第28話 同郷

 会議は終わった。

 会議と銘打ってはいたが連絡事項を伝えるだけのものだったので時間はかからなかった。

 これは私達に非人道的な作戦を行うに当たって選択肢、断る権利を与え、最終確認をとる形をとったものだ。

 だが断ることなどできるわけがない。私みたいな軍人は特にだ。


 会議室には軍服ではなくスーツ、私服の人達もいた。

 この作戦を実行するに当たり、日本人トリガーに縁のある人が私みたいな軍人だけでは数がそろわず、一般の人も動員したのだろう。


 将官クラスの人達が会議室から退出するのを、私達軍人は起立敬礼の不動の状態で見送る。

 軍人で無い女性達は私達の所作とそれが作り出す光景に戸惑い、徴兵の経験があるであろう男性は私服で同じ体制をとった。


 将官の退出が済み、司会役の大佐が解散を伝えた。

 もう私達に用はない。この作戦本部へ私が訪れることは二度と無いだろう。

 

「先ほどは失礼いたしました」

「ああ、気にすることはないよ。君は怒って良かった。たとえ相手が雲の上の人達とはいえ、言うべきことははっきり言うべきだ。それより悪いと思ってるならこのあとちょっとつきあってくれないか。無理にとは言わないけど」 


 隣の席の少佐に、私が会議中激怒したことをお詫びしたらコーヒーに誘われた。

 まさかこんなところでナンパはないだろう。それは今の彼の表情に表れている。

それは年頃の女性に向ける顔では無く、そこからは深い悲しみが浮かんでいる。

 私もだれかと話がしたかったので、この申し出を受け入れた。


「ここで良いね」


 彼の先導で建物の中を歩いた。

 ここへは何度も訪れているらしい少佐は、迷路みたいな建物の中を迷いもせず、喫茶店にたどり着いた。

 そこはえらい人がおおっぴらにはできない話をするところらしく、全てが個室となっている。使われている部屋もいくつかあるようだ。彼らの話し一つ内容如何によって私のような現場の兵隊の命が左右される。


 少佐は受付で空いている個室を聞いた。

 そこで聞いた部屋に入ると中のテーブルの上にタブレットがあり、これを使って注文するようだ。少佐は慣れた手つきでそれを使ってコーヒーを二つ注文する。

 私達はここで初めて自己紹介した。彼はセドリック・ゴダードと名乗った。


「君のターゲットは、捕虜になっている間に預けられた家のトリガーだったかな」

「ええ、スバル・モチダといいます」

「なんだい、まだ子供じゃ無いか」


 彼は私が差し出した、モチダの写真を見てそう言い捨てた。

 その写真は本部で事前に渡されていたものだ。どこで手に入れたのかわからないが、それは履歴書に添えるもののようにスーツを着て正面を向いて写っている。

 彼もポケットから一枚の写真を出し、一旦テーブルの上に置き、それをよく見えるように私の方に指で滑らした。見るとこちらは小太りの青年が写っている。日本人の見た目の歳はよくわからないがおそらく成人であろう。

 私はその写真


 部屋のドアがノックされた。少佐が返事をするとドアを開けてウエストレスがお盆を持って入ってきた。部屋の中にコーヒーのいい香りが充満する。

 ウエストレスはテーブルまで寄ると、そこにお盆の上のタンブラーを2個移し置いた。

「ごゆっくりどうぞ」といって彼女は退出した。

 二人でまずはコーヒーを口にする。それは街にある持ち帰りコーヒー屋でよく使われている、プラスチック製の蓋付きタンブラーに入っている。特にこだわりの無い私にもわかる位良い豆を使われている。


「タケシとは日本で知り合ったんだ。父が在日駐留軍に所属していてね」


 タンブラーから口を離した彼はゆっくりと語り始める。タケシというのは彼のターゲット、今見た写真の青年の名前だろう。

 極秘情報だが同じ作戦を実行する私達の間なら構わない。


「コードネームはアキバといったな本名はタケシ・サイトウ。知っているかい? アキバって言うのは秋葉原のことなんだよ」

 

 秋葉原といえばアニメや漫画ゲーム、OTAKUの聖地として有名だった。それらに興味の無い私でも知っている。

 6年前日本は経済封鎖されたがそれは人的交流の遮断も意味している。今そこがはどうなっているかはわからない。

 私は約3ヶ月、日本でホームステイしたが、出かけたのは家から歩いて行けるところで、車を使うのは通院ぐらいだった。

 たまに行くスーパーは品ぞろいは悪く、それを考えると観光地になるような繁華街は壊滅的な状況になっているのは想像に難くない。

 日本人は必要最低限の生活を強いられていた。

 実際持田家では私の誕生会をレストランで行こうとしたが予約が取れず、家でやった。なので日本のレストランはモチダが言うようにグリーンティーが飲み放題なのか検証できていない。


 彼はタケシという少年との思い出話を語った。その付き合いは数年に及びアメリカに帰ってきてもメールによる文通が続いたそうだ。それを考えると私とモチダの付き合いは短い。短いからこそ今彼のような苦しみを感じなくて済んでいるんだろう。


 私が彼の話を一方的に聞く形になった。

 会計は彼が払った。社員用の施設とは思えない値段の設定だった。

 私が出すと言ったが、自分の方が誘ったのだからと言って譲らず、ご馳走になることにした。



 

 

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