とても暑い冬の日に幼馴染みに恋をしていた

夢野ヤマ

第1話 幼馴染み

 「雪ってね、雨の個体なんだよ」


 それは確か、冬でちょうど雪が降っている時だった。一人の少女が呟いた。


 それに対し平坂はそうなんだと言った。


 少女は笑った。こちらを見て満面の笑みで。


 それ以上は何も話さなかった。ただ、心臓の音だけが鳴り響き、道が分かれてしまったのでさよならとだけ言って二人は帰った。


 幼少の時だったと思う。







 「ねぇ、聞いてるの?」


 「へ?」


 平坂の前には可愛らしい美少女がいた。

 髪は艶があり、綺麗なストレートヘアである。ぱっちりとした目でこちらを見ていた。


 「だーかーらー、ここの問題が分かんないって言ってんの!」


 「あー、ごめん、ごめん」


 今は幼馴染みである、瀬尾富雪乃の家にいる。


 勉強があまり得意ではない雪乃のためにこうして時々、家に上がらせてもらいながら勉強を教えている。


 今は絶賛、数学を勉強中だ。高校生となり、勉強が中学よりも難しくなり雪乃は苦戦している。


 「ここはね、この公式を使うんだよ」


 「なるほど! 平坂の教え方分かりやすい!」


 「雪乃の飲み込みが早いだけだよ」


 「そーかなー、えへへ」


 褒めると雪乃は照れ笑いをしながら喜んでいた。


 普段は馬鹿と言われる雪乃でも本当は頭がいいんだ。もっと真面目にやれば常にテストでも高得点が取れるはずだ。


 これも人間が作り出したものなんだ。

 人間に解けないわけがない。


 平坂は近くにあったオレンジジュースを口にした。


 「それ、私の!」


 「あ、ご、ごめん!」


 勉強に集中していて気づかなかったがどうやら雪乃のジュースを口にしてしまったようだ。


 幼なじみってこともあり、雪乃のジュースを口にしても全く何も思わないが、どうしてか向こうはかなり動揺していた。


 何故かは分からなかった。そのまま勉強を再開することにした。


 「ここも分からなーい」


 「はいはい、どれどれ」


 どうやら次の問題も分からなかったため教えることにした。


 問題集と雪乃の距離が近いため、無意識に雪乃と顔が近寄ってしまった。気づかなかった。


 「あのさ、近くない?」


 そう言われ、初めて気付いた。

 ジュース同様、特に何も思わないが、とりあえずはごめんと謝った。


 雪乃の顔は赤かった。熱があるのかと心配した。


 「熱測る?」


 「どうして?」


 「だって、顔が赤いから」


 「そ、そんなことない!」


 どうやら熱はないみたいだ。安心した。

 それでも、ますます顔が赤くなった気がする。気のせいだろうか。


 「冷たいジュースでも飲んだら?」


 「私のやつ、平坂が飲んだのでしょ」


 「それは悪かったって!」


 一回、口をつけてしまったのでどうやら飲まないらしい。


 幼なじみでも間接キスは許容範囲外なのだろうか。不思議な話だ。


 代わりに冷蔵庫から新しいオレンジジュースを取り出し、新しいコップに注いだ。


 「はい」


 「ありがと」


 それだけを言ってガブガブと飲んでいた。いい飲みっぷりであった。


 顔の赤らみも消え、元の肌の色に戻っていた。

 やはり喉が乾いていたのか。これで解決した。


 「もっと飲む?」


 「うん!」


 気力が戻ったのか今度は元気に返事をした。

 もう一度、冷蔵庫の置いてある場所まで行くとあるものを見つけた。


 一枚の写真だった。そこには幼い頃の二人が写っていた。平坂と雪乃。


 ジュースの入ったコップと写真を持ち、両手のふさがったまま雪乃のところへ行った。


 「どうぞ」


 「ありがと!」


 まずはジュースを渡した。さっきよりも増して、いい飲みっぷりだった。


 次に写真を渡した。今度は何も言わず、ただ無言でそっと見せた。


 「これは何?」


 雪乃は言った。


 「幼い頃の写真だよ」


 平坂は応えた。


 「懐かしいね、どうして平坂がこんなの持ってるの?」


 「冷蔵庫の上に置いてあったよ」


 「そうなの?」


 「うん、だから雪乃が持っていたことになるね」


 「全く覚えがない」


 意外にも雪乃の記憶の中には、この写真を置いたことはなかったらしい。


 二人は笑っていた。平坂は雪乃に抱きつかれて照れ笑いをしていたようだった。


 それでもお互いに満面な笑顔だった。

 自分がこんな顔で笑うんだと、このとき知った。幼少期は覚えていないが、最近は爆笑というものをしたことがない。


 爆笑。お笑いなど面白いテレビ番組を見た時。可笑しな話題で笑ってしまう時に起こる現象。


 好きな人と一緒にいる時にも起こる類なのかも知れない。楽しいからだ。


 幼少の時は置いといて今、雪乃のことが好きなのかは知らない。


 幼少期も雪乃のことが好きだったのだろうか。だから、こんなにも笑っている。


 それが友達としてなのか恋人としてなのかは分からない。思い出せない。


 「平坂って笑うと結構可愛いね」


 「え?」


 そう見えるのは、まだ小さかったからだ。

 雪乃だって笑ったら可愛い。今も昔も。それは、あえて言わなかった。


 「最近の平坂はなんかツンとしてるもんなー」


 「そうか?」


 ツンとしているとは、顔に輝きがないとか、元気がないとか、そんな意味合いで捉えてもらっていい。


 確かにそうだ。最近はツンとしているかも知れない。

 それは面白味がないからだ。具体的には新鮮さがない。


 幼い頃は初めて雪を見た時、驚くほどに感動した。夏になれば、暑すぎて大量に溢れ出てくる汗に驚いた。


 それが成長してみれば感動は薄れていった。多少なりとも、する時はあるかも知れないがあの時ほどではない。


 冬になれば雪が降る。夏になれば暑くて汗が出る。

 それは毎年やってくる当たり前なこと。わざわざ、目を見開いてまで驚くようなものではない。


 「ほら、こうしたら可愛いのに!」


 「んー、やめろー」


 「あはは、可愛いー!」


 雪乃に頬をまるで餅のように引っ張られた。こんなにも人間の頬は伸びるものだと思った。


 感触は痛いとも違う、くすぐったいとも違う、何か別の感触だった。


 それを的確に表す表現方法を今の自分には残念ながら持ってはいなかった。

 こんな時はなんて言うべきなのだろうか。


 「雪乃も笑うと可愛いよ」


 「ばっ!」


 恥ずかしかったのか雪乃は顔を赤らめていた。今度は熱っぽくなさそうだし、体温計を渡す必要もなさそうだ。


 雪乃は手を離した。自分ごと後ろ目に勢いよく下がった。

 机に振動が加わってしまった。オレンジジュースが机の上で溢れる。問題集は濡れてしまった。


 写真は地べたに落ちる。奇跡的に濡れずに無事だった。


 間違いなくこれは幼少期の写真から始まった平坂と雪乃の物語であった。

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