第21話 帰国
モチダと別れてから一週間が過ぎた。
私は今、薄暗くて油と鉄の臭いが充満する狭い空間に閉じ込められている。
そこはエンジンの音と振動が直接響き、会話もままならない。
鉄の壁に閉ざされ外の光が入って来ないため肌寒い。
そもそもエアコンという概念が無く室温の調整がされていない。
今座っている椅子のクッションは薄く、座り心地が悪い。
時々部屋全体が大きく揺れるため、固定しているシートベルトが体に食い込んで痛い。
だが、そんな粗末な場所にいることが気にならない程、私は緊張していた。
その居心地の悪い部屋は大きくバウンドし、甲高い音を立て、最後に大きくシートベルトを私の体に食い込ませると静かになった。
「本日はアメリカ軍特別チャーター機をご利用ありがとうございました。マシソン上等兵」
自分より3つも階級が上の若い男性は、座っていた彼女に笑顔を浮かべ右手を差し出した。
「お世話になりました、カラム中尉」
私はシートベルトをはずすと、右手で彼の手をとり左手で杖を突き、出入り口へと歩いた。
私は彼の敬礼で見送られ、むき出しの鉄でできた無骨な出入り口をくぐった。
今私を運んできた貨物飛行機のタラップに立つと、今まで暗いところにいたせいかその明るい日差しに目がくらむ。
私は約一年ぶりに故郷の陽を全身に浴び、故郷の空気を吸ったのだ。
下を見下ろすとそこにはたくさんの人が待ち受けているのが見て取れる。
背広に身を包んだ政治家らしい人物、所属していた軍の上官、颯爽と演奏する軍の吹奏楽部達、カメラのフラッシュをたき続けるマスコミ、全てこの私、ルーシー・マリア・マシソン上等兵の帰還を祝うために集まった人たちだ。
私は慎重にタラップを一段一段杖をつきながら降りた。
タラップの下、アスファルトの上には赤い絨毯が道の様に敷かれている。
その上に降りると軍の礼服に身を包んだ中年の男が歩み寄ってきて、私に敬礼した。
「帰還おめでとう、マシソン上等兵」
私も敬礼を返した。
「ありがとうございます、いろいろご迷惑おかけしました、グラインディー大佐」
私が直接自分の部隊の隊長と話すのは、これが初めてだった。
「話したいことは山程あるが後にしよう。さあ、彼らに勇者の姿を見せてあげてくれ」
彼は私を群衆の中へと導いた。
私は群衆の中に目を向けた。目をこらすと目当てのものはすぐに見つかった。
互いの手をしっかりと握り合い寄り添う中年男女がいる。
その二人の前に私は駆け寄り叫んだ。
「マム! ダッド!」
私は二人に飛びつき強く抱きしめた。
「お帰りなさい、ルーシー」
二人も泣きながら愛しの娘を抱きしめる。
私達三人の回りにマスコミが集まりテレビカメラを向け、容赦なくカメラのフラッシュを浴びせ続けた。
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