第26話 良いニュース悪いニュース
私はポテトチップスの袋に指を突っ込み、そこから3枚重なったチップをつまみ出してそれを口の中に放り込んだ。
そして指に付いた塩と油を舌でペロリとなめとる。
ソファーの上で横になってポテトチップスをむさぼり、それをコーラで胃に流し込む。テレビはついているだけで見てはいない。私はそんな非生産的で怠惰な時間を過ごしていた。
アメリカに帰ってきて六ヶ月、怪我が治った私は復隊の申請を出した。
だがそれは許可されなかった。
軍隊への復帰を目指して日々体を鍛えていたがそれを断られて以来、やる気を失い、こうして無職の時間を楽しんでいる。
鍛錬のために買いそろえたダンベル等の器具は今では埃をかぶり、懸垂に使う室内用の鉄棒には下着が干してある。
しかし、昼間のテレビというやつはどうしてこうくだらないものばかり何だろうか。私がまた袋からポテトチップスを少し大きい塊をつまみ出し、口の中に押し込むと、テレビとソファの間のテーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴り出した。
モニターには直接電話番号が表示されている。
名前が表示されないということは、また私の携帯電話に登録されていない人からの電話だ。
私の携帯電話の番号も広く流出してしまった。この間も電話を取るといきなり「結婚してくれ!」と言われた。
いい加減番号を替える必要があるのかもしれない。ついでにスマホ自体も買い換えてしまおうか。
私は口の中の塩と油の塊を咀嚼しながら携帯電話を取った。
本当なら相手をする必要も無かったが、番号が表示されているので危ない相手ではなかろうということと単に退屈だったからだ。
携帯電話のスイッチを入れ、スピーカモードにするとすぐに相手は出た。
『こんにちは、私はグラインディーというものですが、こちらはミズ・マシソンの携帯電話でよろしいですか』
丁寧でダンディーな声だ。社会的に地位の高い人物なのかもしれない。だとすると久々にパーティーのお誘いなのか。
帰還時には毎日のようにあったパーティーだがこの3ヶ月お誘いが無い。世間は私に飽きてしまったようだ。当時は辟易としていたパーティーだったが、今では懐かしい。
「そうだけど、最初に言っとくけど結婚の申し込みならお断りよ」
『いや、用件はプロポーズでは無い。といっても君に魅力が無いと言っているわけじゃあ無い。実は既婚でね今でも妻を愛してるんだ』
「じゃあ、なに? パーティーのお誘い?」
私は依然ソファーに横になったままぶっきらぼうに応え、口の中にチップを追加した。
『それがパーティーのお誘いでも無い。ドレスアップした君をエスコートする栄誉に預かれないのは残念だが仕事の話なんだ。実に色気の無いことで申し訳ない』
この人パーティーというとお城の舞踏会のイメージしかないんだろうか。
私が今までそれで着ていたものと言えば、軍服かスーツだった。
この人は無職の私に仕事の斡旋をしてくれるために、電話をかけてきたんだろうか。
ん? 仕事の話? グラインディー?
「グラインディー大佐!!! きゃっ!」
ポテトチップスのかけらが口から吹き出し、辺りに散らばる。
私はソファーの上に立ち上がり、目の前に相手もいないのに敬礼した。
しかし柔らかいソファーの上では不安定だったのと、慌てすぎていたためバランスを崩し、派手な音を立ててソファから床へ転げ落ちた。
グラウィンディー・ハミルトン、私が所属していた部隊長だ。
『ルーシー、アーユーオーケー? すごい音がしたようだが』
「だ、大丈夫です。お騒がせしました。復帰に向けて今トレーニングをしておりまして、ちょっとバランスを崩して倒れてしまいました」
私は床に打った腰をさすりながら立ち上がった。テーブルの上のスマートフォーンを手に取り、ポテトチップスまみれになったモニターを袖で拭く。
『そうか、感心だな。てっきり私は君が復隊を断られてソファでごろ寝しながら菓子をほう張っているものとばかり思っていた。心から謝罪する』
「いいえ、その必要はありません。こちらこそ呆けて失礼な口を利いて申し訳ありません」
私は周りを見回し隠しカメラが無いか確認した。
『その事も気にする必要も無い。今の君は軍属では無く一般人で、私とは上司でも部下でも無いのだから』
「はい、ありがとうございます。それより大佐、プロポーズでもパーティーのお誘いでも無ければなんの用件です? ひょっとして復隊が認められたのでしょうか」
『その事だが、君に良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞くかね』
まるで映画かドラマで使うセリフのようだ。
「では、良いニュースから聞きます」
『じつは復隊が認められそうだと言うことだ』
「え、本当ですか。では悪いニュースとは一体なんです?」
『その復隊にある条件がつけられた』
「その条件とは何ですか?」
『今ある作戦が立案されていてその作戦の中心が君に大きく関わっているんだ。その作戦は極秘でね、電話で話すわけにはいかない。聞いたら事実上断ることは出来ないだろう。それでも聞くかね』
「はい、聞きます」
私は即答した。
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