第2話 宿題

 「ここはどこ?」


 「学校」


 雪乃は学校に着くたびにそんなとぼけたことを言っている。

 特別な意味はない。ただの雪乃らしいおふざけである。


 空はどうして青いの? と言う問いに人は海と反射してるからだよと言う。

 そんなレベルの特に意味はない問いであった。


 不幸なのか幸いなのか、正直どっちでもいいが雪乃とは隣の席である。


 周りの男子には羨ましがれる。隣の席であることもそうだが、幼馴染みってだけでだ。


 別に彼女でもないんだし、勝手に羨ましがられても困る。こっちから見れば、彼女がいて毎日のようにイチャイチャしている人たちの方がよほど羨ましい。


 それでも雪乃は一応、学校一の美少女としてランク付けされている。一方で平坂は地味な隠キャとしてランク付けされている。


 そんな奴が雪乃との昔からの関わりを持っているんだ。周りは宝くじの一等が当たる確率と同じだと言う。彼女が出来る確率も同じくらいだと思うがな。


 昨日とは違って、学校であるため私服ではなく制服である。似合っていた。


 可愛いか可愛くないかと聞かれれば可愛くないと答えるのはまずない。かと言って、本人に可愛いというのもない。


 恥ずかしいわけではない。言う必要がないだけだ。


 私服だろうが制服姿だろうが、雪乃が可愛いことは、朝が来て夜が来る、それくらい当たり前なことなのだ。昨日は勢いで言ってしまったが。


 「その小説面白いの?」


 「面白いよ」


 休み時間にはよく、ライトノベルを読むことにしている。


 友達同士で話しているワイワイ系、次の授業の予習をしている真面目系。休み時間の過ごし方なんて人それぞれだ。


 ライトノベルを一人で読んでいる人のことはなんと呼ぶべきだろう。


 オタク系? 隠キャ系?

 そんなのはどっちでもよかった。


 今読んでいる話は主人公がヒロインに恋をするが、どこか気持ちが伝わらない切ないものだ。


 そして最後はお互いに結ばれるのだ。

 恋愛と言うのはこれぐらいがちょうどいい。甘く、時に酸っぱく。


 最近の学生はすぐに付き合いだし、別れる。そんなもの恋愛とは言わない。

 一度、好きになったのならば一途に愛を育むべきだ。


 今はそんな俗に言う運命の人は見つかっていない。それを言い訳にし、彼女が出来ないでいる。


 「読ませて!」


 「やだ」


 この言い方では誤解を生むかも知れない。


 ライトノベルのイラストを見ただけでイヤらしい本と勘違いをする人がいる。


 それは大きな間違いだ。ライトノベルとは素晴らしいものである。


 ページをめくるだけで簡単に彼女も出来るし、異世界にだっていける。


 こんな世界は自分だけで楽しみたい。

 ましてや、自分が好きな物語は誰にも邪魔されたくない。だから断った。


 「いいじゃーん、お願い!」


 雪乃は両手を合わせ、餌を欲しがる犬のように愛くるしい目をしながら頼んできた。


 「ちょっとだけね」


 断ることはできなかった。さっきの話の一部は前言撤回するとしよう。


 「なに、なに」


 ーもっとそこ触って?

 ーこ、こう?

 ー違う、もっと下!

 ーどう?

 ーうん、いぃー!


 「……こんなの読んでるの?」


 完全にミスった。どうしてよりにもよってそんなシーンを読んだんだよ。

 やっぱり貸さなきゃよかった。


 「この次に感動する場面があるんだ」


 雪乃はページを進めた。


 ーあっ、あっん!


 「……どこが?」


 まだ続いてたのかよ。


 「もう返して!」


 持っていた本を強引に奪い取った。ここまで見られるのは恥ずかしすぎた。


 「恥ずかしかった?」


 雪乃は悪戯を考えている子供のような笑みを浮かべた。弱みを握られることがこんなにも怖いものだとは知らなかった。


 「別に」


 「ふーん、ま、平坂も男子高校生だもんね」


 強がった態度に対し、悪戯に成功した笑みに変わった。強がったことはきっとバレている。


 でも、そんなことをいちいち本人に聞くのも、微々たるプライドがある者ならやらない行為だ。


 「おーい、お前ら、席に着けー」


 担任が適当混じりに声をかけた。どうやら、授業が始まるようだ。


 担任の名前は敷波。女性の先生だ。

 背が高く、堂々とした顔に胸が大きい。かなりの美人だ。


 強気な態度と口調からも想像できるが元ヤンだったらしい。

 そのせいもあってか不良にも優しい。

 むしろ、不良に尊敬されているぐらいらしい。


 不良たちは敷波先生をこう呼ぶ。神と。


 現役時代がどれほどの強者だったのかは知らないが、別に怒らせることもしない、口調は強いが怒ったところは見たことがない。根は優しい人だ。


 「宿題やってきたかー?」


 今日は宿題の提出日であった。もちろんやった。

 パッと見た感じ、クラス全員やってきただろう。隣を除いて。


 「す、すみません」


 雪乃は震えたまま、恐る恐る手を上げる。


 「どうした、トイレか?」


 「しゅ、宿題を家に忘れました」


 可哀想にと思った。無責任に聞こえるかも知れないが、人の宿題事情を管理しているわけじゃない。

 忘れたら忘れた人が悪い。それだけだった。


 「おい、ゴルァァァ!!」


 「ひっ!」


 これを初見で見たら、きっと怒っていると勘違いするだろう。決して怒っているわけではない。


 怒られ慣れていない雪乃はかなり驚いていたが。


 「なーちって」


 敷波先生は笑った。

 雪乃は今の状況を理解していない顔だった。


 「やっぱ提出期限は明日に変更しよう! 宿題を持ってきた人は明日忘れないよう、持って帰らず机の引き出しに入れとくように!」


 「あ、ありがとうございます!」


 雪乃は何度も頭をペコペコと下げていた。


 「どうして頭を下げるんだ? 宿題の提出日は明日だぞ」


 このクラスは平和だ。争いがない。

 それはきっと敷波先生の影響が大きいのだろう。


 不良に限らず、クラス全員が慕っている。平坂もその一人だ。


 学校が終わり、宿題をまた見てほしいのことだったので行くことにした。


 すっかりと忘れていた。オレンジジュースをこぼしてしまい、字が滲んでいてもはや何が書いてあるかが分からなかった。


 もう一度、学校に戻り問題集をもらうことにした。

 雪乃は今日の出来事もあってのことなのか、歩いていても伝わるほどに震えていた。


 怖がっている雪乃には悪いが、学校が終わった後に学校に来るなんて初めてだったので、なんだか不思議な気分になった。


 ワクワクとは違う、ドキドキとも違う。これが新鮮さかも知れないと思った。詳細は知らない。


 「怒られるかな?」


 「大丈夫だよ。あの先生は優しいから」


 学校に着き、職員室に入る。二人揃ってお邪魔しますと言った。

 敷波先生は珍しい二人を見て驚いていた。


 用件を伝えると、すんなりと新しい問題集をくれた。

 頑張れよ! とだけ言っていた。


 そのまま、失礼しましたと言って職員室をでて帰宅した。

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