第14話 昴のガールフレンド

「それじゃ行ってきます。僕がいなくて寂しいかも知れないけど、良い子にしてるんだよ.お土産買ってくるから良い子にしてるんだよ」

「はいはい、行ってらっしゃい」


 玄関先で靴を履きながら、子供のくせに私を子供扱いした物言いをするモチダを、私は松葉杖を着き、片手をひらひらさせて送り出した。

 今、彼は定期連絡のため、東京のトリガー本部へ出かけた。

 マダムも仕事にいっているので、今日この家にいるのは私一人だけになる。


 日本は捕虜である私を信用しているのか、それとも逃げてもかまわないのか、あきれるくらいほったらかしにしている。

 最も私には逃げる気はない。 

 逃げて失敗するリスクを負うより、両政府の話し合いによる捕虜釈放を待った方が現実的なだけだ。

 怪我が治るまでの療養だと思うことにしている。

 今も戦場では仲間が戦っていることを考えれると、罪悪感を感じるが今私にできることは一刻も早く怪我を治すことだけだ。

 となればせっかくなので一人の時間を楽しもう。


 午前中は怪我を治し、いち早く戦列に復帰するべく軽く筋トレをして汗を流した。

 しかしお昼ご飯を一人で食べ、その食器を片付けると、残された時間を考えてうんざりした。意外とやることが無い。

 自分で煎れたコーヒーを飲み、そして意味も無くマグカップを回してると、軽快な電子音が家の中に響き渡った。

 何者かによって呼び鈴が押され、訪問の意思を表明したことを知らせている。

 一体だれだろうか。客が来ても日本語はわからないし、でもセールスマンだったら、外国人の私が対応したら簡単に帰らせる事ができる。


 玄関に向かうと、来客は勝手に引き戸を開き、すでに玄関の中に入っていた。  私は勝手に入られたことよりも、自分が鍵を閉め忘れていたことに驚いた。

 一応女性が一人で家にいるのにそれはあまりにも不用心すぎる。

 それほど長くもないのに、鍵を閉める習慣を忘れる程日本での生活になじんでいたのだ。


『ルーシーさん、こんにちは』


 訪問者は私が玄関に現れると自分から挨拶をした。持っていた翻訳機が彼女の言葉を英語に直す。そこにいたのは私が知っている人物だった。


「こんにちは、カエデ」


 私も挨拶を返した。彼女は以前見かけたときのように学校の制服を着てはおらず私服だった。


『ごめんなさい、勝手に入ったりして』

「良いのよ、気にしないで。モチダもマダムもいないわよ。今は私一人なの」 

『それは昴ちゃんから聞いて知ってます。ルーシーさんが一人で暇してるだろうから、話し相手になってくれないかと言われてきました。もしご迷惑なら帰ります』

「迷惑なんてことはないわ、実は暇で死にそうだったの」

『良かった。それじゃ、とりあえずお散歩しますか? いつもこの時間は昴ちゃんとお出かけしているって聞いてます』


 彼女は今日持田家には私一人しかいないのを知っていて訪問してくれたようだ。

 いつものようにルーシーは午後の散歩に出かける。今日は楓が彼女の車椅子を押す。


「迷惑かけてごめんなさい、カエデ」

『いいえ、良いんです。私もルーシーさんとお話ししたかったから』

「あら、本当はモチダに色目を使わないよう、釘を刺しに来たんじゃない?」


 私は笑った。


『そんなこと考えていません!』

「大丈夫、隠さなくても。私はカエデを応援するわ」

『もう!』


 彼女は頬を染めた。


「今日、学校はお休み?」

『いいえ、今日は試験だったので、授業は半日で終わりました』

「えっ、だったら私なんかかまってて大丈夫? 家で試験勉強した方が良いんじゃない?」

『いいえ、それは大丈夫です。試験なら今日で終わりました』

「なら、良いんだけど。そういえばモチダとカエデは同い年ね。本当なら二人で同じ高校で勉強してたかも知れないのに」

『昴ちゃん、小学校で登校拒否をして、それ以来学校に行ってないんです』

「それはモチダ本人がこの間言ってたわ、細かい理由までは聞いていないけど」

『アメリカにはないでしょうけど、原因はイジメです。しかも私のせいです』

「カエデのせい?」  

『私と昴ちゃんとは母親同士が仲が良くて、小さい頃から一緒でした。私はどんくさくて、良くいじめられていた。そんな私を彼は守ってくれたんです』

「モチダはカエデのナイトなのね」

『ええ、それがある日、いつものように私を守るために、相手を怪我させちゃったんです。昴ちゃんは悪くなかったけど相手の親が怒鳴り込んできた。親がボスみたいな人で、周りを巻き込んで昴ちゃん一人だけを悪者にした。いじめが行われているなんて学校は認めたくないのと、多勢を敵に回したくないので、昴ちゃん一人の暴力事件として片付けられた。彼の訴えを大人は無視をした」

「マダムは何もしなかったの?」

『おばさんは昴ちゃんのことを信じるっていった。でも多勢に無勢。昴ちゃんの家はお父さんがいない、だから乱暴な子に育ったんだとみんな言ったわ』

「偏見ね」

『それ以降、昴ちゃんは学校に行かなくなって家に閉じこもってしまった。私も何度も会いに通ったけど駄目だった』

「カウンセリングは受けさせなかったの?」

『スクールカウンセラーは学校に常駐していません。彼らは多忙なので自分の意思で受けない人は、事実上放置されます。わざわざ家庭訪問したりしません』

「せっかくのシステムなのに役立たずね」

『だからトリガーになるって聞いたときは驚きました。私は昴ちゃんが戦争に行くって聞いて反対した。もちろん捺江おばさんも反対をしています。でも周りの反対を押し切って結局トリガーになってしまったんです。戦争で敵を皆殺しにしてくるって言ってた、そのときの昴ちゃん顔を忘れられません。彼は全ての人間を憎んで戦場に行ったんです」

「今の穏やかな彼からは信じられない話ね。できるだけ戦争で人を傷つけたくないって言ってるくらいなのに」

『トリガーとして戦場に行った半年後くらいに一度帰ってきたんです。そのときは信じられないぐらい和やかな顔になっていました。戦争は良くないともそのときは話してました』

「その半年間で、何か彼を変えるようなことがあったのね。ねぇカエデ、もっとモチダのことを教えて」

『じゃあ、暗いお話はこの辺にして楽しいお話を。まだ私たちが幼稚園だった頃・・・・・・』


 散歩から戻ったあとは持田家に帰り、二人でお茶を飲みながら話に花を咲かせた。

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