第29話 運
司令部の会議に参加してから一週間が過ぎ、私をサポートするために専用の中隊が組まれた。
倉庫のような広い場所でその中隊三十人の顔見せが行われ、その隊員の中に私の顔見知りがいた。
「お久しぶりですゴラス軍曹、いえ曹長!」
私は愛想の悪いベテラン黒人兵に敬礼した。
彼もあまり普段は見せない、にこやかな笑顔で白い歯を見せて敬礼を返した。
「十ヶ月ぶりだなルーシー。どうやらおまえも運が良い人間の部類に入るらしいな」
「いえ、私は違います。お恥ずかしながら戦場で負傷し、敵の治療を受けていました」
「理由はどうあれ生きているだけで運が良いと言うんだ、気にするな。ではこれから第RC78中隊、別名ルーシー護衛隊のメンバーを紹介しよう」
私は一人一人ゴラス曹長から紹介を受けた。
「ふ~ん、これがね~」
そのうちの一人が腕を組み、私を上から下までジロジロ見る。階級は私と同じ上等兵だ。
「なんだ、フランツ。彼女になにか気になるところでもあるのか?」
「いえ、ゴラス隊長。俺たちは彼女に命を預けるんっスよね」
「そうだ、事実上この中隊の隊長は彼女だ。俺たちはルーシー・マリア・マシソン上等兵の指示に従い動く。主な仕事は彼女のボディガードだ」
「で、彼女が誘惑して、その日本人が出てこなかったらどうなるんスか?」
「どうもしない、普通に戦闘するだけだ」
「で、女神様。その日本人を誘惑する自信はあるんスか?」
「全力を尽くします」
フランツは両手の平を上に向けて肩をすくめた。
「結局ノープランってことスね」
がっくり肩を落とすフランツ。
「まあ、出てくれば御の字という作戦なんだ。できれば戦闘は避けるつもりだ。そう肩を落とすな」
ゴラスはフランツの肩を叩いた。
「で、俺たちの行き先はどこなんスか」
「ロシアのジンスール基地だ、持田昴は日本軍が占領しているウラジオストック基地の守備についているらしい」
「ロシアッスか」
「そうだ、向こうの受け入れ準備はできている。では解散、明日0800出発、それに向けての用意をしろ」
次の日、私を含むゴラスを隊長とするジャケット兵一個中隊はロシアへと出発した。専用の機材、整備兵五十人も含むため輸送機三機に分乗した。
ロシアのジンスール基地には途中二回の給油と休憩に立ち寄りながら十八時間かかった。
「ようこそロシアへ。あなた方の担当のリュビーモフです」
銀髪の将校が英語で出迎えた。
「アメリカ軍RC78隊の隊長ゴラスです。お世話になります」
「こちらにどうぞ」
皆は基地の外に案内された。荒れ地に急ごしらえの建物が三個ある。
「ほかに必要なものがあったら遠慮無く言ってください」
それだけ言い残すとリュビーモフは立ち去った。
「ひゃーぼろぼろっスね。想像した以上に対応が冷たいっス。ゴラス隊長」
「屋根と壁があるだけましだろ。ここじゃ俺たちはまねざれかる客だからな。それに、ついこの前までは俺たちは敵同士でにらみ合っていた。今は日本という共通の敵がいるから一時的に手を組んでいるだけだ」
「日本を倒したらまた敵同士って事スね」
「さて長旅のところ悪いが休んでいる間もないぞ。早速、俺たちの手でこいつをリフォームしなきゃな。整備兵だけに任してはいられない」
「へいへい、まずは盗聴器が仕掛けられていないか探さなくっちゃスね」
ジンスール基地にきて一週間が過ぎた。ゴラス隊に出撃命令はまだ出ていない。
私はロシアに与えられた建物の外に一人座っていた。
何もすることがなく、一枚の写真をずっと眺めている。
「ルーシー、一人でこんなところで何をしている。体が冷えるぞこれでも飲め」
マグカップを両手に持ったゴラス曹長がやってきて一つを私の方へ差し出した。
「申し訳ありません、曹長。ありがとうございます」
私はそれを受け取り、中のコーヒーを一口飲んだ。
彼も私の横に座ってマグカップを傾ける。
「フランツじゃないが、おまえは日本人を誘惑する女神様なんだからいつも笑顔でいてもらわないと困る。さっきから何を見ているんだ」
彼は私が手にしているものに気をとめた。
「これは私が日本でお世話になっていた家族の写真です」
彼女は彼に写真を見せた。その写真には昴、捺江、ルーシー、楓の四人が写っている。クリスマスの時撮ったものだった。
「すると、真ん中の男がモチダスバルか。何だまだガキじゃないか」
「そのガキが私たちのターゲットです」
「どうした、まだ覚悟ができてなかったのか、ルーシー」
「私にはモチダを殺せません。目の前に現れたとしても銃の引き金を引くことはできないでしょう。かと言って祖国も裏切れない」
「心配するな、モチダスバルは俺達のだれかが殺す。ルーシーはそいつをおびき出す事だけに専念しろ」
その夜、ゴラス隊の元にリュビーモフがやってきた。
「いよいよ日本総攻撃の作戦は明後日になりました。あなた方の役割はトリガーの暗殺です、そのターゲットはモチダスバルとなっています。現在ウラジオストックに配備されているトリガーは情報によると彼を含めて七人いる事が確認されています。誰が出てくるかは実際に戦闘になってみないとわかりません。モチダスバルでなかったとしてもそのままトリガー暗殺に尽力してください」
「ロシアンルーレットっスね。まさしく」
フランツはため息をついた。
「搭乗!」
次の日ゴラス中隊のジャケット兵はトラック四台に乗り込み、ロシア軍の前線基地へ向かった。
「ロシアのトラックは乗り心地悪いっスね」
フランツは不平を言った。
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