第16話 聖夜

 私がこの家に来て2ヶ月が過ぎた。

 夏を感じていたのもつかの間、木の枝は緑から黄、そして朱へ色は変わりついにははらはらと地面へと落ち、積もっていく。

 散歩の時間、進む車椅子が踏み潰す、枯れ葉の乾いた音が心地よい。

 この国は四季がはっきりしていて、季節の移ろいにかける時間は長い。

 私もこれだけ長い秋というのを経験したのは初めてだ。

 そしてコガラシと呼ばれる冷たい北風が吹いたとテレビは言っている。

 それは秋が終わり、冬が来たという合図らしい。

 朝からマダムが布団を押し入れから何枚も引っ張り出し、天日で干した。

 寝具にしては小さく形はどれも正方形だ。


 午後になって取り込まれた布団をモチダは床の上に敷き、そのうえに組み立てたテーブルを乗せた。さらにそれに布団をかぶせて天板を乗せたら何らかの家具が完成したようだ。


「こたつといったらこれを忘れてはいけない、と」


 彼は籠に入れたミカンをテーブルの上に置き、布団の下から伸びるコードを家のコンセントにつなげた。


「入ってみてルーシー」


 私は布団をまくり上げて足だけを中に入れた。


「暖かい・・・・・・これは暖房器具なのね」

「炬燵っていうんだ」


 彼も蒲団をめくって私の向かい側に入り、手を伸ばし籠の中からミカンを一個取り出すと剥いて食べた。

 私も一つミカンをとり、剥いてたべた。


「甘い。私テレビジョンオレンジ大好き」

「まだ時期が早いけど、これからミカンはもっと甘くなるよ」


 十二月、北風が吹きすさぶ中、私達は厚着をして午後の散歩にでている。

 町は私にはおなじみの喧騒に包まれていた。


「キリスト教の国ではないこの国でもクリスマスを祝うのね」

「日本人はお祭りが好きだからね。ちょっと前まで敵性国家の祝い事をするとは何事か、というクリスマス反対派の人もいたけど、いつの間にかそんな声は消えたよ。経済的には苦しいから騒ぎは自粛しようという人より、そんなに萎縮せずいつものように振る舞おう派が多勢を占めた。さすがにエネルギー不足で家をイルミネーションで飾る人はいなくなったけど」

「アメリカの私のうちは今年はクリスマス自粛かな・・・・・・」

「そうだね、さすがに娘が敵国の捕虜になってる最中じゃ、クリスマスどころでは無いか」

「この前、ミス・タナカが来たときに、両親への手紙の中にクリスマスカードを入れたのだけど嫌みだったかしら」

「そんなことないさ。今の日本と同じで、お祝い事を無理に自粛することはないよ。苦しいとき程日常を続ける努力をしなくちゃ」

「持田家でもクリスマスパーティーをするの?」

「するよ、パーティーという程のことはしないけどね。ひっそり家族でケーキとご馳走を食べるぐらい」

「家族・・・・・・私ひょっとしてお邪魔かな。お母さんと親子水入らずで過ごしたいんじゃないの」

「何言ってんだよ、ルーシーだってもう僕たちの家族だよ」


 持田家の中には私の生活の跡が増えてきた。専用のマグカップ、洋服、下着、お皿、バスタオル、スリッパ、あまり使わないが専用のコスメもある。

 生活にもかなりなじんできて、まだ片足が不自由だができる範囲で持田家の家事を手伝っている。

 マダムが食事を作るのも手伝い、そのときは翻訳機を通じてだが女同士の話に花を咲かせている。

 私は彼の言葉に少し胸が熱くなった。


「それじゃ、三人だけのプレゼント交換会になるのね。モチダはプレゼント何が欲しい?」

「そりゃもちろん、ルーシーが自分の体にリボンを結んで・・・・・・」

「却下」


 次の日、マダムに誘われ私達は二人きりで買い物に出かけた。


『クリスマスはキリストの誕生日なんだけど、実は昴の誕生日でもあるの』


 彼女は私を乗せた車椅子を押しながら言った。


「えっ! 昨日クリスマスのことを話したけど、彼、そんなことは一言も口にしませんでした」

『自分の誕生日について話すのが照れくさいのよ。多分そうじゃないかな、と思ってお買い物に誘ったの。私は今日、昴の誕生日プレゼントを買うつもりなんだけど、もし良かったらマシソンさんも昴にプレゼントをあげてくださらない?」


 そういうことなら私には異論は無かった。

 もらったお小遣いはほとんど使わないでいたので、プレゼントを買うお金はある、問題は何を贈れば良いのか、だ。


「彼、何をもらえば喜ぶのでしょうね」

『それは、なんと言ってもマシソンさんが自分の体にリボンを結んで・・・・・・』

「親子で同じ事を言わないでください、マダム」


 とりあえず二人でデパートを上から下まで見て回った。やはり食料品に限らず品揃えは悪い。


『来月には昴は戦場に戻ってしまうから、向こうにも持って行ける、あまりかさばらないような物にしましょう』

「そうなると、やっぱり家族の写真。写真立てとかじゃないですか」

『写真立ては昴がトリガーになるときに贈っています。でもマシソンさんの写真は持っていないんじゃないかしら。じゃあ、マシソンさんは自分の写真を入れた写真立てをプレゼントすればいいわ』

「私の写真・・・・・・そんなものプレゼントされて彼は喜ぶでしょうか?」

『喜ぶと思うわ。だって私たち家族だもの』

 まるで事前に示しを合わせたように、ここでも二人は同じ事を言った。


「では持田昴君の十六回目の誕生日に、カンパーイ!」

「ありがとうみんな」


 モチダは一同に頭を下げた。

 12月24日、持田家ではマダムの音頭によりモチダの誕生日会兼クリスマスが行われた。家族以外にカエデも呼ばれている。

 テーブルの上にはチキンとケーキと他のご馳走が並ぶ。


「では早速ご馳走を食べる前に、プレゼントを渡しちゃいましょう」

「それじゃ私から」


 カエデは昴に紙袋にリボンをかけた物を手渡した。


「開けて良いかな」


 彼女は無言でうなずいた。


「マフラーだ」

「下手くそで恥ずかしいんだけど」

「ということは手編みなんだね。ありがとう大事にするよ」


 彼は茶色地に白く「SUBARU」と文字の入ったマフラーを首に巻いた。

 彼女はそれを見て微笑んだ。 


「自分の体にリボンを結んで「はい、私がプレゼント」ってやらなかったのね」


私がカエデに近づきささやくと、彼女の顔がみるみる赤くなった。


「次は私ね」


 私はきれいにラッピングされた箱を手渡した。大きさの割に少し重い。


「開けてみて」


 彼が開けると中には白い二つ折りの写真立てが入っていた。


「あっ」


 二つ折りの写真立ては開くと左右に一枚ずつの写真が入るようになっている。左側にはすでに一枚の写真が入っていた。その写真にはちょっとだけおめかしして、薄化粧をしている私の姿が写っていた。


「あいている方には好きな写真を入れてね」


 彼がその写真を黙って見つめているので、私は気恥ずかしさを感じた。


「ちゃんと写真屋さんに頼んで撮ってもらったのよ」

「きれいだよ、ルーシー・・・・・・」

「つ、次はマダムね」


 恥ずかしさのあまり、私は彼から写真立てを取り上げ箱にしまった。


「わたしからはこれ」


 マダムは小さな細長い箱を渡した。モチダが開けるとそれはシャープペンシルが入っていた。


「うわ、高そうなシャーペン!」


 箱から出して指で文字を書くように指で挟んで見せた。


「ありがとう、これでバリバリ勉強するよ」


 プレゼントをもらい、中を確認し終わった彼は皆を見回した。


「みんなありがとう、僕からもみんなにクリスマスプレゼントを用意したよ」


 私、カエデ、マダムにそれぞれラッピングされ、リボンがついた小さな箱を手渡した。三人とも箱を開けて中を確認した。


「ヘヤーアクセサリーね」


 それを持ち上げて、光に透かすように下から見上げた。他の二人も同じ小さな花が付いた髪飾りだった。


「発想が貧困で申し訳ない」


 彼は頭をかいた。


「ありがとう大事にするわ」


 私はその場で髪につけた。

 鏡が無いので適当につけたが曲がっていたらしく、カエデが直してくれた。


「どう?」

「よく似合うわマシソンさん」


 マダムも自分の髪につけた。カエデのは私がつけた。


「みんなで記念写真を撮ろう」


 彼がデジタルカメラを持ってきてセットする。


「じゃ昴真ん中ね。となりにマシソンさんと楓ちゃん」


 マダムはセットされたデジタルカメラをのぞき、構図を決めボタンを押した。


「はい、笑ってチーズ!」 


 マダムは素早く私のとなりに立つとかけ声をかけた。カメラが作り物のシャッター音を奏でる。


「この写真は、あとで印刷してみんなに配るよ。早速ルーシーの写真立て、使わせてもらうね」


 カメラのモニターで、写った映像を確認すると彼が言った。


「さあさあ、ご馳走が冷めちゃう、早くいただきましょう」


 マダムが皆を椅子に座るよう促した。

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