第2話 戦争 2

 一時間程歩くと森は終わり、開かれた場所へとたどり着いた。


「森を抜けきる前にここで十五分の小休止をとる、全員水分を補給せよ」


 小隊長は全員にそう告げると数人の名前を呼び、見張りをするよう命令した。

 ジャケット兵達はヘルメットのサンバイザーを開け、ストロー付きのボトルから水を飲んだ。全員立ったままで休息をとっている、座ったり寝転んだりするものはいない。せいぜい木や岩に背中をもたれさせる程度だ。


「あれからなんの音沙汰もありませんね」


 副隊長は小隊長のそばに寄り、小声で話しかけた。ドローンによる警告から今まで敵からの接触はない。


「おそらく敵は我々の動きを把握しているんだろう。自分たちの力を誇示するため、ぎりぎりまで何もしてこない。今までもそうだった」


 突如二人の会話を割るように、金属同士をこするような耳を貫く破壊音が鳴り響いた。

 ジャケット兵達は持っていた水のボトルを投げ捨て、サンバイザーをおろし、銃を構えた。


『警告する。あなた達は日本の領地に進入している。直ちに引き返しなさい。引き返さない場合命の保証はない。警告する・・・・・・』


 破壊音が止むと、続いて機械の合成音声が流れた。兵達は銃を構えたまま周囲を見回すが敵の姿は確認できない。今度はドローンも飛んでいない。ジャケットのモニターには敵出現の表示はなく、音声は森の中に木霊し発信源がどこかも判らない。


『これは最終警告である。ここから退去せよ。攻撃開始まであと60秒、59、58・・・・・・』


 謎の合成音声によるカウントダウンが始まったが、小隊長は部下に散開を指示しただけで退却させなかった。

 兵達は数人が集まり互いの背中を預け合う形の隊列をとった。それらが森の中に数個できている。ジャケット兵達は敵の姿を探し、盛んに銃口と顔の向きを上下左右に動かした。


『・・・・・・5、4、3、2、1、0・・・・・・』


 合成音声はカウントダウンを終了させた。だが何も起こらず辺りには静寂が訪れた。

 小隊長はまだ気を抜かないように部下達に指示をした。


「・・・・・・」


 兵達は口を紡ぎかわりに目をむき、辺りをひたすら警戒する。緊張で皆顔に汗をにじませている。

 ピピピピピ。それまで沈黙していた兵達のジャケットのモニターが、一斉に警告音と共に敵出現を表示させた。モニターには敵を表す赤い丸が無数に表示されている。


「敵はどこだ! 数はどのくらいだ!」

「モニターの表示によると我々は囲まれています! 敵の数は数えきれません!」


 小隊長は目をこらして周りを見回した。しかし敵らしい姿は確認できない。ただ

うっそうとした森が続いているだけだ。モニターの故障も疑ったが、全員のものが一斉に故障する事はあり得ない。


 ガシャンガシャン・・・・・・カラカラカラ・・・・・・キーキー


 兵の周りの風景を構成するものがぐにゃりと音を立てて変形した。今まで木、岩、草、鳥だと思っていたものに、無数の光る銀色の線が浮かびあがった。

 それらは、線を起点に上下左右にスライドして開き、本体をふくれ上げさせた。

 開いた部分からは銀色の金属をのぞかせ、そこから足を生えさせ、あるいは車輪を出し、カメラのレンズのようなものをのぞかせ、赤、青、黄、様々な小さい発光ダイオードで身をちりばめさせている。


 木だったものが手足を備え、人の大きさの倍はある巨大なロボットになった。

 単なる岩だと思っていたものが下部からキャタピラーを出現させ、上部を左右に開きその中に収納されていた砲口を伸ばし、戦車になった。

 風にそよいでいた草が、固い鋭利な刃物に姿を変えた。

 のんびりさえずっていた鳥が、本体にスピーカーをそなえ、耳障りな音を振りまいている。


 彼らは、敵の中で休憩を取っていたのだった。


「そ、総員攻撃開始!」


 小隊長は敵の攻撃が来る前に戦闘を許可すると、ジャケット兵達は四方八方に銃弾の雨を降らせた。

 木が変形してできた巨大ロボットはその腕を振り回しただけで、それに当たったジャケット兵達は木の葉のように宙に舞った。


 大岩でできた戦車の砲撃にまともに当たったジャケット兵は小石のように吹き飛び、地面に転がった。

 草が姿を変えた鋭利な刃物達は、爆発四散し、ジャケット兵達に鋭利な刃を突き刺した。


 妨害電波も発信されているため、ジャケット兵達は無線は使えない。

 鳥形スピーカーが高音と低音のノイズを放つため、お互いの声による意思の疎通もできなかった。

 ハンドサインやジェスチャーでは仲間を見る余裕がないため有効ではない。

 兵達はただ訓練通り、前もって打ち合わせた通りの戦闘を行った。

 敵は無数。銃撃では数を減らすことはできず、ジャケット兵達はグレネード弾による攻撃を織り交ぜる。それによりあちこちで起こった爆発は、炎の柱がセンサーを狂わせ、土埃により視界を奪い、爆音によって聴力を混乱させた。


 ジャケット兵達のモニターには残弾数が表示されている。それがものすごい勢いで減っていく。

 しかし、減っている弾の数と倒した敵の数から、ジャケット兵達には敵を全滅させる前に弾切れになってしまうことが直感で分かった。

 弾切れになった後はナイフや手足を使った肉弾戦を挑むしかないがそれは最後の手段である。


 そして、そのときはやってきた。あちこちで弾切れを起こしたジャケット兵が、銃を投げ捨て両手にナイフをつかみ敵に挑みかかった。

 しかし、ナイフで斬りかかっても敵の金属製のボディにはじかれ、小さな火花が起こるだけだった。

 兵達は己を鼓舞するように怒号をあげ、言葉が通じないのもお構いなくスラングで相手を罵倒した。


 次々に力尽く兵士達。動けるものが半数に近くなったころ、空に小さな爆発があった。

 赤い小さな玉が光を放ちながらゆっくりと降下してくる。

 それを見たジャケット兵達は次々に踵を返し、戦場を後にした。

 あるものは負傷した仲間に手を貸し、あるものは使い物にならなくなったジャケットを脱ぎ捨て、全員同じ方向へと走り去った。


 赤い小さな玉は撤退の合図だった。

 戦況は不利と悟った小隊長が打ち上げたのだった。

 背を向け逃げていくジャケット兵達を、ロボット達は攻撃を加えることなく見送った。


 兵達がいなくなるとあたりに静けさが戻った。

 わずかに壊れたロボットがあげる電気のショート音と、あちこちにできた小さな炎がものを燃やす音がするだけだ。

 自分たち以外動くものがいなくなったのを確認すると、ロボット達は戦闘による火災の消火作業にはいった。

 全ての木や草がロボットのダミーではない、本物もあったからだ。このままにしておくと大きな火災へと発展するかも知れない。

 あるものは、水や消化剤をまき鎮火させ、その装備がないものは地面を掘り起こし砂をかけた。


 戦闘が終わり平穏が訪れたはずの森に、大きな機械音声と断続的なブザー音が鳴り響いた。


『Help me』

『助けて下さい』

『请帮助』

『Bitte helfen』

『S'il vous plaît aider』

『Por favor, ayuda』


 様々な国の言葉で救助を要請する言葉をまくし立てている、その悲痛な叫び声の発信元となっているのは倒れている一人のジャケット兵からだった。

 ジャケット兵自身は意識を失っていた。ジャケットも半壊し所々火花をあげていた。

 彼女の着ているジャケット型装甲は主の命の危険を感じ取り、最後の力を振り絞って救助を求めあらゆる方法を試しているのだった。

 当然電波による救援信号も出ている。

 全身のあらゆるランプを明滅させて自分の存在を示している。

 しかしここは敵の勢力下である。味方による救助の可能性は低い。

 その危険性を考慮しても助けを求めないとならない程事態は切迫していた。

 火災の鎮火を終えたロボット達が、音と光に誘われ、助けを求めるサインを出し続けるジャケット兵の周りに集まってきた。

 彼らは彼女に危害を加えるわけではなく、ただ周りを一重二重に取り囲んで観察しているだけだった。


 その囲みが割れ、二本の足を持つ籠が姿を現した。ロボット達はその籠に道を空けたのだった。

 籠は鳥形の足を動かし、ゆっくりと彼女に近づいてきた。

 彼女の傍らで歩みを止めたそれは足をたたみ、籠を地に着けた。

 そこから人の型をとったものが降りる。

 その人型は全身を緑と黒の迷彩色を施した革のスーツに身をまとい、頭にはサンバイザー付きのヘルメットをかぶっている。

 サンバイザーは鏡状になっていて中をうかがい知ることはできない。

 その人型は彼女のそばによるとそのジャケットのヘルメットを脱がし、首筋に手を当てると安堵のため息を立てた。


「良かった。まだ生きている」


 人型がその一言を発すると、周りを囲んでいたロボット達は一斉に輪を解いた。


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