罪の跡

シェンマオ

第1話

「タツ、例の殺人犯の特徴が分かったぞ」


「本当ッスかトラさん!」


部下は子供のように顔を輝かした。


罪の無い一家を強盗目的で全員殺害したとされている凶悪な殺人犯。

今の今までほとんど手がかりが得られなかったが、ここに来てようやく事件が動き出しそうだ。


俺は懐から1枚の書類を取り出し、部下の辰巳、通称「タツ」に見せてやる。


「なになに……目撃証言では口元に傷があった……え、それだけ?」


「無いよりマシだろ」


「こんな雑把な証言あっても仕方ないですよぉ」


確かに、この日本中で口元を怪我してる奴なんて、わんさか居るわけだ。

一人一人確認していたら、一体何日かかるというのか。

考えただけで脳みそが疲れてくる。


「しかしこれも仕事だ、行くぞ」


「はーい」


だらけた返事を叱る気力も無いまま、街中での調査は始まった。

行きがけの奴らを捕まえては、口元をチェックしていく。


これがまた面倒くさいの何の。

大人しく見せてくれる奴はまだ良いが、中には無駄に抵抗するのも居て、そいつを宥めていると、自分は何をしているんだろうという無気力感に苛まれる。


「トラさぁん、無理ッスよこれ」


「うるせぇ」


パンを齧り、コーヒーで流し込む。

こうしているとまるで昔見たテレビの中の警察官みたいだが、実際やってるのは地味な仕事だ。

集中力が切れてきたのか、さっきからヒゲの剃りミスがチクチク痛む。


ふと、マスク姿の一人の男が前を横切っていった。

反射的に呼び止め、マスクの中を見せて貰えないかお願いする。


男は暫し困惑し、嫌がる素振りを見せていたが、諦めたのかマスクを取って素顔を見せた。


驚いた事に、男の唇には切りつけられたような、大きく目立つ傷があった。

男曰く動物にやられたとか何とかという事だったが、兎にも角にも署の近くへ連れていった。


これでやっと俺達も一息つけるというもんだ。

俺とタツは帰りしな、行きつけの酒屋で祝いの一杯をやる事にした。


「やぁ、これでひと仕事終わりましたねトラさん。お疲れ様です」


「お前も文句垂れながらよく頑張ったよ」


お互いを讃え、俺たちは店主が並々注いでくれたビールのジョッキをぶつける。


カァン、という高く小気味良い音が鳴り響く。この音を聞くために今日まで頑張ってきたというものだ。


「本当に雑把な証言でしたよね。どんなキズかくらい書いといてほしいですよ」


確かにな、俺は笑った。

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罪の跡 シェンマオ @kamui00621

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