第24話 同窓会

 私が日本からアメリカに帰還して1ヶ月が過ぎた。

 その間毎日あちこちのパーティーに呼ばれて辟易としていた。

 戦争の状況はアメリカにとって良くなく、それを誤魔化すかのような派手なパーティーばかりだった。

 スピーチを頼まれることもあるが集まった面々の前で、事前に渡された原稿を読むだけのおざなりのものである。

 その内容はとても勇ましいものだ。国民は一丸となってこの苦難を乗り越えなくてはならない。正義は我にある、だから勝利は約束されている。絆の力を信じよ。

 努力、勝利、友情、どこかで聞いたことのあるフレーズばかり並ぶ。私が戦場で置いてけぼりを食ったことや、怪我を日本人が治療してくれたことには一切触れていない。

 私が自分自身の意思を乗せたスピーチをすることは許されていない。

 私のそばには軍の人間が常に着いている。彼らは私のマネージャー兼世話をする人だと自称しているが、実際は私の監視のためにいるのだろう。

 軍、政府は私が日本で洗脳されたと疑っている。

 私もパーティーの間、立って微笑んでいるだけの仕事に徹している。

 余計なことをすれば復隊に影響があるだろう。

 

 今日は珍しく予定が空いていた、すると今度は何をして暇を潰せばいいか分からない。

 母は仕事に行っていて留守、父は別に家庭を持っていてそちらで生活している。 家には今私一人、昼食はデリバリーのピザで済ませ、ソファに寝転んでいると昼食後はいつも彼にリハビリのためと散歩に連れ出されていたな、とぼんやり考えていた。

 しばらくして一人で散歩をすれば良いんだ、それはリハビリになる、という考えに行き着き起き上がった。


 日本の病院でもらった杖で地面を突き、ゆっくりと進んだ。

 久しぶりに自分の住んでいる町を眺めながら歩く。

 日本とは違い一軒一軒の家が大きく庭も広い。道路も広く、自分が小さくなったような錯覚を覚える。

 そのせいかそれとも足の調子が悪いためか体が重く感じる。

 まだ家からそう歩いていないのに公園のベンチに腰をかけ、休憩を取った。

 のどが渇いたがこの公園には水飲み場が設置されていない。この近くには店はなく日本のように自動販売機は見当たらない。


 これ以上無理をすることもない帰ろう、とベンチから立ち上がった。

 すると、自動車のクラクションが辺りに鳴り響いた。

 私がその方向に振り向くと、男性が車の窓から頭を出し手を振っていた。


「ルーシー!」

「マイク!」


 私が応えると彼は車から降りて、駆け寄ってきた。


「久しぶり、ルーシー」


 彼は私を軽く抱きしめ、すぐに解放した。


「久しぶりね、マイク」

「今、君のうちに行ったところなんだ、会えて良かった」

「私に用事? 携帯電話にかけてくれれば良かったのに」

「そうなんだけど、君の顔を見たくてね。久しぶりにどこかでゆっくり話をしないか?」

「そうね。私、今のどが渇いているの。コーヒーをおごってくれるなら、それを飲んでいる間だけ付き合ってあげる」

「OK、さぁ乗って」


 マイクは車の助手席のドアを開けた。

 二人が車で向かったのは、町のはずれにある軽食も出す小さなカフェだった。


「こんにちは」


 マイクは私を伴って店のドアを開けた。取り付けられたベルが金属音を奏

で、店員に来客を知らせる。


「おやマイク、それにルーシーも。何年ぶりかな」


 口ひげを生やした店主が笑顔で迎える。


「久しぶり、マスター」

「ルーシーは大変だったね」


 小さな町なので私が日本で捕虜になっていたことは当然皆知っている。


「ええ、心配おかけしました」

「マスター、アイスコーヒー二つ」

「はいよ、今日は二人のために店を貸し切りにしておいたよ。どうぞどこでも好きな席に座って」


 私達は窓際の一番奥の席に座った。ほかに客はいない。


「相変わらずだなマスターは」

「そうね」


 アイスコーヒーはすぐに運ばれてきた。


「懐かしいね、この味。俺もこの店に来るのは君と別れて以来だよ」

「私も高校生以来ね。あなたと付き合ってた頃には良く来てたわね」

「あの頃はお金がなかったからな。この店はコーヒー一杯で、何時間いても文句は言われなかった」

「ところで話って何? まさかよりを戻そうって言う気なの」

「ルーシーがその気ならね。話というのはこの間、ベンとシュウに会って、君の帰還を祝う会をやろうという話をしたんだ。ところが思ったより人が集まりそうなので、いっその事クラス会にしようということになったんだ。急な話で悪いんだけど今度の土曜日12時、お店はダンシングキャッツ、来てくれるよね」

「ええ、もちろんよ。ほかの予定をキャンセルしてでも行くわ。皆にも久しぶりに会いたいし」

「良かった、その日は家まで迎えに行くよ」


 土曜日になった。マイクは決めてあった時間通り私の家に迎えに来た。彼の運転する車で、貸し切りにしてあるレストランに向かった。

 会場に入ったとたん、私の元に級友が集まり人垣ができた。


「ルーシー、無事で良かった」

「みんなありがとう。心配かけてごめんね」


 女子達はみんな泣いている。


「みんな、積もる話もあるだろうけどまずは乾杯しよう」


 いつまでも入り口付近で固まって話し込んでいるみんなを見かねて学級委員だった、ルートが仕切った。


「みんなグラスは行き届いたかな。時間となりましたので、戦場を生き抜いた勇者ルーシーとサウザン第二高校三年A組のみんなの未来を祝して、カンパーイ」

「「「カンパーイ」」」

「えー、ではマシソン上等兵殿からの挨拶です」


 私にマイクが渡された。


「皆さん私のために集まってくださってありがとう」


 私は皆にお礼と簡単にスピーチをした。


「はい、ありがとうございました。ここで残念なお知らせです。三年A組の担任でしたマッケイブ先生はどうしても外せない用事があるらしく、欠席します。皆さんによろしくお伝えくださいということです」


 クラス会兼私の帰還を祝う会は、ルートの進行で滞りなく進んだ。

 高校を卒業して大学に行った者、ルーシーのように就職した者がいて進路はバラバラだったが欠席者は担任の先生を含めて三人だけだった。

 会が始まってからも、皆が私を中心にする状態はしばらく続いた。


「ルーシー日本での生活、聞いてもいい?」

「良いわよ、別に隠すことでもないし」


 テーブルの上には色とりどりのご馳走が並ぶ。

 アメリカに帰ってきてからのパーティーでは何度も見ている光景だ。

 チーズをたっぷり使ったグラタンやローストビーフ、ピザ、ソーセージ、ミートパイ、フライドチキン、色とりどりのお菓子、それらは日本での生活では見ることは無かった。


「日本は食糧難でこんなご馳走は食べられなかったわ」

「当然だ、奴ら餓死すれば良いんだ」

「あいつらは、MAPAに魂を売ったロボットよ。ガソリンでも飲んでいれば良いんだわ。だから石油が欲しくてアラスカを侵略したんだ」

「奴らはブリキでできた、油臭い神様を信仰しているんだ」


 ご馳走の載ったテーブルを見て何気なく発した私の一言が、級友達の日本に対する悪口を引き出した。

 パーティーではよく見る風景である。

 ここには軍の監視員が来ていないが、それをただすようなことはしない。

 せっかく私のため集まってくれたくれた彼らの気分を害し、パーティーに奇妙な雰囲気を流すことも無い。

 しかし私には日本の悪口の言い合いに参加する気は無く、ただ級友の言うそれを愛想笑いを浮かべながら黙って聞いていた。


 立食式のパーティーなので、足が回復しきっていない私にはつらい。

 テラスに出てベンチで休んでいたところ、となりにマイクが座った。


「となり座ってもいいかい?」

「どうぞ、ってもう座っているじゃない」


 私も彼も笑った。


「皆にあれこれ聞かれてお疲れだね、ルーシー」

「ちやほやされるのも今だけでしょ。結局のろまな新人兵が戦場に取り残されただけの話だから」

「そんなことないさ。ルーシーは運が良かった。日本との戦争でたくさんのアメリカ兵が死んでいる。だけど日本軍の主力はドローンだから人は死んでいない。この戦争は不公平なんだよ」

「果たして公平な戦争なんてあるのかしら。相手が強いから不公平なんて、スポーツの世界だって聞いたことがないわ」

「あるだろ、宇宙人の手を借りて戦争をするなんて」

「そもそもその戦争の原因は、経済封鎖をしたせいね。物資が不足した日本はそのままでは餓死するしかなかった」

「遅かれ早かれMAPAは地球を侵略するつもりだったんだ。日本はその前線基地、先手を打っておくに越したことはなかったのさ」

「そのせいでたくさんの日本人が苦しんでいるのは事実」

「どうしたんだい、ルーシー。さっきから日本を擁護するようなことばかり言って」

「私が日本で洗脳されたと思った?マイク」

「そこまでは言わないけど・・・・・・」


 二人の間の会話が途切れた。マイクは話題を変えた。


「ところでこの間の話だけど今付き合っている人はいるのかい」


 私はなぜかモチダの顔を思い浮かべた。


「いいえ、いないわ」

「なら、もう一度やり直さないかい俺たち」

「私たちが別れたのは、あなたが私の軍隊入りを反対したのが原因よ」

「そうだ、だからこのまま軍隊を辞めてくれ。今回は運良く助かったけど次は命が無いかもしれない。俺はそんな心配をするのは嫌だ」

「・・・・・・」

「考えてくれないか」

「私は怪我が治り次第軍隊に復帰する。アメリカのために、自分が洗脳されていないことを証明するために戦場に出るわ」

「そうか・・・・・・、残念だ」

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