏島は喜んでいた。

 まぁ、よしとしよう。そんなのは人の自由だ。


 「映画面白かったね!」


 「そうですね」


 「平坂は?」


 「あぁ、面白かったよ」


 「テンション低くない? どこが面白かったのかもっと詳しく!」


 雪乃は顔を近づけた。


 「テンプレすぎる展開が」


 「何それ、もっといい感想はないの?」


 「ウチュウマンがカッコよかった」


 「だけ?」


 「え、駄目?」


 雪乃は深くため息をつく。

 それから、夏島の方を見た。どうやら、お手本を見せてくれるらしい。

 映画の感想の。感想なんて、人それぞれだろ。


 「もとを辿れば、ウチュウマンは落ちこぼれのヒーローだったんです。才能がなく、周りからも馬鹿にされていました。しかし、その逆境をも乗り越えウチュウマンは強くなったんです!」


 「で、映画の感想は?」


 平坂は聞いた。


 「面白かったですよ」


 「……それだけ?」


 「? はい」


 これが映画の感想のお手本のようだ。

 似たようなものじゃないか。


 「雪乃はどうだったんだよ」


 「んー、ウチュウマン頑張ってたなーって」


 「それだけかよ」


 「悪い?」


 「悪くない」


 今日見た映画の立派な感想は誰からも出てこなかった。


 「次はどこ行く?」


 雪乃は言った。

 正直、もう帰りたい気分なのだが、朝早くから映画が上映されていたせいで、まだ昼過ぎであった。


 「お腹が空きました」


 「確かにそうだね! 平坂は?」


 「同じだよ」


 そういえば、朝から何も食べていない。

 朝食には、ご飯派とパン派。食べる派と食べない派がある。


 ご飯かパンかと聞かれれば、気分による。食べる派か食べない派と聞かれれば、これもまた気分による。


 そんな曖昧な人間だ。

 朝はあまり好きではない。明るいし、学校に行く準備もだるい。


 学校に行ってしまえば、どうってことはないが、それまでの順序がきついのだ。


 ただ、ホットミルクは毎日飲むようにしている。

 あの雪の日、雪乃に渡したことを思い出しながら。


 雪乃に渡したものと同じものを飲む。

 蜂蜜入りのホットミルク。

 飲んでいる時が一番落ち着く。静かで誰にも邪魔されずに。


 「何を食べるの?」


 平坂は聞いた。


 「そうですね、ハンバーグなんかはどうでしょう?」


 「賛成ー!」


 「いいね」


 こうして、三人は近くの飲食店に行き、ハンバーグを食べることになった。

 愛想の良い店員に騒ついた客。とても明るい店だった。


 注文をすると、わりとすぐにハンバーグは来た。

 とても、大きな、大きな、ハンバーグ。


 大勢の客で混雑していたから、遅くなることを想定していたが、そんな心配はしなくてよかった。


 「いっただきまーす!」


 真っ先に雪乃が手を合わす。


 「いただきます」


 釣られるように夏島も。そして、平坂も。


 「おいしい!」


 雪乃は大きなハンバーグをまるで餌を口のポケットに溜めているリスのような頬をした。


 「そうですね」


 それに比べ、夏島は淡々と食べている。

 別にまずいわけではない。これが夏島なのだ。


 逆にいきなりテンションを上げられたら、こっちが困る。さっきの映画の話の時は怪しかったが。

 とてもジューシーで美味しかった。


 それから、三人は食べ終え、夕暮れまで遊んだ。







 家に帰って、今日は疲れたので寝ることにした。

 ピロンッとスマートフォンが鳴る。


 夏島からだった。

 そういえば、映画を見た後に連絡先を交換したんだっけ。


 内容なんて、見るまでもなかった。どうせ、今日は楽しかったとか、そんなところだろう。

 が、一応見ることにした。


 こんなメッセージが書かれていた。

 今度は二人きりでデートしよ。

 どうやら、この暗号を解くのは難しそうだ。

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