第20話 休暇の終わり
「誕生日おめでとう! ルーシー!」
私が去る日を翌日に迎えた持田家では、簡単に私の誕生日を兼ねたお別れ会が催された。
「ありがとう、モチダ、マダム」
私は二人に礼を言った。
食卓にはご馳走が並ぶ。中央には私が大好きなピザも置かれている。材料は彼があちこち駆けずり回ってなんとか入手した。
『アメリカでは21歳かららしいけど、日本では20歳からお酒が飲めるの。飲んでみる? 無理にとは言わないけど』
ご馳走が半分くらい片付いたところで、マダムはそう言って半透明で大きな細長い瓶をテーブルの上に置いた。
「いただきます、マダム」
アメリカでは21歳からといっても、今までお酒を飲んだことはない、というわけでもない。
『頂き物なんだけど、飲む機会がなくて』
マダムは二つのコップにそれぞれお酒をついだ。モチダがそのコップにそっと手を伸ばし、母親にぴしゃりとはたかれた。
日本酒は初体験だった。コップを持つと軽く香りを嗅いでから一口飲んだ。
「美味しい、これ、とても飲みやすいです」
『一応、本物の吟醸酒なの』
マダムもコップに口をつけた。
「こんなとこにいたのルーシー、探したよ」
外の濡れ縁に座って、夜空を見上げている私をモチダは見つけた。
「私が逃げちゃったと思って心配した?」
彼は私の隣に座った。
「今更そんな心配はしないさ。ここでのホームステイは今日で終わり。明日本部に行ったら、君の帰国はまず間違いなく認められるだろう」
「今夜で日本は最後、か」
「そういうことになるね、名残惜しい?」
「言われてみると、そんな感じもする」
「ルーシーさえよければ、一生ここに居ても良いんだよ」
私は立ち上がった。
「帰ります~、私の祖国は世界最強の正義の国、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカでーす、宇宙人の奴隷になった国ではありませーん」
私は右足を軸にくるくる回る。左足のギプスは今日病院で取ってもらっていて身軽になっている。
「あ」
ふらついて倒れそうになったところを、素早くモチダが立ち上がって抱き留められた。長い時間ギプスに固められていた左足は右足に比べて動きが悪い。
そのため、病院で片手で使える杖を受け取っていた。
「ありがとう」
私はお礼を言った。
「酔ってるね、ルーシー」
「もちろん酔ってますよ~」
昴は彼女を濡れ縁に座らせ、彼も隣に座った。
「二人ともちょっと飲み過ぎだね、一升瓶を半分も空けて」
「マダムは?」
「母さんはもう寝たよ、片付けは僕が全部やっておいた」
「ご苦労様、中尉殿」
「どういたしまして、マシソン一等兵殿」
私が敬礼すると、彼も同じように手を挙げた。
二人は見つめ合い、どちらともなく笑いあった。
私は視線を空に向けた。
「星がきれいね」
「あれがプレアデス星団、日本では昴というんだ。僕の名前の元になった星だ」
彼も同じように見上げ、空の一点を指さした。
そのままだまって二人は夜空を見上げていた。
不意に冷たい風が吹いた。
「ああ、いい気持ち」
「こんな所にいつまでもいると風邪引くよ、さぁうちの中に入ろう」
「お願い、もうちょっといさせて」
「しょうが無いなぁ、ちょっとだけだよ」
「ねぇモチダ、楓とは仲直りできたの」
「一応今日のことで誘いに行ったんだけど、駄目だった。会ってもくれない」
私はとなりに座っている彼の肩に頭を乗せた。
「一押し二押し三に押しってね、そのくらいで諦めちゃ駄目。それに明日には彼女の懸案だった私がいなくなるから大丈夫」
「僕だってもうすぐ戦場に戻るから、彼女と過ごす時間は無いよ」
「あなたが戦場に戻ったら、また私たちは殺し合うことになるのかしら」
「戦場は広いから、そこでまた会う可能性は低いんじゃないかな。ルーシーはアメリカに帰ったら復隊するの?」
「ええ、すぐにでも。でもこんな大怪我をしちゃってるから、復隊を認められるかはわかんないけど」
「ねぇルーシー。君は戦場でまた僕に出会ったら、ためらわずに撃つ?」
私は少し考えた。
「もし、モチダは戦場で私に出会ったら、ためらわずに撃てる?」
「撃てないよ。絶対に無理だ」
答えをはぐらかし質問に質問で返した私と違い、彼は私の方を向き即座に答える。
二人はそのまま見つめ合う形になった。
モチダがゆっくりと顔を私に近づけた。
二人の唇が重なる直前、その間に右手を割り込ませた。
「カエデと仲直りしなさい」
そう言い残すと立ち上がり、彼を置いて片杖を使い家の中に入った。
翌日、持田家の元に政府の使いの車が迎えにやってきた。それには田中も乗っている。
「それじゃ、大変お世話になりましたマダム」
『もう戦場なんかでちゃ駄目よ。できることならいい人見つけて結婚して子供を産みなさい』
「はい、マダム」
私達は泣きながら抱き合った。
『私たちはもう会うことは無いかもしれないけど、それでもこの三ヶ月間は本当の家族として過ごせたと思うの』
「ええ、その通りです。マダム」
「では、そろそろ時間がありませんので」
田中は二人のお別れに水を差した。腕時計を見ながらいつものように事務的な口調で言う。
『さよなら、元気でね。マシソンさん』
「さよなら、マダム」
私はもう一度マダムに抱きつくと頬にキスをした。
「ルーシーを送ってくるよ、母さん」
「うん、いってらっしゃい」
政府の建物に着くと私はモチダから離され、一人だけ別室に通された。
その部屋には机が一つあり、その上にノートパソコンが置かれ、他に人はいない。
私は以前似た状況に置かれたことがある。
そのときと違うのはノートパソコンはすでに開かれており、そのモニターには「SOUND ONLY」の文字が表示されていることである。
私がその机の前にある椅子に座ると、パソコンのモニターから男とも女とも聞こえる合成音声が流れた。
『お久しぶりです、マシソン一等兵』
「久しぶりです、ジュリコ。といってもあなたは機械の中に潜んでいて、私を常時監視していたんでしょうけど」
『その点は否定しません。ですから、あなたがこの三ヶ月あまりをどう過ごしてきたか改めて聞くようなことは致しません。でも、あなたが過ごしたこの時間に何を考え、どう感じたのかは見ていただけの私にはわかりません。それだけは直接聞いてみるしかないのです』
「私に何を聞きたいのですか?」
『まず感想を。どうでしたか日本での生活は。実際に一緒に生活して日本人とはどういうものかわかりましたか』
「アメリカでは日本人はエイリアンの奴隷になっていると教えられました。しかし、実際は彼らは自由であるといえます、思考言論にも制限がないように思えます。一部にはジュリコ教なんて物が存在しますが、誰かに強制されてやっているわけではないようです」
『私は支配者ではありません。彼らの行動に制限を加える権利はないのです。選択肢を与えているだけです』
「では、私の方からも聞いて良い?」
『はい、どうぞ』
「私にわざわざ日本人の生活を見せたのは何のため? 困窮した生活を送るのを見せて同情させるため? それとも、日本人と仲良くさせるため?」
『何も意図はありません。先ほどあなたが言ったように真実を見て欲しかったのです』
「私からお願いがあります。聞いてくれますか」
『どうぞなんでも言ってください、ですが実行するかは内容次第です』
「モチダをトリガーから辞めさせてください。彼は心優しい少年です。戦争に関わらせてはいけないと思います」
『それは彼次第です。彼をトリガーに推薦したのは私ですが強制はしていません。ですがその気持ちは伝えておきます。でもおそらく彼は辞めたりしないでしょう』
「なぜ、トリガーなんてものを置いているんですか、全部自動兵器で良いでしょう」
『そうですね、問答無用に侵略するならドローン達に任せてしまった方が良いでしょう。しかし、私は侵略するつもりはありません。守備隊の中に人間を配置することによって、わざと弱点を作っています。死の恐怖を知らないドローン達では、戦う相手は自暴自棄になって向かってくるでしょう。敵であっても同じ人間なら理解しあえるかも知れない、相手がそう考えて戦闘を避ける事を求めて人間を配置しています』
「なぜモチダをトリガーに選んだのですか。ほかにもふさわしい人がいたでしょう」
『トリガーを選ぶ基準は存在しません。完全なランダムです、ある程度の知能があることが前提ですが。あなたがSA-106持田昴にどうしてもトリガーを辞めさせたいのなら、一つだけ方法があります』
「それはなんですか?」
『あなたがSA-106のそばにいてトリガーを辞めるのを説得するのです。彼も恋人ができれば考えを改めるかも知れません。あなたさえよければこの国で生活をする許可を与えましょう』
「私に日本人になれというのですか?」
『その答えは彼に直接いいなさい。では、マシソン一等兵また会える日を、そのとき平和な時代であると良いですね』
モニターの画面に表示されたSOUND ONLYの文字は消え、その直後何者かにドアがノックされた。
「ルーシー、入るよ」
私は返事をしなかったため、ノックの主は一言断ってから部屋に入ってきた。
「どうだった、ジュリコに何か言われた?」
「あなたの嫁になれ、といわれたわ」
「・・・・・・そうなんだ、僕は歓迎するよ」
彼は私に右手を差し出し、頭を下げた。
「ミス・マシソン、僕と結婚を前提に付き合ってください」
「答えはNoよ、モチダ」
私は彼の右手をつかむことなく即答した。
「少しぐらい考えてくれても良いのに」
頭を上げ右手を下ろし、昴は苦笑いした。
「私にはアメリカ人として、そしてアメリカ軍人としてのプライドがあるの」
「そうか・・・・・・残念だけどお別れだね」
彼がそう言うと部屋の中に軍服の男が二人入ってきた。
その男が両脇に立ち、私を部屋の外へと先導した。
私は杖を突いて彼らに従った。
モチダは無言で立ち去るその後ろ姿をいつまでも見送っていた。
「愛してるよルーシー」
そう彼がつぶやく声が聞こえた気がする。
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