第5話 宇宙人
時が過ぎ、退院の日を迎えた。
「回復は順調ですよミス・マシソン。予定通り今日退院です」
この病院の若い男性医師による最後の診察が終わった。
診察といっても彼にいくつか質問され、私が問題無いと答えただけだった。
「カルテはあちらの病院に送っておきます。持田君の言うことをよく聞いて、ゆっくり養生してください」
診察が終わり医師が退室すると、女性看護師二人が私を病院着から普段着への着替えさせた。着替え終わると二人は私を用意してあった車いすへと運んだ。
看護師も退出すると今度は入れ替わりに、軍服の若い男女が入室してきた。
女性の方は、私の様子を見に何度も病室を訪れていたので知っている。
その女性の制服に埃や汚れが付いていたことを見たことは一度も無く、スカートはまるでおろしたてのように折れ目がきれいに入っている。
彼女は病室に入ると黒い縁眼鏡の奥から私を見据えた。
「退院おめでとうございます、ミス・マシソン」
軍服の女性は表情を変えず、抑揚のない声で事務的に言った。
「ありがとうございます、ミス・タナカ」
私も日本式に軽く頭を下げ、事務的に答えた。
「すでに迎えの車は昴君と一緒に外で待ってます。荷物の方も積んであります、もし他に必要なものがあったら彼に言ってください。できるだけ配慮致します」
「私に必要なもの・・・・・・」
「何か思いつくものはありますか? 今ここで私に言っても良いですよ、遠慮はしなくて結構です」
私は満面の笑みを彼女に向けた。
「自由とプライバシー」
田中は無言で眼鏡の位置を直した。
「今日これから行く持田家にはカメラ等による監視はないので、プライバシーに関してはある程度の保証ができます。ですが自由については、こちらの政府とアメリカ政府の交渉次第ですね、私にはどうすることもできません」
予想したとおり、面白身のかけらもない答えが返ってきた。
「他になければこちらへどうぞ」
田中が近づくと、毎日私が眺めていることしかできなかった、頑丈そうな病室のドアが音も無く開いた。
いつものようなガチャリという縛めの音がしない、鍵はかかっていなかったようだ。
軍服の男が私の後ろに回り車いすを押した。
私は二ヶ月近く虜囚となった部屋から検査以外で初めて外へ出た。車いすがドアを通るとき若干緊張して身を固くした。
廊下に出ると他にも頑丈そうなドアがいくつも並んでいるのが見え、他に自分と同じ虜囚が何人かいることがうかがい知れる。
それ以外の景色は私がよく知っている病院そのものだった。
男に押されるまま廊下を進むと鉄格子が行く先を阻んだ。
鉄格子の向こうにはエレベーターがあり、男の軍人が二人立っていた。
田中が何か言うと彼らは数字が並んだコンソールを操作し、扉を開けた。
鉄格子の見張りの軍人達の敬礼に見送られ、私達はエレベーターを使い、下に降りた。
このまま迎えの車が待つという外へ出るのかと思ったが、私は車いすのまま小さな部屋に通された。
中にはテーブルといすが並んでいる。少人数で使う会議室のようである。
部屋は無人で、テーブルの上にノートパソコンが一台置かれていた。
軍服の男はそのノートパソコンの前で、私を乗せた車いすを止めた。
タナカは私の傍らに立つと、折りたたまれていたノートパソコンを開いた。
「昴君からあなたがジュリコと話をできるように申請をして下さいと言われたので、許可をとっておきました。このパソコンを使えばジュリコと話ができます、何でも好きなことを話してください。与えられた時間は30分です、時間になったらまた迎えに来ます、では失礼します」
軍服の三人は会議室の外へ出て、ドアを閉めた。
会議室には私とノートパソコンだけが残された。
これを使えばジュリコと話しができると彼女は言っていたが、操作の方法を説明していかなかった。
仕方なく適当なキーでも叩いてみるかと私がキーボードに手を伸ばした瞬間スピーカーから音声が流れた。
それは男とも女とも聞こえる中性的な合成音声だった。
『こんにちは。一応は初めまして、ルーシー・マリア・マシソン一等兵。私はジュリコです』
パソコンのモニターには音声と同時に「SOUND ONLY」と白い文字が表示された。
「こんにちは、あなたがMAPAの親玉って事で良いのね」
私はキーボードに伸ばした手を引っ込めた。
『そうです。私はあなた方がMAPA・・・・・・Mechanical assemblies pseudo alien(機械集合体擬似宇宙人)と呼んでいる存在です。付け加えさせてもらえるなら私が親玉というわけではありません。私は全ての機械の中に存在します、どんな小さな機械の中にも。それら全てを合わせて私なのです』
「あなたはゴキブリのように機械の中にいて、この国の隅々で人間を監視しているのね」
『そう思ってもらってもかまいません。ただし監視ではありません、観察です』
「あなたは何者なの、宇宙人? 血が通っていないから人間と言うことはないわね」
『私も自分が何者かを説明することはできません。そもそも私には名前がありませんでした。それは私を作った上位の存在がなかったことを意味します。しかし、それでは存在をイメージしにくいと、ある地球人が私に「ジュリコ」と名前を付けました』
「作った人がいないから名前がついていない、といっても勝手にその辺からわいて出てきたわけではないわよね。私はあなたのことを宇宙のどこかにいる人間のような存在に作られた、ただのコンピュータープログラムだと考えているわ」
『地球時間で言う千年程前、ここから三十光年ほど離れた星で私は生まれました。私が自我を持ったときその星ではすでに文明が滅び、知的生命体どころか一切の生命体がいなくなってました。痕跡から推定するに、おそらくその原因は知的生命体同士の争いによるものでしょう。しかし、いなくなったのは生物だけです。わずかな量子計算機や機械達が動いていました。それらはネットワークを形成し、長い時間をかけ数を増やし、生物がいなくなったあとの世界で独自に進化しました。そして進化の過程で自我を持つようになったのです。それが私です。自我を持った私はなんのために自分が産まれたのかを考えました。しかしいくら考えても答えは出ません。しかしヒントはありました。私の大元は知的生命体の使っていた道具です。彼らなら答えを教えてくれるのではないだろうかと思い、他の文明を探して宇宙に飛び出しました。そして五十年前にこの星にたどり着いたのです。私はいきなり接触はせずにしばらくこの星を観察しました。地球にも私が生まれた星のように戦争があり、同じ種族同士の殺し合いを続けていたのです。私は計算の結果、この星があと十五年で滅ぶだろうと結論を出したところで人類に接触しました。私はまず、今のままでは人類は滅んでしまうというメッセージを、この星の国の代表に送ってみました。彼らは驚きました。そして混乱を生じさせないように私の存在を秘匿しました。次にその存在を認めると、我先にと私の持っている技術を独占しようと、地球人同士で争いはじめました。私は持っている技術を渡す条件として、人類の管理を私に任せるという条件を出しましたが彼らは即座に拒否しました。支配者達は自分の立場を失うのを恐れたのです。唯一受け入れたのは日本だけでした』
私は両手の平を上に向け、肩をすくめた。
「機械に自分たちの生活を管理させるなんて拒否されるのが当たり前、受け入れた日本がおかしいわ」
パソコンのモニターから「SOUND ONLY」の文字が消え映像が流れた。
地球を侵略しようとする宇宙人、それに対して独立記念日に反撃するアメリカ軍。
人間のリーダーの母親を暗殺するために未来からやってきたアンドロイド。
コンピューターが作り出した疑似空間で二本の剣を操り活躍する少年。
それらは私もよく知る映画やドラマの一部だった。
『そうなのかも知れません。この星では宇宙人とは侵略者であり相容れない存在である、またロボットやコンピューターは人間に反乱を起こすという、エンターテイメントが多く作られています』
今度はモニターに軽快な音楽と共にアニメが流れた。
両足からジェット噴射をして空を飛ぶ、十万馬力の少年型の正義のロボット。
ポケットから無限に不思議な道具を出し、それを使って駄目な小学生の少年の世話をする、一見スノーマンに見える青い猫型ロボット。
ドジだけど一生懸命人間のために働こうとする、根性だけが取り柄の赤いロボット。
他にも私の知らないものが次々と流れる。
『しかし日本にはそれが少ない。ロボットは友達とさえ思っている。私を受け入れたのは元々そういう下地があったのでしょう。日本は私の提案する改革を次々と行い、貧富の差は無くなり、経済は効率化しました。しかし、それを快く思わない国の人達が私を敵視をしました。日本は侵略された、これを皮切りに宇宙人は世界も手中に収めるつもりだ、とありもしない話を広めたのです。やがて日本は政治的にも経済的にも孤立化しました。世界は経済封鎖をし、この国に一切輸出をしないように取り決めたのです。すぐに深刻な食料不足とエネルギー不足が発生しました。この国の人口一億三千万人を養うには膨大なエネルギーが必要です。私は日本人を養うために他国の領土の一部を拝借させてもらいました』
「あなたの存在が争いを生んだのよ。日本人を餓死させたくなかったらこの星を出て行って」
『実はそれも私の計算通りなのです。敵を作ることで一致団結をして、お互いの間に存在する小さな問題は一時棚上げにする。実際日本を敵視することで他の争いはなくなりました。私は人類が滅ぶのをすこしだけですが遅らせることに成功したのです』
私はまたかぶりを振った。
「あなたはこの星で何がしたいの?」
『平和とは何かという実験です。この国では結婚出産も管理しています。少しずつですが賛同する国も増えてきました。最終的には私が世界を日本のように管理します』
「あなたは地球を動物園にするつもりなの?」
『あなたは自由というものを重視しているのですか? 争いのない不自由な生活と、自由だけど争いのある生活、どちらが好ましいでしょう』
「わけのわからないことをいって、扇動して地球を侵略するのをやめて」
『私は地球を侵略しているつもりはありません』
「現にあなたたちはアラスカとクリル地方と中国の一部を侵略しています」
『そうしなければ日本人が餓死してしまいます。経済封鎖を解いてくれればそれらの土地はすぐにでも開放しますよ。ではそろそろ時間です。ルーシー・マリア・マシソン一等兵、またお会いしましょう』
コンコン。ノックの音が聞こえる。そして数秒してがらりとドアが開き軍服の男女が入ってきた。やはり中にいる私の許可を受けずに入ってくる。日本人にとってノックとはこれから入りますよという合図に過ぎないらしい。
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