第23話 トリガー
東京の郊外に守備隊とその家族専用の病院がある。
この周りには守備隊員専用の福祉施設が多く建てられている。
その中の一つ、集会用の建物の中では新年ということもあり、トリガーメンバーの労をねぎらう簡単なパーティーがとりおこなわれた。
その日は全部で約二千人いるトリガーメンバーのうち百人程が集まった。
パーティーの参加者は老若男女いろいろな人物が入り乱れ、一見すると何の集まりだかわからない。全員礼服など着ず、個性豊かな思い思いの服装に身を包んでいた。
「やあ、サイタマ、久しぶりだね。元気してた?」
今の日本では貴重品となっているローストビーフに夢中になっている昴のそばに、アニメの萌えキャラが印刷されたシャツを着た小太りな男性が近づいてきた。
彼は昴とは違い成人らしくウーロンハイの入ったグラスを右手に持ち、ほんのり顔を赤くしている。
「見たとおり元気元気、食欲もりもりだよ、アキバ」
「無理すんなよーサイタマ、わかってる、やけ食いだろ。美人なおねーさんに振られたんだって?」
彼はグラスを持っていない方の手で昴の肩をばしばし叩いた。
「何々何の話?」
アキバと呼ばれている男性の声は酔っているせいか少し大きい。色恋の話を聞きつけて二人の周りに人が集まってきた。
「お集まりの皆さーん、これがサイタマ君を振った二十歳アメリカ人女性ルーシー・マリア・マシソンさんの写真でーす」
アキバはスマートフォンを皆に見せた。その液晶画面にはルーシーの姿が写っていた。
「ちょっと、アキバ! どこでその写真を手に入れたの!」
「ほい、ポチッとな」
スマートフォンを奪い取ろうとする昴だったが時すでに遅く、アキバは素早くその場に集まったトリガーメンバーの端末にルーシーの写真を転送してしまった。
「ほう、金髪碧眼プロポーションも良し、十六歳の少年が夢中になるのは判るけど敵の軍人なんてねぇ」
胸を大きく露出した黒いドレスを着た二十代後半の女性は、しげしげと画面を見て言った。
「戦場で出会う男と女、二人は敵同士。障害がある方が燃えるもんや。とんだロミオとジュリエットやねぇ」
ちりちりパーマ頭に、ヒョウの顔がプリントされているシャツを着た四十代の女性は言った。
「ガンバです、振られてからの押しが大切です。私は応援しています」
身長は小さめ黒いゴスロリの服の年齢不詳の女性は、茶色の熊のぬいぐるみで口元を隠して言った。
「女なんて可愛いのは結婚して子供を産むまでだ。子供を産んだら別の生物へと変わる」
少しくたびれた背広を着ている、痩せて頭髪が寂しい五十代の男性は、そう言ってコップに入った焼酎をあおった。
「そんなんじゃないんだって、みんな勘違いしているよ」
「かくすなかくすな三ヶ月も一つ屋根の下で生活して、何もないなんてことはないだろう」
「ほんとになにもなかったんだって、アキバ」
「え、マジで? マジで何もなかったの」
「まじまじ」
「おいおい、逆に何をしているんだ、サイタマ」
アキバは昴に顔を近づけた。酒臭い息に昴は顔をしかめた。
「だから何もしていないって」
「休暇もとらずに戦場ばかりでてるからだよ。これだからな童貞は。目の前に美女がいても何をして良いのか判らなかったんだろう」
「そんなこといって、アキバだっていい年をして童貞だろ」
「サイタマくーん、お姉さんが教えてあ・げ・る(ハート)」
二十代後半の黒いドレスを着た女性は、腕を組み露出した胸の谷間を強調させた。
「いいえ結構です、ホステス」
「お願いしゃーす」
「あんたは一人でシコッてな」
背筋をピンと伸ばし四十五度の角度でお辞儀をするアキバに、ホステスと呼ばれる女性は冷たく言い放った。
「女に興味が無いのとちゃう? 実はそっち?」
チリチリパーマの四十代女性は口の横に手の甲を立てた。
「いいえノーマルですからオバチャン」
「良い医者紹介します」
黒いゴスロリの年齢不詳の女性は、熊のぬいぐるみの右手を、昴の脇腹につんつんさせた。
「あれの機能はきわめて正常です、ゴスロリ」
「私はあれの機能がすっかり衰えてしまった。今や小便をするだけの道具に過ぎない」
いつの間にかグラスから徳利に持ち替えた五十代男性は、ちびりとお猪口で熱燗を飲んだ。
「ちょうど良かった、ゴスロリからいい医者を紹介してもらったらどうです、リストラ」
こうしてサイタマこと持田昴は皆の絶好の酒の肴となった。
「しかし、誰が始めたんだか知らないけどこのコードネーム、お互い本名も知らないというのはどうなんだろうか」
昴は話題を変えようとした。
「さあな、俺がトリガーになったときはすでにこのシステムだった。まぁ、いいんじゃないか、あんまり親しくなると死なれたとき悲しいだろ」
昴いじりが飽きたと見えて、アキバはこの話題にのった。
「サイタマという安直なコードーネームはどうにかならないかな」
「そうね、私だってはっきり言ってお水の経験が無いのに「ホステス」というのはどういうことかしら」
「やっぱり見た目とちゃうの? 私なんか本当のコードネームは「シラユキヒメ」なのに誰もそう呼んでくれへん」
「え? コードネームって変えることができるの?」
「変えたいのか? ではサイタマ改め今日から「振られロミオ」でどうだ」
「サイタマのままで良いよ、アキバ・・・・・・」
「ただ酒だからって飲み過ぎだよ、リストラ」
昴とアキバは、等身大の人形と化した五十代男性の体を両側から方を支えて運ぶ。
彼の両足は前後へと動いているだけで力が入っておらず、きちんと地面を蹴ってはいない。
左右にいる昴とアキバの足に度々ぶつかり、かえって移動の邪魔になっている。
「酒は飲んでも飲まれるな・・・・・・いやいや飲まれてなんぼでしょっと、ヒック!」
リストラはしゃっくりと共に酒臭い息をばらまいた。
女性陣はこんな状態のリストラを見限って、女子会よろしく彼女達だけで二次会に行ってしまった。
パーティーは正午から始まったので、終わったときはまだ日は高かった。
「しっかりしてリストラ、しかしお酒ってこんなになるまで飲む程うまいものなのかな?」
「人によるな、リストラみたいに何もかも忘れたくて飲む人もいる」
「うるさーい、私はリストラされたんじゃなーい。会社が倒産したんだー」
「はいはい、わかりました」
リストラは二人に運ばれながらブツブツ言っている。
「さてリストラをどうする? アキバ」
「送っていきたくてもこのおっさんのうち知らないしなぁ。おい、おっさん、うちで女房子供が待ってるだろう、一人で帰れるか?」
「女房子供かー、結婚は良いぞー、二人とも早く結婚しろよー」
「だめだこりゃ、会話にならない。仕方ない宿泊所に預けよう」
二人はリストラをパーティー会場の近くにある、トリガー専用の宿泊施設に運ぶ。用事でやってきた地方出身のトリガーが、無料で泊まれる施設である。
受付でキーを受け取り、部屋へとリストラを運んだ。
そのままベッドに寝かせるのは申し訳ないので、二人は彼のヨレヨレの背広とワイシャツを脱がしてハンガーに掛け、部屋に備え付きの浴衣に着替えさせる。
ベッドに横たわらせるとその上に布団を掛けた。
「やれやれ世話かけやがって。こんな大人になるなよサイタマ」
「私もこんな大人になるつもりはなかった」
もう寝ていると見えていた、リストラが口を開いた。
「起きていたのか、リストラ」
「私が君たちぐらいの歳には、優しい妻、可愛い子供達に囲まれ、週末はドライブ、または家の庭でバーベキュー、そんな未来を夢描いていた」
「その夢、かなわなかったの?」
昴は聞いた。アキバは相手にするな、という視線を彼に送った。
「結婚はした、子供もできた。バリバリ働いた。だが気がつくと家庭に私の居場所はなくなっていた」
「ありがちな話だな」
アキバが言った。
「そして、会社が倒産、私の社会的な居場所もなくなってしまった。そんな私を見捨てて女房は子供を連れて出て行ってしまった。だから今は家に帰っても誰もいない。空っぽで何もなくなってしまった私は全てに絶望した。そんなときにトリガーにならないかと勧誘があった。私はうれしかった。こんな私みたいな人間でも必要とされる場所がある」
「その気持ちわかるよ」
昴は昔を思い出した。
「イッツア パーラダーイス! ここは天国、決して動物園ではない」
リストラは両手を上げ広げる。
「皆が皆、自分の国をパラダイスだと思っている。皆現実に目を背けて自分たちはパラダイスに住んでいる選ばれた人間であると思い込もうとしている。ジュリコがこの世を支配し、差別と貧困がなくなっても新たな不満が生まれるだろう。人間とはそういう欲深い生き物だ・・・・・・」
リストラは話が止まりその口からいびきが聞こえた。今度こそ本当に寝たようだ。
「お休み、リストラ」
二人は蒲団から飛び出た彼の腕を中にしまうと、部屋を出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます