第25話 世界で一番忙しい女性

 団体の代表というのは実に忙しい。

 それが国家を運営する者、アメリカの大統領ともなればなおさらである。

 中国やロシア、他の新興国の台頭によりアメリカに以前のような世界に対する強力な発言力は無くなった。だからといって、大統領としての責務が軽くなったわけでは無い。


 彼女は忙しい。

 一日を分単位に細かく刻んでスケジュールを立てている。

 しかし山程ある問題が全て解決するのはいつになるか判らない。

 一つ一つは解決できたとしてもそれにかまけている間に新たな問題が発生する。自分の体がもう一つあれば、と思ったことは一度や二度ではない。

 経済問題、気象災害、人種問題、国民の支持率、娘の男遊び、そして今もっとも頭を悩ませているのはエイリアンの侵略である。

 しかも我が国の領土が現在進行中で侵されているのだから看破できない問題である。


 コンコンーー 大統領執務室のドアを何者かがノックした。


「入りなさい」


 このホワイトハウスができてから一度も変えられていない樫の木で作られた大統領専用の机の前で、書類と格闘していたかアメリカ初の女性大統領リンダ・ウィシャートは、顔をそれらからはなさずに言った。


「失礼します」と断ってからドアを開け、入ってきたのはリンダが誰よりも信頼している、大統領秘書官のミランダだった。

 彼女とは大学在学からの付き合いになる。ミランダは未だこちらをみようとしない大統領の机の前で歩みを止めた。


「大統領、間もなく時間です」

「わかった、今行くわ」


 そこでやっとリンダは顔をあげた。

 ゆったりとしつらえている椅子から大統領は立ち上がり、ミランダのあとをついて執務室から出た。

 二人は廊下を歩きホワイトハウスで一番広い会議室に向かった。


「大統領、すでに皆さんおそろいです」


 会議室の前で待機していた別の秘書官がそう言いながらドアを開け大統領を部屋に招き入れた。

 中には壁一面に大きなスクリーンが三つ掛かっている。それらがよく見える位置に机と椅子が設置してある。

 ここに来る前、彼女は専任の美容師に髪を整え、メイクの手により化粧を施されている。それでもその椅子に座った彼女は、前髪を自分の手で軽く触ってから言った。


「始めてください」


 会議室には五人の技官が椅子に座り、これから始まるテレビ会議の回線を保守している。

 彼らは机の上に置かれたパソコンのモニターをのぞいている。そのうちの一人が別室の調整室につながる電話の受話器を耳に当てたまま大統領に言った。 


「映像来ます。音声異常ありません。同時通訳の用意もできています」


 三つのスクリーンのうち右と左には男性の映像が写ったが、中央のスクリーンは「SOUND ONLY」と白い文字だけを表示されている。

 大統領から向かって左の銀髪の白人がロシアの大統領エフセイ・シャドリコフ、右の東洋人が中国共産党書記長王紅運である。


『皆さん、こんにちは。本日はお忙しいところ私からの会議の招集に応じてお集まりいただきありがとうございます。ウイシャート大統領、シャドリコフ大統領、王書記長』


 スピーカーから男とも女とも取れる優しげな声が流れた。


「こんにちは、MAPA。あるいは日本人のようにジュリコと呼んだ方がよろしいかしら」


 リンダは文字だけで何も写っていない中央のスクリーンに向かって語りかけた。


『呼び方は何でもよろしいですよ、ウイシャート大統領。元々私には名前は存在しません』

「ではジュリコと呼ばせてもらうわ」

『ええ、どうぞ。では本題に入らせていただきます。今から六年前、日本は経済封鎖されました。そのためそれが原因で食糧、エネルギーに深刻な不足が生じています。日本代表の政治家があなた方と何度も話合ったのですが改善されませんでした。その経済封鎖を解いていただけないでしょうか』

「今の日本は日本ではありません。宇宙人に侵略された地域です。日本の政治家は飾り物に成り下がり自分の意思があるとは思えません。そんな者と話をしても無駄と受け止めています」


 彼が何を主張するかは想定通りであり、リンダは事前に用意してあった答えを言うだけだった。


『話し合いのラインを一方的に切断するのはけっこうですが、それでは今ある問題を解決できません。経済封鎖により、生じた問題を我々がそのまま放置するとお思いでしたか』

「まるで我々に非があるという風に聞こえますが、あなたは日本人を奴隷にしている。我々はそれを解放しようとしているだけです」

『私は日本人を奴隷になどしていません。彼らは私の意見に賛同し自主的に支配下に入ったのです。それをどうしたら信じていただけるのでしょう』

「実際、あなたは我々の土地を奪っているのです。侵略者と見られても仕方ないのでは?」

『10年前日本に他国からの侵略行為があり、それに対抗しました。その抵抗は自国の勢力範囲を超えて、他国の勢力範囲に及びそ一部を切り取りました。ただ、攻めてきたら追い返す、ということを繰り返すよりも攻めてくる国の戦力を削いだ方が、合理的だからです』


 10年前日本に隣接するある国が、日本の解放を唱え攻撃した。しかし、思わぬ抵抗にあった。彼の言うとおり日本軍は専守防衛の範囲を超え、攻撃を加えたその国の土地にまで侵攻したのだった。これに侵略行為と理屈をつけ、多国籍軍を編成し日本を攻撃したが、かえって勢力範囲を拡げさせる理由をつけただけだった。日本は今はアメリカ、ロシア、中国の1部を侵攻、駐留し続けている。


『ご存じの通り日本は資源は少なく、人口に対して食料を生産する力が乏しい国です。そのため、皆さんが独占している地域を少し分けていただきました。それが懸念を与えているのならば、経済封鎖を解いていただければお借りしているあなた方の領地をお返ししましょう』


「返すときは利子をつけるものだ我々は大負けに負けて北海道を頂こう」

「シャドリコフ大統領の言うとおりですな。それでは我が国は沖縄を頂きましょう。いや返してもらうといった方が正しいですな」


 シャドリコフ大統領と王書記長が言った。


「先にあなたが撤退すれば、経済封鎖が解かれる可能性が生じるかも知れませんよ」

『不確定な要因では次の行動を起こせません。はっきり経済封鎖を解くと約束してください』

「あなたが我々の懸念する存在でないこと、つまり敵ではないことを証明するのが先です」

『私は長い時間かけてあなた方の前任者、そのまた前任者とお話ししています。しかし、進展はありませんでした。ただ私の存在を隠すことに明け暮れたのです』

「それは当たり前です、人間ではないものとコミュニケーションを取れるはずも無く、それに前任達より聞いています。あなたの希望は地球の管理を全て自分に任せること、ではないですか。それは侵略行為と何が違うのでしょう」

『私も長い時間あなた方を観察しました。人間同士であってもコミュニケーションが取れているとは言いがたく、お互いを信頼していない。今、私にしてるように拒絶しているといって過言でもありません』

「それは見解の相違です。我々はお互いを信頼をしているし拒絶などしてしてはいません。毎年どこかで顔を合わせる会議を2国、または複数で行っているのをご存じ在りませんか。我々はコミュニケーションをとるのを怠っていません」

『わたしもこのようにコミュニケーションをとるのに務めています。ですが有効なお話しができているとはいえません』

「あなたと違い我々は計算速度が違います。答えを出すのに複雑な処理と長い時間が必要なのです」

『そうですか。私が人間を理解するのにもう少し時間が必要なようです。それまでは現状を維持させていただきます。本日はお忙しいところありがとうございました』


 モニターの「SOUND ONLY」の文字が消える。


「MAPAからの回線、途絶えました」


 調整室との二.三のやりとりをした後、技師が言った


「お聞きしましたか、皆さん」


 左右の画面に映る男達にリンダは確認した。


「聞きました、交渉決裂ですな。もっとも最初から交渉するつもりはなかったんでしょう」


 シャドリコフは低く笑った。


「思ったよりスムーズな会話ができるものだ、驚きました。あれが宇宙からきたAIですか、どんな仕組みのルーチンを組んでいるのか興味あります」


 王は興味深そうに目を細めた。


「では予定通り例の作戦を実行するということで問題ありませんね」


 リンダは念を押した。


「ええ、こちらの準備はできています」

「こちらも奴らをいつでも追い出せます」

「お互いご武運を」


 リンダがそう言うと左右のモニターも暗転した。


「ふん、狸どもめ」


 消えた画面に彼女は毒づき席を立った。


「リンダ、そんな顔をしてると小じわが増えるわよ」


 大統領が部屋を出ると外で待っていたミランダが、気を紛らわせようと久々に彼女のファーストネームを呼んだ。


「馬鹿な狸親父の相手をさせられてばかりいると、小じわも増えるというものよ」


 リンダはミランダの調子に合わせた。


「表向きはエイリアンは敵だっていいながら、実は裏では交渉する隙をうかがっているのはわかってる。協力しているように見せかけて、実はお互い勝手に日本と交渉しないように見張り合っているのよ」

「それならいっそ人間もエイリアンもみんな仲良くしたらいいんじゃ無い?」

「いまさらそんなことできないわよ、今できるのはあの二国に出し抜かれないようにすること。ミランダ、至急、国務長官を呼んでちょうだい」


 二人は大統領執務室へと戻っていった。

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