第3話 ゲームセンター
雪乃との関係はただの幼馴染みに過ぎない。友達でもなければ、彼女でもない。
だから、休日に遊びに行ったり、デートに誘われたり。そんなことは起こらないものだった。
一通の手紙が渡された。雪乃からだった。
今時、スマートフォンという、いつでもどこでも連絡が取れる便利すぎる機器があるというのにあえて手紙であった。
雪乃はスマートフォンを持っている。連絡先も知っている。
それもあり、余計に手紙を渡されることが謎だった。
来週の休日デートしよ。
その一文だけが書かれていた。
何かの暗号かと思った。文字を組み替えるパズルだとも思った。
その言葉の意味を理解するのに数分かかった。
これは、暗号でもパズルでもなかった。れっきとしたメッセージ。手紙であった。
この手紙を渡されたのが学校で読んだのが家なので、本人に詳しく聞きたいと思ったが出来なかった。
スマートフォンで連絡すればいいじゃないかと思う人もいるかも知れないが、これはそんな次元じゃない。
しっかりと面と面を合わせて、話して、初めて理解できる事柄なのだ。
次の日、学校で聞いた。
「あの手紙はなんだったの?」
「そのままの意味」
「意味が分からない」
「平坂、来週の休日暇?」
「暇」
「だったら」
そこで雪乃は話すのをやめた。息を飲み込んだようだった。
「何?」
「で、デートしよ!」
今度は手紙ではなく直接言われた。そうだ。大切なことは直接言われた方が伝わりやすい。
「いいよ」
断る理由もないため了承した。
デートと言ったらカップルがするものだと思うかも知れないが、ここでのデートとは単なる息抜きだ。
普段の疲れを発散するためだ。ずっと家にいるのも嫌いではないが、たまには外に出てみるのも悪くはない。
少なくともそう思っている。雪乃は知らないが。
「どこか行きたいところある?」
難しい質問だった。完全なインドア派にそんな難問をされても困る。
本屋。デートらしくないか。
遊園地。人が多いのは避けたい。
夜の公園。静かでいい。でも地味か。
雪乃の家。そもそもデートではなくなるか。
様々な選択肢を頭の中に渦組ませてみたが正解は見つからなかった。
それでもこの世には、こんな便利な言葉がある。
「どこでもいいよ」
自分では決められない。相手に解答権を譲るのだ。
雪乃はしばらく考えていた。
「ゲームセンターなんてどう?」
「いいね」
正直、場所なんてどこでもよかった。
最良のデートさえ出来ればそれでいい。
それを踏まえ、ゲームセンターはなかなか悪くない。
人は多いかも知れないが、遊園地ほどじゃないし、ゲームに集中していれば気にならない。あと、ゲームもわりと好きだ。
雪乃のセンスはいいと思った。
もっと女の子らしい場所を言うのかと思った。
例えば、スイーツ店とか?
悪いがここまでしか出てこない。悲しいことに女の子ではないので。
それは雪乃に聞いた方が早そうだ。
聞かないけど。
時は意外にも早いものだ。前に目標があれば、自然と毎日も短くなる。
そう、今日はデートの日だ。
普通の男子高校生ならば、お洒落に気を使うものだろうが、そんなことはよく分からない。
普段の私服を着る。それがお洒落かは知らない。自分で自信があれば、それはお洒落だろう。
ただ、服選びは面倒なので軽装な服装で向かう。
これを人はこう呼ぶ。シンプルだと。
派手な服装でもお洒落、シンプルな服装でもお洒落。好都合な話だ。
そのまま待ち合わせのゲーセンに行くことにした。雪乃はまだ来てはいなかった。
「おーい!」
雪乃の声だった。霧のように見えるか見えないか、ギリギリの場所で手を振りながら走っていた。
待ち合わせの時間に十分遅れてからの話だ。
ようやく、こっちまで辿り着き、息を切らしていた。
「遅いよ」
本心ではなかった。別に遅れてもよかった。
でも、時間は守ることが常識なのだから、とりあえずそう言った。
「ごめん!」
と雪乃は両手を合わし謝った。特に許せないことでもないので許した。
すると、猫が何かを盗んだような笑みをしていた。実は遅刻魔な性格なのかも知れない。
ゲームセンターに来たのは久しぶりだった。小、中学生の時はよく通っていたものだ。
誰と? もちろん、一人だ。
高校生になってからは、まるっきり行ってない。
家で一人で過ごす時間の素晴らしさに気づいてしまったからだ。
「これ欲しい!」
雪乃は平坂の服を引っ張り、ねだった。クレーンゲームだった。
大きな熊のぬいぐるみが置いてあり、明らかに一、二回じゃ、取れるはずもない代物であった。
「だったら、取ってみれば?」
「こういうのって普通、彼氏が取るものじゃないの?」
「彼氏? いつなった?」
「今!」
「覚えがないな」
「これデートでしょ!」
「デートイコール息抜きだ」
「何言ってんの?」
とこんな感じに会話が続き、結局取る羽目になった。
百円玉を機械に入れる。機械は光だしゲームが始まった。
「頑張って!」
雪乃は応援していた。嫌々、やらされたクレーンゲームだが、応援されるのは悪くない。
小学校の時、マラソン大会があった。
走るのが苦手な自分はいつもいい結果ではなかった。
それでも、ゴールをした雪乃はいつも応援してくれた。そんな懐かしさを感じた。
その記憶が煙のように消えた途端に、ぬいぐるみが落ちた。
「あー」
雪乃は悔しがっていた。落ち込んでいた。
「はい、もう終わりね」
「まだ、一回しかしてないじゃん」
「一回やろうが、百回やろうが、取れないことを確信した」
「今の一回で?」
「そう」
もはや、やり投げになっていた。このまま続けてしまったら、財布の中は空になってしまう。
こんないつ取れるのか、取れないかも知れないか、分からないようなものにお金を使うよりも、ライトノベルを買ったほうがよほどの価値がある。
お金は趣味に使うべきだ。クレーンゲームは趣味じゃない。
が、雪乃を悲しませるのも嫌だった。
お金で比べるものじゃないが、こんなぬいぐるみを取ることで雪乃が笑顔になるのならお安い御用だった。
もう少し頑張ってみることにした。ゴールがないゴールに向かって。
ガコン! と音がした。
「やったー、取れた!」
「よかったね」
「ありがとうね!」
雪乃の笑顔はやっぱり輝かしいかった。その眩しさと照れ隠しで、咄嗟に下を向いていた。
結局、一万円も使ってしまったことは心の隅に置いておこう。
「次、あれやりたい!」
「いいね」
そう言われ、また引っ張られた。
デートイコール雪乃との繋がりなのかも知れない。
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