大人になれない私たち

みたか

大人になれない私たち

 夜になると、ふと不安になって眠れなくなる。今の自分を思い返して、本当にこれでいいのかな、という気持ちになってしまう。進むべき道が分からなくて、足が止まって、心が潰されそうになる。

 そんなとき、いつもある出来事を思い出す。



「なんか、からっぽみたい」

 ブランコに揺られながら、横に座るシュウちゃんに呟いた。彼は隣に住んでいたお兄さんで、私とは十歳離れている。ずっと一緒にいたから、本当の兄のように感じていた。なんでも話せる身近な存在だった。でもその日、シュウちゃんはいつもより大人に見えた。

「からっぽ?」

 記憶の中のシュウちゃんの声は、とても柔らかくて優しい。ふてくされた子どもを慰めるような言い方も、シュウちゃんなら嫌じゃなかった。

「自分が何をしたいのかも、何が好きなのかも分からないから」

 私はセーラー服のスカーフを指先でいじりながら言った。それを聞いたシュウちゃんは、ああ、と納得したように頷いた。

「みんなもうやりたいこととか決めてて。私だけ置いてかれちゃいそう」

「……いいんだよ、分からなくても」

 就職してから黒に戻したシュウちゃんの髪の毛は少し傷んでいて、風に吹かれながら重そうに揺れていた。

「まだ十四年しか生きてないのに。先のことを決めるなんて、そもそも難しいんだよ」

 投げやりにも聞こえる言葉は、ゆっくりと私の心に染みていった。シュウちゃんの声は、どんな言葉でも穏やかに響かせる力があった。

 夕日が私たちを包んで、金色の世界に染めてくれた。これから来る夜の心細さを、一瞬忘れられそうだった。

「迷っていいんだよ。分からなくて苦しいと思うけど、それでも進んでいけば、見つかるものがあるかもしれない」

 シュウちゃんの苦そうに笑う横顔を見て、何か思い出したくないことでもあったのかなと思った。何かあったの、と言葉が喉まで出かけたけれど、咄嗟に飲み込んでしまった。シュウちゃんの顔が知らない大人の人のようで、私は何も尋ねることができなかった。



 あのときのシュウちゃんも、中学生だった私と同じように迷っていたのかもしれない。

 人はきっと、歳を重ねて大人になっても、ずっと迷っていくんだろう。子どもの頃に思っていたよりも、大人はずっとコドモだ。二十歳を過ぎたから、就職をしたからといって、カチッとスイッチが切り替わるわけではないのだから。社会的には大人と呼ばれるようになっても、心がいきなり大人になってくれることはない。迷って選択をして、少しずつ道を作っていく。

 大人って、なんなのだろう。

 あのときシュウちゃんは、私に言いたかったんだろう。「きみは僕だ」と。あのときのシュウちゃんより、十歳年上になった私からも言いたい。「シュウちゃん、あなたは私だよ。でもきっと、それでいいんだよ」と。

 そうやってシュウちゃんに語りかけると、私の不安は少しずつほぐれていく。ゆっくりと溶けて、手のひらからこぼれて消えていく。

 この悩みは、私だけのものではないのだ。

 私だけじゃない。そう思えるだけで、安らげる夜はある。



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