第7話 昴の実家 2

 運転手不在の車はゲートをくぐり、高速道路へと入ったようだ。

 片側二車線の信号のない道路を車はスムーズに走る。

 交通量はまばらだ。

 私はモチダからの会話に適当に相づちをうちながら、車窓から外をぼんやりと見る。

 ここは都会らしくニューヨーク程では無いが、コンクリート製の建物が隙間無く並んでいる。

 瓦解したものや、火災の痕は見受けられない。

 その景色を見ただけでは、この国が戦争中で世界から標的になっていることは解らない。


 この国は宇宙人に地球の外から守られているので、航空戦力による攻撃がほぼ無力化されている。

 噂だが、どこかの国からか撃ち込まれた核装備のICBMを、全て宇宙から迎撃したらしい。

 制空権を無くして戦争はできない、いやできるがそれがない方は甚大な被害を覚悟しなければならない。

 なので、戦争は制空権の弱い日本本土の外での小競り合いが中心となっている。


 やがて車窓からは家やビルが少なくなり、田んぼや畑が目に付くようになった。


「ここは高速道路だと思うけど空いているのね」

「うん、昔はもっとたくさん車が走っていたんだろうけど、今はエネルギー不足による規制で、個人で車を持つのは事実上禁止されているよ」


 車は高速道路のゲートらしいところを通りを出て、町中へと入った。

 当然車の速度が遅くなる。

 町中のはずなのに周りを走る車の量は高速道路とあまり変わらない。

 二十分くらい走り、車一台通れるような細い道路に入り、ある小さな平屋建ての家の前で、乗っていたワンボックスカーは止まった。

 小さいといっても私の目からはそう見えるだけであって、日本では標準的な大きさなのかもしれない。


 家の前には、四十代と見える女性が立っていた。

 彼女はモチダがドアを開き、車を降りると小走りでこちらに駆け寄ってくる。彼女はそのままの勢いで彼に抱きつき、大声を上げて泣いた。

 彼も女性の背中に手を回し抱きしめ返した。彼の目にも涙が光っている。

 しばらく二人は抱擁したあと、女性は彼の解放した。


「ごめん、ほったらかしにして」


 車に戻ってきた彼はリアハッチを開き、私が乗った車いすを、スロープを使い下ろした。


「彼女があなたのママなのね」

「そうだよ。持田捺江、歳は四十五歳、僕を十五年間女手一つで育ててくれた人だ」


 車から降ろされた私の元に、彼のママが寄ってきた。


『こんにちは。初めましてマシソンさん。私は昴の母、持田捺江といいます』


 彼女はスマートホンの翻訳機能を使って私に語りかけた。彼女は英語が話せないようだ。


「初めましてマダム。私はルーシー・マリア・マシソンといいます。しばらくの間お世話になります」


 私はここでも車いすに座ったまま日本式に軽く頭を下げて挨拶を返した。

 モチダが荷物を降ろしドアを閉めると、車は無人のまま走り去った。

 荷物持ちは彼が、車いすを押すのはマダムが請け負った。


『話は田中さんから聞いています。自分のうちだと思って遠慮無くくつろいでくださいね』


 玄関には着脱式のスロープがあり、車いすごと私はは家の中に通された。


『狭いけどこの部屋を使ってね』


 部屋に通されると枯れ草のにおいを感じた。初めて見るが畳というものが敷き詰められた部屋らしい。

 荷物を部屋の中に下ろすとマダムはモチダを部屋から追い出した。彼女は荷物から服を取り出すと、身軽な服に私を着替えさせた。


『もうお昼は過ぎてるわね。ご飯にしましょう』


 マダムは再びモチダを呼んだ。私は彼に車いすを押され、キッチンへと案内される。

 シンクの前にマダムが立つと彼は彼女の手伝いをした。

 テーブルの前に座らせられたままの私は手持ちぶさたで、作業する二人を眺めているしかない。二人を見ていて私は自分の母親を思い出した。


 二人が作業を始めて、そんなに待たずに食事はテーブルに並んだ。

 料理はすでにできていて温め直すだけだったらしい。ハンバーグと生野菜サラダ、豆腐とわかめの味噌汁、モチダとマダムにはお椀にご飯が盛りつけておいてある。私の前には、バターロールとマーガリンがお皿に載せて置いてある。

 二人の前には箸、私の前にはナイフとフォーク、それと箸も一応置いてある。

 二人はテーブルを挟んで車いすのままの私の反対側に座った。


『では頂きましょう』

「いただきます」


 ハンバーグは左手がギプスで固められていて不自由な私のため、マダムが一口大に細かく切って食べやすいようにしてくれた。それをフォークで一つ一つ私は突き刺して食べる。


『パンも食べたいなら言ってね。マーガリンとあと苺のジャムも用意してあるわよ』

 私は遠慮無くバターロールを一つ要求し、半分にちぎってもらいそれの切り口にマーガリンを塗ってもらった。


「このハンバーグは何のお肉ですか、マダム?」


 私は初めて食べる感触に困惑した。決してまずいわけでは無いが肉独特の風味が欠けている。

 マダムではなく昴が答えた。


「合成肉さ」


 合成肉とは育てた牛や鳥の体ではなく科学的に作った肉のことだ。

 アメリカにもあるがあまり歓迎されていない。貧しい人が食べるもの、と考えられていて好んで口にする人はいない。発がん性を強く主張する人もいる。


「この国では食糧不足が深刻で、好き嫌いを言ってたらあっという間に餓死しちゃうよ」


 彼には私の質問した意図が伝わったようだ。そして彼もこのハンバーグが旨いと思って食べているようでは無いらしい。

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