第19話 閉ざされたドア
「ただいま母さん」
「お帰りなさい、早かったのね。あらあらマシソンさん泥だらけ。どうしたの?」
「母さんルーシーのことをよろしく。ちょっと楓のところに行ってくる」
玄関で昴が声をかけると、すぐに捺江が顔を出した。昴は彼女が泥だらけな理由を説明せず、彼女にルーシーを預けて再び家を出て行った。
楓のいる広瀬家は、今の昴の家からは歩いて十分のところにある。
「あら、いらっしゃい昴ちゃん」
広瀬家を訪れると、楓の母親が玄関で対応した。
「明けましておめでとうございます、おばさん」
「はい、明けましておめでとうございます」
「あの、楓帰っていますか?」
「楓? 帰ってきてるわよ。今まで一緒にいたんじゃ無いの?」
「ええ、そうなんですけど、ちょっと用事があって」
「そう、じゃあ呼んでくるわね」
楓の母親が階段を上り、楓を呼ぶ声が聞こえる。しばらくすると階段を降りて玄関に戻ってきた。
「会いたくないって、部屋に閉じこもってる。けんかでもしたの?」
「あの、あがって良いですか?」
「どうぞー、楓の部屋はわかるわよね」
楓は部屋の中で、下着姿のまま膝を抱えてうずくまっていた。
晴れ着は脱ぎ捨てられ部屋の中に散乱し、きれいに結われていた髪は無理矢理ほどかれ乱れている。
母親にしてもらった生まれて初めてのお化粧は涙でぐちゃぐちゃになり、髪を飾っていた昴にプレゼントされた髪飾りはゴミ箱にうち捨てられていた。
ルーシーがビューティフルと褒め称えた艶姿はいまや面影もなかった。
昴は楓の部屋の前に立ち、控えめにノックした。
「楓、いるかい?」
返事はなかった。
「楓、はいるよ」
昴はドアのノブを回した。
「入ってこないで!」
楓の怒りがこもった声に、昴はノブから手を離した。
「どうしたんだい、黙って帰ったりして」
昴はドアに向かって語りかけた。
「うるさい! 帰れ!」
「何をそんなに怒ってるんだい?」
「あの人に・・・・・・した・・・・・・」
「えっ? なんだい?」
「あの人にキスをした!」
「ああ、そのことか。あの場を納めるには仕方なかったんだよ」
「私のことは抱きしめたことはないくせに! キスしたこともないくせに!」
「何を言ってるんだ、楓」
「ねぇ昴ちゃん私のこと嫌い?」
「そんなことはないよ、好きだよ」
「じゃあルーシーさんのこと、なんとも思ってないのね? 嫌いなのね?」
「それとこれとは話は違う」
「誤魔化さないで! 本当のことを言って!」
昴は一度言いよどんだが、静かに口を開いた。
「僕はルーシーのことが好きだ」
ドアの向こうの楓からは反応がない、だが昴は言葉を続けた。
「一目惚れだったんだ。戦場で会ったときに、この世にこんなきれいな人がいるんだろうかと思ったんだ。日本に帰ってきたとき、ルーシーのホームステイ先を探しているって聞いて真っ先に立候補したんだ。本当なら年頃の男性のいる家庭なんかに預けたら、何か問題が起きたとき大変だと反対にあったんだ。だけどジュリコが「愛というものに興味があります」と言って許可をくれたんだ。これはもう運命だと思った」
「敵の兵隊を好きになるなんて馬鹿みたい! 私の気持ちを知っていたくせに!」
「そうだね、僕は馬鹿だね。殺し合った相手に夢中になり、ずーとそばにいてくれた素敵な女の子を悲しませるなんて」
「・・・・・・帰って・・・・・・お願い、帰って・・・・・・このままだと昴ちゃんのこと嫌いになっちゃう・・・・・・」
「うん、わかった帰るよ。僕はもうすぐ戦場に戻る、さよなら楓」
ドアの前から離れ、階段を降りる彼の背中に楓の泣き声が響いた。
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