見鬼

小暮は精密検査を受けに協会のラボに向かった、榎本を同伴させる。


日下をアリスの部屋に呼び、明日から学校に通うように伝えた。聡太郎は失踪中であり拉致されたであろうことは伏せた。

聡太郎は協会の任務が急遽入り、しばらくは戻らないと伝え小早川にも明日そのことを説明しておくように申し渡した。


日下は無表情で動揺している様子はない。恐らく私の言葉を本気で信じているのだろう。


それは彼女が愚図だからではない、私たちが彼女の知る範囲を制限しているからだ。


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日下は見鬼という能力者だ。


見鬼は『人ならざる不可視の存在』を可視化できる能力者である。


日下にとってこの能力は先天的体質だ。

協会員になってからは、能力に振り回されない術として『見る前に存在を察知する』技術チャクラも体得した。


路頭に迷っていた日下は協会に拾われた。


見鬼は先天的体質として能力を保有する者と、怪奇的な現象を経験して開眼させた後天的能力保有者の2種類に分かれる。


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現在、日下には外側の神々について、詳しく知ることを禁じている。

理由は『見える』ことと、『見る』ことは違うからだ。


例えば能力で不可視の存在を見ようとすると『見ることを意識する』ため、知識を頼ってしまう。

その情報がバイアスとなり『見えたことを、自分勝手に見てしまう』という具合に能力を歪めてしまう。

不可視、つまり見えないものは『見えているのか、見ているのか』を判別することが難しいのだ。


事前に『人ならざる超常的な存在の情報』を入れてしまうと、不可視の存在を可視化した時に誤った形で見てしまう可能性がある訳だ。

つまり自分の知識が作った形といったイメージで不可視の存在を見てしまう危険があるのだ。


だから見るのではなく、見えなくてはならない。

見ないように見えなくてはならない。

そのために『日下には外側の神々について詳しく知ることを禁じている』のだ。


それに見鬼は、雑念や先入観が命取りになる場合もある。

見鬼に必要なのは肌感に素直に従う感性であり、知識はそれを妨げる恐れがある。



とはいえ見鬼の達人になれば『知識や雑念を制して見えるようになる』ようだ。

協会員にはそのような手練の見鬼もいる。


そして日下も何れ、そういう手練れになっていく。その一歩を踏み出す時期は近い。


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今後は、日下にも協会が保有する情報を開示していくことになっている。

協会の付随魔力制御カリキュラム『チャクラ・プログラム』は、マスターエックハルトの管理下にある。

彼女から、近日中に『日下美由紀のエキスパート・カリキュラムへの移行を決定する』という内示があった。見鬼ではない私には詳しくは判らないが、この年齢での移行はかなり優秀なようだ。


日下はこれまで、何度かの外宇宙のクリーチャーとの遭遇を経験してきた。

この経験があれば、知識に頼り情報に振り回されることは少なくなる。


また日下は鍛錬を積み経験を重ね、能力に振り回されない術チャクラも上達してきた。


見鬼は『不可視の人ならざるもの』を突然見てしまい心に負荷がかかる場合や、または取り憑かれ見続けてしまう場合など、見えてしまうことで心を蝕まれてしまうケースが多い。

このような心理状態で経験ではなく知識が先行すると、恐怖の埋め合わせのために情報に依存してしまう。

今の日下は見える前に悪寒や霊気を感じ取り、危険な存在が近いことを察知する技術チャクラを体得している。

まだまだ精度は低いが、見鬼以外の人間にこの能力の体得は不可能に近い。

またこの技術は知識ではなく、肌感が大切だ。

つまり上達するには怪奇現象の経験を重ねる他なく、協会員にとって必要な経験は外宇宙のクリーチャーとの遭遇なのだから、育成は時間をかけ慎重にならざるを得ない。

チャクラは見鬼の見える能力より汎用性があり重宝するのだが、後天的な修練が必要となる。


日下はチャクラを『心構えをもって不可視の人ならざるものと対峙できる、または回避して見ないようにできる』程度に考えているようだが。


今後、日下にはこのチャクラの技術を任務で発揮してもらう予定だ。


我がチームに今後があればの話だが。


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日下が席を立つ時、先程まで小暮が座っていた誰もいない椅子を見ている。私がそちらに目を移すより早く「これは?」と尋ねてきた。

座位部分のクッションを覆う生地に薄ら染みが残っていた、小暮は出血していたのか。


痛みに本人も気づいていない?

ゾクっと背中が寒くなる、咄嗟に小暮に連絡を入れようと携帯を手にした。

同時に携帯が鳴る。


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結果からいえば、小暮は死んだ。


ラボに向かう運転席の榎本に後部座席の小暮は「少し疲れた、着いたら起こしてくれ」と伝え、目を閉じたという。


20分くらいだろうか、鉄っぽい生臭さが榎本の鼻腔を突く。

血の臭いだと気づいた榎本は後部座席を確認、そこには青白い幽鬼のような顔で眠る小暮と座席に溜まる血の海が見えた。


榎本はもう小暮の目は開かれることはないと理解した。


例の傷口がある左腹部から出血しているようだと榎本からは報告があった。

榎本にはそのままラボに向かうように指示、私もラボに向かい合流することを伝えた。


こうしてチームは、私と榎本塔子そして日下美由紀の3人だけが生存を確認できる状況だ。

我がチームの壊滅的現状の報告は以上だ。

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