第13話 秋祭り
「普通お祭りは夏にやるもんなんだけど、この辺はお米の収穫が終わった秋にやるんだ」
モチダはそう説明しながら、私を乗せた車いすを押す。
彼は日本を知ってもらおうと、私を連れていろいろなところに出かけるが、ここは敵国のまっただ中、アメリカ人である私がうろうろして危険な目に遭う可能性はないのだろうか。
護衛はいないし彼の体つきを見ればあまり戦闘が得意には見えない。
そしてナイフの一本さえ武装している様子は無い。
どこからか高くて独特のリズムを刻む笛の音が聞こえてきた。
その音の方向にモチダは車椅子を進めているようだ。
拓けた広場へとすすむと、トリイと言われるシュラインのゲートが建っていて、その向こうには長く続く石畳の道が見える。
道の横には派手にデコレーションされた屋台が並び、それが甘い匂いや辛い匂いを辺りに振りまいている。
人の喧騒が、笛の音のBGMを打ち消している。
私は日本に来てしばらく経つが、これだけたくさんの人で賑わっているところに来るのは初めてだった。
「すごいお店の数、これ全部食べ物の店なの?」
私達はトリイをくぐり、両側を屋台に挟まれた石畳の道を進む。
久々に嗅ぐ、それらの店から漂うジャンクフードの香りが胃袋を刺激する。
「わたあめ、ベビーカステラ、お好み焼き、イカ焼き、焼きそば、リンゴ飴、クレープ、かき氷、フランクフルト、じゃがバター、全部食べ物屋だよ。但し、使われている肉は全部合成肉でじゃがバターは正確にはじゃがマーガリン。昔は他にたこ焼きやチョコバナナがあったんだけど蛸とバナナが入手困難で最近は見なくなったね。食べ物やだけではなくゲームもあるよ。そこに金魚すくい、あそこには射的がある」
「あ、狙撃なら自信があるわよ」
「やってみる? あそこの棚にあるものを狙って、撃って倒したものをもらえるんだ」
モチダは店の主人にお金を払い、空気銃とコルクでできた弾を3個受け取った。
銃は引き金を引くとバネで圧縮された空気が、銃先に詰めたコルクを飛ばすものだ。
彼はスプリングのレバーを手前に引き、弾を1個銃先に詰めてから車椅子の私に渡した。
受け取った私は椅子から立ち上がり構えた。
左足はギプスで固められたままだったが立ち上がっても特に痛みは無いもののちょっと不安定だ。
それを見たモチダが頼んでも無いのに、私の後ろに立ち両手で私の腰を左右から支える。
少年、それはセクハラだ。しかし私は大人、子供のすることにいちいちお姉さんは目くじら立てたりしない。
そしてここは戦場でもある、男も女も関係ない、いるのは戦士のみ。
世話になっているとはいえ、少々扱いが低いこの少年を見返すチャンスでもある。
3段のひな壇の上には獲物が横一列に並んでいる。
「まず最初は小さいものから狙って・・・・・・」
よく狙って引き金を引くとポン、と軽い音がして飛んだコルクが棚の上のお菓子の箱を倒し、その勢いで棚から転げ落ちた。ここのルールでは倒しただけでは駄目で棚から落とさないと駄目らしい。
「お、やった。すごいよルーシー」
私の後ろに立つモチダが驚きの声を上げた。
「あたーりー、おめでとうございます」
坊主頭にねじりはちまきを巻いた四十歳前後に見える店主は、愛想笑いを浮かべて今落としたキャラメルの箱を私に渡した。
「この店を破産させてやるわ」
私はさらにレバーを引きコルクを詰め、次の獲物に狙いを定めた。
「あの銃スプリングが弱いのよ。それかきっと景品は棚に接着剤でくっついているに決まっているわ」
私はそうブツブツ言いながら棒に刺さったイカの姿焼きにかぶりついた。香ばしいソイソースの香りが口の中に広がる。
その前に私は小豆の入った魚の形をした手のひらサイズのパイ、肉もどきで作った牛櫛のようなものなどを完食していた。
結局取れた景品はその最初のキャラメル一箱だけだった。
熱が入った私はその後三回射的ゲームを続け、ついにモチダに止められてしまった。
彼に私を見直させるという企みは失敗に終わった。むしろ下げてしまったようだ。
こうなったらやけ食いだ。普段もらってばかりで使い道の無い小遣いを、全て買い食いに費やそう。
モチダはこのやけ食いは止めなかった。
「まあまあ、機嫌を直しなよルーシー」
モチダの、笑顔で開いた口からキャラメルがのぞく。それはさっき私がとった景品だ。
彼は車いすを押し、私をシュラインの裏手にある小高い丘へ連れて行く。そこには他に先客がいて、家族連れやカップルなどがちらほら見える。
モチダは腕時計を見た。
「そろそろ始まるよ」
私は何のためかは解らないが瓶の中にガラス玉を入れたソーダ水で喉を潤しながらそのときを待った。
突然爆発音がして空に大きな花が咲いた。
それを合図に次々と夜空に花が咲く。
「きれい・・・・・・」
自然とそんな言葉が口から零れる。花火は何度も見ているはずなのに。
花火はいつどこで見ても美しい。そしてこの国の人達も同じものを見て美しいと思う心を持っている。
それが当たり前のことなんだ、と初めて気がついた。
そして空をこがす程の火の大輪は10分位で咲き終わった。
周りで一緒に花火を見ていた人達はそれぞれそこを離れていく、休憩でもアクシデントでも無く、花火のショータイムはおわりのようだ。
モチダも車椅子を押し、私達は帰宅の途についた。
「え、本当に終わりなの?」
「物資不足で制限されてるんだ。戦場に行けばいくらでも見られるんだけどね」
戦場ではあらゆる物質が浪費され、それを維持するために戦場にいない人達がその割を食う。
母の手紙にも物の値段が数倍に跳ね上がったと書いてあった。
この国の人達が、花火をゆっくり楽しめるようになるのは、いつになるだろうか。
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