第4話 病室
私は病院の個室のベッドに一人寝ていた。
体を拘束するようなものは何もない。ただ廊下に向かうドアは頑丈にできていて、普段は鍵がかかっているため内側からは開けられない。
窓は外の光は入ってくるものの曇りガラスで景色は見えない、もちろん固定されていて開けることもできない。
曇りガラスの向こうには、銀色の太い格子がわずかに透けて見える。
部屋の中には監視カメラがあり、私を二十四時間監視している。
私はベッドの上で悶々としていた。
部屋にはテレビがあり英語放送も視聴することもできたが、自分の置かれている状況を考えると、のんびり見ていることなどできない。
なんとかしてここから脱出する方法はないかとばかり考えている。
運ばれてきた時こそ指一本ぐらいしか動かせなかった私だったが、今は左手と左足がギプスで固められているだけで、点滴もしていない。
すでに自分の命の危機は脱していることは間違いない。
ギプスは樹脂製で石膏のものに比べて軽いが、動きに制限を加えているところは同じだ。
コンコンーー
ドアをノックする音が聞こえる。
誰かがこの部屋に入ってこようとしている。
わざわざノックなどしなくても監視カメラで中の状況は判っているはずだ。
それに今は医師、看護師の定期診察の時間ではない。
捕虜となって日本に連れてこられた私に見舞客など来るはずも無い。
しかし私にはこの時間にここを訪れる人間に心当たりがある。
私はそのノックに無視を決め込んだ。
ガチャリーー
ドアのロックがはずれた音がする。
そして、スライド式のドアが静かに横に開き、ノックの主と思われる男が、部屋の主である私の許可を得ずに部屋に入ってきた。
彼が部屋に入ると青い鉄製のドアは勝手に閉まり、再びガチャリとドアがロックした重い音が聞こえる。
中に入ってきたのは花束を持った若い男性だった。
彼は白い服を着ておらず、医療関係者ではない事が判る。
私は景色の見えない窓に顔を向けた。
「こんにちは、ミス・マシソン。体のお加減はどうですか?」
数日前から毎日病室を訪れている若い男は軽い声で私に聞いた。
「ついさっきまで良好でした。ミスター・モチダ」
顔を背けたまま私は答えた。
「うーん、それはいけないな。この部屋に来る前に医者と話をしてきたんですが、あなたの体は順調に回復しているということです。きっとこんな狭い部屋に一日中閉じこめられているから、心の方が病んでしまったんでしょう。でも大丈夫、僕の田舎は良いところです。数日過ごしただけでみるみる回復しますよ」
「ハァ~」
私ははため息を吐き軽く頭を左右に振った。遠回しにあなたの顔を見たから具合が悪くなった、という皮肉が通じなかったからだ。
「予定どおり退院は明後日ですよ」
彼は花瓶の花を、持ってきたものに交換しながら言った。
「退院した後は、あなたとあなたの実家に行く事は決まってるいるのね」
「ええ、入院してまで治療する必要は無くなったけど怪我が治ったわけではありませんからね。どこか環境の良いところで療養が必要ってジュリコは判断したようです。そこでたまたま長期休暇を命じられた僕のところに白羽の矢が立った、ということらしいです。あなたも全く知らない人の家に行くよりも、気を使わなくて済むから良いんじゃありませんか?」
「知り合いっていっても、戦場でちょっと顔を合わせただけじゃないの」
「それでも顔見知りな事に変わりは無いでしょう。重傷を負ってアメリカ軍において行かれたあなたを助けたのは僕なんですから」
私はかぶりを振った。
「確かにあなたは私を助けてくれたのかも知れない。けど、そもそも私を殺そうとしたのもあなたでしょう」
「だからドローンを使って何度も警告したでしょう、ここから先に入るな、帰れって。それを無視してあなたたちはやってきた。蜘蛛の巣へ自ら飛び込んでおいて、食べられるのはおかしい、というのは無理というものです。もっともミス・マシソンの部隊はおとりだったので逃げるわけにはいかなかったんでしょうけど。本隊の方も残念ながら、撃退されちゃいましたけどね」
彼は花瓶から抜いた古い花束を新聞紙でくるんだ。
「アラスカはアメリカのものよ。侵略者はあなたたちの方。私たちは自分のものを取り返そうとしているだけ」
私は強めの語気を彼にぶつけた。
「こちらとしても侵略したくて侵略したんじゃない、石油が必要だったからやむを得なかったんです。経済封鎖を解いて石油の取引を自由にしてくれれば、ジュリコはアラスカからの撤退を指示してくれるんじゃないかな」
「MAPAの言う事なんて信用できるものですか、あくまで生活のための最低限の侵略といいながら、これを足がかりにしてゆくゆくは地球全体を支配するつもりなんだわ」
「MAPA・・・・・・外国でのジュリコの呼び方ですね。どこか誤解があるようだ、ジュリコに直接会ってお話ししてみるといい。それを申請しておきます」
彼は新聞紙にくるんだ古い花束を持ってドアの前に立った。
「それじゃ今日のところは帰ります。明日は用事があってこれないけど、明後日の退院の日にはちゃんと迎えに上がります」
ドアは彼が触れていないのにガチャリと金属音をたて、縛めを解いた。そして横にスライドして開き、彼が部屋の外に出て行くと静かに閉まり、再びガチャリと音をたてた。
私はその音を聞くたびに、自分が虜囚となっているのを強く認識した。
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