第22話 持田昴
昴は大きなモニターの前の椅子に座っていた。
この部屋には金属製の扉が一つだけあるが窓はなく、天井に設置されている無数のLED灯が光源となって中を照らしていた。
壁は白く、正面のモニターを強く浮かび上がらせる。画面は黒く、白い文字でSOUND ONLYというスペルだけが表示されている。
『こんにちは、NO.SA106 持田昴』
「こんにちは、ジュリコ」
モニターの横に設置されているスピーカーから、男とも女とも判断できない優しげな声が昴に語りかけ、彼はそれに答えた。
『休暇はいかがでしたか。もっともゲストの世話を頼んだので、本当の意味での休暇にはならなかったかもしれません』
「いいえ、ジュリコ。ルーシーと一緒に生活したこの三ヶ月間は楽しかったです」
『三ヶ月あれば彼女の思想を変えることは可能かもしれないと判断しましたが、駄目みたいでしたね』
「ええ、ルーシーに見事に振られました」
『人間の思想というものは簡単には変えられない、というよりは彼女は自分の思想を変えることを恐れているのではないかと、私は推測しています』
「ジュリコ、何を彼女は恐れているのでしょう?」
『日本のシステムひいては私の存在を認めるということは、それまでの自分が過ごしてきた時間、国、そして自分自身の否定につながります。負けを認める事ができないのでしょう』
「勝ち、負けなんてくだらない。良いものがあったらそっちにすぐに乗り替えたら良いだろうに」
『それは私より、人間であるあなたの方が理解できるはずです』
「理解できませんね、良いシステムがあるのにそれを力尽くでつぶして、自分たちの悪いシステムの方が優秀だと主張することなんて」
『そうですね、システムを変えることにより、失うものがある人が全力で抵抗しているだけで、ほとんどの人には関係ありません。本当のところは支配者に考えを押しつけられている、という意識がないのでしょう』
「人間はおろかです」
『私には善悪の判断ができません。ただ効率の良い生存の方法を示しているだけに過ぎません。しかし人間には生きているだけでよい、という考え方はできないようです。皆自分が特別だと思い込みたいのです』
「だとしたら僕も自分が特別だと思っているのかも知れないな。何が正しいのかわかんないや」
『人間が生きる世界なのですから、人間が決めれば良いのです』
「みんなで話し合って決めたから、必ずしも正しい結論がでるということはないですよ」
『話合っても、正しいかどうかではなく、その結果が主張の声が大きい方にぶれてしまうのですね。ところで、SA106持田昴。今日あなたを呼び出したのは、あなたが再びトリガーの任につくのかどうか意思を確認するためです。休暇をこのまま続けるという選択肢もありますよ。あなたの母親と預けたゲストは、あなたがトリガーを続けることに否定的だと聞いています』
「いいえ、僕はトリガーを続けます。母には心配をかけますが僕も愚かな人類の一人なので、生きている意味が知りたいのです」
『わかりました。あなたの意思を尊重します。では、今度の任務地はどこが良いですか。ある程度でしたら希望に添えることができます。以前努めていたアラスカにも空きがあります。それとも前回は北でしたので今度は南がいいですか』
「どこでも良いです、ジュリコ。でももうルーシーとは戦場で会いたくないな。だからアメリカ軍が攻めてこないところにしてほしいです」
『わかりました。ではアメリカ軍との接触の可能性が少ないところを選定しておきます。任務地が決まるまで自宅で待機していてください』
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