第17話 年越し
クリスマスが終わると世間はまるで皮を剥いたように、今度は正月色に染まった。
私とモチダに連れられてご近所の集まりに出かけた。
いつものようにモチダは私を乗せた車椅子を押す。
私達が集会所に来たときには威勢の良い男性のかけ声があがっており、催し物がすでに始まっていることを知らせた。
たくさんの人たちが催し物を中心に輪を作っている。
その中心からは男性と女性のかけ声と、ペッタンペッタンというリズミカルな音が響いていた。
その見物人の輪の中にカエデの姿を見つけ、彼女に声をかけた。
「楓、おはよう」
「モーニン、カエデ」
「あ、おはよう。昴ちゃん、ルーシーさん」
声をかけられて私達の方に振り返ったカエデは、モチダの首回りを凝視している。
「それ、していてくれてるんだ」
「うん。これ、暖かいよ、楓ありがとう」
モチダが首に巻いたマフラーをなでながら言うと、カエデはうつむいて頬を染めた。
彼は彼女に誕生日プレゼントで贈られたマフラーをしていたのだった。
割烹着を着た女性が私達の元へやってきた。
「昴ちゃん久しぶり、大きくなったわねぇ」
「こんにちは広瀬のおばさん、お久しぶりです」
楓の母親だよ、と彼は私に耳打ちした
「それから16歳のお誕生日おめでとう。楓と結婚できるまであと2年かかるわねぇ。でも2年なんてあっという間よ」
「お母さん! 変なこと言わないで、まだお手伝い残っているでしょう」
真っ赤になったカエデは母親の背中をぐいぐいと押した。
「捺江さんも来ているからあとで顔を出しなさい」
「で、これは何をしているのモチダ」
彼女はそう言い残して、カエデとどこかに消えた。二人を見送ると私は彼に催しの趣旨を聞いた。
「これは餅つきといって、蒸かした餅米を木のハンマーで叩いて練っているんだ」
「それだけのことに大騒ぎなのね。まるでお祭りみたい」
「昔は餅は食べられるのは正月だけ、という高級品だったんだよ。今は簡単に手に入るけど、それでもこれで「鏡餅」というお供えを作る風習があるくらい、特別な意味がある物なんだ」
関係者らしい初老の男性が杵を持ち上げ、群衆に向かって次の参加者を募集する。
「次、餅つきに挑戦したい人ー」
「はーい」
「じゃ、そこの兄ちゃんこっち来て」
数人が手を上げ、初老の男性はその中にいたモチダを指さした。
指名されると彼は車椅子を進め、見物するのに良い位置に私を移動させた。
「これお願いルーシー」
私は彼から上着とマフラーを預かった。
蒸されたばかりの餅米がせいろごと運ばれてきて、木の臼へと入れられた。
まずは別の男性が杵で体重をかけ丁寧に餅米を潰していく。
ある程度潰し終えると、先を水で濡らした杵を昴に渡した。
「さぁいくぞ。ルーシー見てて」
彼は杵を持ち上げ、威勢良く振り下ろす。
それは上手く白い餅米の真ん中へ落とされた。
再び杵を持ち上げるとその間に、横に座っている女の人が慣れた手つきで相づちを打ち、臼の中の餅を折りたたむ。
この作業は初老の男性が止めるまで続いた。
付きあがった餅は、割烹着やエプロンを着た女性達によりテーブルの方に運ばれる。
「はい、お疲れさん。美人な彼女が見てるからって、ちょっと張り切りすぎだ」
初老の男性は笑いながら彼から杵を預かった。モチダは私の元に戻った。
「モチダ、お疲れ様」
「あの人、ルーシーのこと僕の彼女だって」
「違いますよー」
私は両手で口の前に輪を作り、その男性に向かって抗議の声を上げた。
「残念あの人には英語はわからない」
つきあがった餅は婦人達が小さくちぎって丸め、きな粉、あんこ、大根おろしなどで調理し、集まった人たちに振る舞っていた。その作業をする婦人達の中にマダムやカエデの母親の姿もあった。
「母さん、こっちに二人分ちょうだい」
「はい、きな粉餅。のどに詰まるからよく噛んで食べなさい」
彼はマダムから、黄色い粉がまぶされた小さな餅が二個乗った紙の小皿と箸を二人分受け取った。
「はい、ルーシーの分。のどに詰まるから気をつけて」
私は受け取った小皿の餅を箸で突き刺し、二個とも口に入れた。
それは和食全般に言えることだが味はあっさりしている。そして意外と歯ごたえがある。
それをよく噛んでから飲み込んだ、つもりだった。
それは胃に落ちずに喉の途中に引っかかった。呼吸は止まりなんと見えない不快感
私はうめき、胸をどんどんと叩いてそれらを動かすことを試みた。
「う~~~~~~~」
「ほら~、言わんこっちゃ無い」
彼は私の背中を叩く。
「あらあら、大変」
紙コップに入った水をマダムが持ってくる。私は受け取ったそれを一気に飲み干した。
幸い喉のものは移動は移動し、無事胃に収まった。
「ふぅ、死ぬかと思った」
「意地汚いからだよ、ルーシー」
「め、面目ない」
彼は笑った。
私も笑って誤魔化した。
この騒動を見ていたみんなにも笑いの輪が広がった。
「新年明けましておめでとうございます」
「ハッピーニューイヤー、マダム」
年が明けた元旦、私とモチダはそろってマダムに新年の挨拶をした。
「明けましておめでとう二人とも。はいお年玉」
可愛いイラストが描いてある小さな封筒を、私達はマダムから手渡された。
「ありがとう母さん」
「モチダ、これは何?」
私は手渡された鶏が描かれた小さな封筒を、指でつまんだ。
「日本のお正月では、子供にお年玉と呼ばれるお小遣いをあげる風習があるんだ」
「私、子供という年でもないんだけど」
「いいんじゃない、もらっておけば。母さんから見ればルーシーはまだまだ女の子だよ」
「ん~、では、遠慮無く。サンキューマダム」
「どういたしまして。では朝ご飯にしましょう」
朝食はお雑煮というお餅入りのスープだった。日本では新年の定番料理らしい。
「マシソンさんが食べやすいように、鶏肉多めにしておきましたからね」
私はフォークでお餅を突いて持ち上げる。お椀から長く伸びる餅を、口が受け付けようとしない。
「意地汚く口いっぱいに方張らなければ大丈夫だよ」
「わかってるわよ!」
私は慎重に、少しずつお餅をかじりとった。
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