第15話 アメリカの味、日本の味
「今日の昼食は僕が作ろう」
「モチダに料理が作れるの?」
私はエプロンを身につけキッチンに立つ彼に疑問を投げかけた。
彼が母親を手伝うところは何度も見ているが、実際に作っているところは見たことがない。
私達がいつも食べている昼食は、彼女が仕事に行く前に作り置きしてくれたものだ。
「昨日守備隊の本部に定期連絡に行ったんだけど、そのときお土産に本物のチーズとベーコンをもらったんだ。これでピザを作ろう、アメリカ人ってピザが大好きだろう」
「それは偏見ね、決めつけないで。必ずしもアメリカ人全部がそうじゃないわよ。」
といいつつ顔がにやけるのを私は止められない。悔しいが彼の指摘どおり私は標準的なアメリカ人のようだ。
日本食はさっぱりしすぎて私には物足りない。
彼らに比べて私の皿は肉を多めに配分してくれてはいるようが、炭水化物中心の食事であることに変わりは無い。
チーズが食べられるのはいつ以来だろうか、口の中によだれがあふれる。
「本格的に生地から手作りしようと思って材料は全て用意したんだ。
まずは、強力粉と薄力粉とドライイーストを軽く混ぜる。
次に、オリーブオイル少々とぬるま湯を入れてよく練る。
で、十回生地を打ち付けたあと一回生地を練り直す。これを十回セットか・・・・・・多いな」
彼は傍らにスマートホンにピザの作り方を表示し、確認する。
そしてその指示通りに大きなボウルに全ての材料を入れ、手でかき混ぜた。
その後ボールの中の生地を水分がなじむまでよくこね、粉を振ったまな板に生地を打ち付けていく。
「これにラップをかけ、一時間発酵させればピザ生地のできあがり」
「これだけで終わり? もっと作らないの?」
きれいにしたボウルの中に生地を丸めていれ、ラップで蓋をしたら終わりのようだ。
椅子に座り、傍らでこの作業を眺めていただけだった私白地を挟んだ。
二人分にしては量は少ない。
「OK、材料はたくさん用意したからまだまだ作れるよ。食べきれずに残ったらご近所に配ろう」
彼は次の生地作りに取りかかった。
「一枚は母さんのために焼かないで残しておこう。それにしてもよく食べたねルーシー」
結局ピザは二人で、と言うより私がほとんどを食べたため、ご近所に配る分はなくなってしまった。
後片付けも彼が一人でやってくれた。私は彼が入れてくれた食後のコーヒーを飲んでいる。
「さてさて、ルーシー。今この日本では貴重な本物のチーズとベーコンを、ずいぶんと食べてくれたねぇ。その値段は同じ重さの金より高いよ」
後片付けを終わった彼が、タオルで手を拭きながら私に向かい合った。
「うっ」
私は何も言い返せなかった。自分でも十分意地汚かったとは思う。しかし、久々のピザに自分の意思ではやめられない、とまらないという状態だった。
「わ、私は捕虜として十分な待遇を受ける権利がある」
私は苦しい反論を試みた。彼も本気で言っているわけではないだろうから。
「捕虜にはピザをたらふく食べる権利がある、そんなの聞いたことがないよ。仕方ない、その対価は体で払ってもらおうかな」
彼は私ににじり寄った。
「いやよ! そんなことになるんなら腹を切って死んでやる」
私は両手で自分の体を抱いた。
ついにこの日が来たか。彼も幼いとはいえ男である。そんなそぶりを見せずにドライを演じていたが、私が粗相をし立場が優位になる時を待っていたのだ。
「腹を切ってどうするの、侍じゃあるまいし。普通死ぬなら舌を噛む、だろう。何をそんなに強く拒否をするのか知らないけど、これから夕飯を作るのを手伝ってもらおうと思ったんだけど。いつも家事をしてもらっている母さんを助けるために」
「なんだ、そういうこと。なら異存は無いわ」
私達は午後のお散歩の時間を利用して買い物に出た。いつものように彼が私を乗せた車椅子を押す。
「それにしても、一体何のことだと思ったんだい。ルーシー」
「あなたが変なことを言うから勘違いしたのよ」
「変な事って?」
「いや・・・・・・だから・・・・・・体で払えって・・・・・・」
「体で払えって言ったら労働奉仕に決まってるじゃないか。やーらしんだーやらしんだールーシーはやらしいんだー」
彼は節をつけて歌う。
「私がやらしいことを考えたのを見抜いたあなただって、十分にいやらしい」
「何のこと? 僕こどもだからわかんない」
「15歳はもうこどもじゃないわよ」
私達はスーパーに入った。客はそれなりにいるが、店内の品ぞろいは悪く並ぶ商品は少ない。スーパー備え付けの買い物籠を車椅子の私が抱えた。
「で、夕飯って何を作るの?」
「日本ではどんな人間でもおいしく作れる魔法の料理があるんだ。それを作ろう」
彼は買い物籠に袋入りのジャガイモ、にんじん、タマネギを放り込んだ。
「今日は贅沢に、合成肉ではなくこれを使おう」
彼は財布から何らかのチケットを出した。お肉売り場でこれを差し出し何かと交換した。
「今のは鶏肉の配給券、今の日本では豚と牛は食用では育てられていない」
私達は必要な材料を買ってスーパーをあとにした。
二人は家に帰ってきた。私はルーシーは車椅子ではなく、キッチンのテーブルの前の椅子に座らせられている。
「ではカレーライスを作ります。まずは僕がタマネギを切って炒めるので、その間に君はにんじんとジャガイモの皮を剥いて、一口大の大きさに切ってボールに入れておいてくれたまえ」
「それはやるけど、えらそうな口調で私に命令しないで」
「実は僕の守備隊での階級は中尉なのだよ、マシソン一等兵。上官に口答えするな」
「国が違うでしょ。それに守備隊は軍隊ではありません。だから関係ありません」
「ずるいよ、さんざん守備隊は軍隊だーって言ってたくせに」
「記憶にありませーん」
私は彼の言うことを無視しピーラーを使って、ジャガイモの皮をむく作業を始めたいた。
「これが完成なの?」
私は鍋の中の黄土色の物体を見て眉をひそめた。とても食べ物とは思えない色と形状をしている。臭いも初めて嗅ぐ、これは異臭と言って良い。
「そう、これが子供から老人まで大好きな日本の国民食カレーだよ。元はインドの食べ物だけど、いろんな国を経過して伝わるうちに、全くの別ものになっているらしい」
彼は鍋をお玉でかき混ぜながら説明した。
「え? これがカレーなの? 私が前に食べたのは、もっとさらさらしてスープみたいだったわ」
「きっとそれは本格インド料理か、タイ料理辺りのカレーだったんじゃないかな」
「それにしても、この色、ドロドロとした見た目、これはまるでウ・・・・・・」
「まるで・・・・・・なにかな?」
彼は私が次に言おうとした単語を笑顔でけん制した。
「ううん、何でも無い」
私は慌てて首を振った。
「あら、良い匂い。これはカレーね」
帰ってきたマダムはキッチンに入るなり、鼻で息を大きく吸い込んで言った。
「お帰りなさい。今日の夕飯は僕とルーシーで作ったんだ」
「あら、ありがとう昴、助かるわ。マシソンさんもありがとう」
「どういたしまして、マダム」
マダムが帰ってきてすぐに夕飯の準備に取りかかった。準備ももちろん私達で行った。
彼が洗ったお米はすでに炊けている。私が作った生野菜サラダもテーブルに並べた。
彼がご飯をよそい、その上にカレーをかけた。
マダムが部屋着に着替え終えて、テーブルに着いたところで三人は夕飯にした。
「美味しい!」
黄土色の物体をスプーンですくって、おっかなびっくり口に入れた私は驚き、それを見て二人が微笑んだ。
「たくさん作ったから遠慮無くおかわりしてね、ルーシー。もちろん君が遠慮なんかするわけないだろうけど」
彼は私の昼のピザの食べっぷりのことを持ち出した。私はギプスで固められている左足で、テーブルの反対側に座っている彼の足を蹴り上げた。
「いてっ」
彼が飛び上がり、テーブルが少し揺れた。事情の知らないマダムは、二人のやりとりに目を丸くした。
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