第27話 トリガー暗殺作戦


 私はワシントンにある本部に呼ばれた。

 いつものように簡単な軍服ではなく正式な礼服に身を包み、事務の女性の先導で本部内の長くて広い廊下を歩いていた。

 会議室の前で止まった事務員の女性はそのドアをノックした


「入りたまえ」


 中から年配の男性の重い声が聞こえる。

 事務員が開けてくれたドアに体を滑らせ部屋に入ると私はその場で敬礼した。


「マシソン上等兵、参りました」


 部屋に入ると中の男性達の視線が私に注がれた。

 会議はもうすでに始まっていたのか壇上に一人進行役がいて、その左右には将官が、前には20人ほど席についている。その20人は部隊も階級も年齢もバラバラで軍服を着ていないものまでいる。


「ようこそマシソン上等兵、君で最後だ。そこの空いている席に座ってください」


 司会役の彼の視線の先には誰も座っていない席がある。そこに私は座った。

 私が席に座ると壇上の若い男性大佐による説明が始まった。


「間もなく日本に対する米ロ中三カ国による合同作戦が行われます。その作戦とは三カ国が日本から奪われた領地を取り戻す、と見せかけて日本本土を攻撃するものです。我々アメリカはアラスカの奪取作戦を進めるが、同時に日本本土にも攻撃隊を出します。しかし、彼らの主兵器は全てが無人です。いくら破壊しようともジャンクを集めては兵器を再生してしまう。しかし、全てが無人というわけではない。一部隊に一人、トリガーと言われるコマンダーがいてドローンを制御している。もし、このトリガーが戦闘で死んでしまったらどうなるか、このトリガーの制御していた部隊は撤退してしまう。彼らがなぜこの方式を採用しているかわからないが、わざと弱点を作っているようにしか思えません。しかしせっかく作ってくれた弱点を大いに活用させてもらいます。作戦の中心はトリガーを狙うこと、もちろん彼らもむざむざ殺されてはくれない。戦闘中はトリガーを巧妙に隠している。見つけるのは難しい。しかし、優先してトリガーを討てれば我が軍の損害は少なく済みます。トリガーは日本に推定二千人いて、そのうち戦場には常時千人が出撃しています。そこまではわかっています。」


 そのトリガーの中にはモチダみたいなまだ年端もいかない少年もいる。

 

「アメリカ兵に限らず捕虜になった兵の多くは日本家庭に預けられます。そしてしばらくの時間生活を共にする、そのときの家庭事情は様々です、医者、教師、大工、寿司屋、特に決まりは無いようだ。そしてマシソン上等兵、君が捕虜になった時に預けられた日本家庭はきわめて特殊な職業の人間がいた。そうだな」

「はい、私が預けられていた家庭は母一人子一人の母子家庭でした。そして息子の持田昴は十六歳でありながらトリガーの職に就いていました」

「実はその持田昴という人物はアラスカでマシソン上等兵の部隊を退けた日本軍のトリガーであり、彼女をとらえ捕虜にした人物でもあります。そんな人物に彼女を預けるなんて機械でありながらMAPAにはジョークを理解する能力があるらしい」


 一同に笑いが起こった。


「君には、その持田昴を担当してもらいます」

「私に持田昴をおびき出して殺せ、というんですか?」


 席に座っていた年輩の将官が口を開いた。


「・・・・・・いやかね?」


 私は答えに躊躇した。


「三ヶ月も一つ屋根の下で一緒に生活していたんだ、さぞかし仲良くなったんだろう」

「十六歳と言えばやりたい盛りだからな」

「君が投げキッスでもすれば目をハートマークにして出てくるだろう」


 後ろの方から小さなつぶやき声が聞こえる。しかし、会議室は静かなので良く響く。

 そのつぶやき声に同意するかのように一同から失笑が漏れる。

 私は椅子を鳴らして立ち上がった。羞恥と怒りで顔が熱い。今の発言は誰がしたのかはわからないが後ろを振り返り、手当たり次第にらみつけた。しかし、だれもニヤニヤ笑いを止めるものはいなかった。


「オホン!」


 司令官がわざと大きく咳払いをした。その途端部屋に緊張と静寂が生まれた。皆はニヤニヤ笑いを止め居住まいを正し、ルーシーから視線を外し正面を向いた。

 となりの若い少佐が私に席に座るよう促した。


「私と彼はそんな関係ではありません!」


 私はそれだけ声をのどの奥から絞り出すと乱暴に席に座った。

 入れ替わるように司令官が立ち上がり一同を見渡した。


「戦闘による被害をできるだけ避けたい、そのためならできることは何でもやる。

君とモチダスバルが男と女の関係ではなかったとしても、なんらかの絆ができているはずだ。それを利用しておびき出して欲しい。実はここには日本人トリガーとなんらかの縁のある人を集めさせてもらった。卑怯と呼ばれても人でなしと言われても良い。もちろん強制はしない」

「俺にタカシを殺せというのか・・・・・・」


 先ほど、席を立った私に座るよう促したとなりの少佐がつぶやいた。


「・・・・・・司令官。私は正真正銘のアメリカ人です。国家に対する忠義を忘れていません」


 私の後ろの席の女性が席を立って発言した。


「やってくれるね」

「・・・・・・はい」

「よろしい。君達の国に対する忠誠心を信じている。では細かい話は追って伝える」


 彼女の発言を皆の総意と受け取ったのか、会議はそれだけで終わった。

 もっとも私も事前にグラインディー大佐から作戦の趣旨を聞いていた。

 私と同じくここに居ると言うことは、皆この作戦に同意していると言うことなのだ。



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