第1話 戦争 1
平原を六台の装甲車が疾走している。
それらは車体の左右についている三対の、合計六輪の大型チューブレスタイヤを激しく回転させ、まるで何かから逃げるように荒れた地を爆走させている。
屋根に貼った鏡は偵察衛星対策に設置されており周りの景色を写している。
平原と言っても完全な平地というわけではなく、所々地面が起伏していて、大きな岩が地面から突き出たところもある。
そんな箇所を避けるため、まっすぐ走ることはできず、装甲車は接触事故を防ぐため、お互いにある程度の距離をとり走っていた。
彼らがこの荒れ地を北に進んでいるのは物見遊山が目的では無い。
軍人を乗せ戦場に向かっているのだった。
この装甲車一台の定員は20人だが、今は10人しか乗っていない。
運転席には運転手と助手の二人、後ろの貨物室には18人乗れるところを今は8人の歩兵しかいない。
その8人が左右の壁を背に、それぞれ4人ずつ向かい合うように座っている。
この広い貨物室に8人しか収容できないのは彼らが身につけている重装備に原因がある。
重機動装甲兵と呼ばれる彼らは、全身をジグソーパズルように大小120のパーツに別れた装甲に身を包み、一人一人装甲兵専用のキャリアーに半分座ったままの状態でワイヤーで固定されている。
装甲は通常ジャケットと呼ばれていて、それらに身を包んで戦う兵のことはジャケット兵と呼称されているが、悪意を込めて中世の拷問器具アイアンメイデンに例えるものもいる。
装甲はハンドガン1丁にガトリングガン1機と専用の銃弾1万発、チタニウム製の大型ナイフが2本、10発のグレネード弾を装備している。もちろん人間が背負って動き回れる重さでは無いが、装甲には着ている兵士の筋力補正機能があり、最大300キログラムの物を持ち上げることができる。
重装備の兵によってだでさえ狭くなっている車内は、彼らがこれから戦場に赴くことも手伝って、エアコンも効いているにもかかわらず非常に息苦しい空気が漂っている。
動きやすいよう多数のパーツでできている機動装甲だが、移動中の今はできるだけ体を締め付けないスリープモードになっていて頭を覆うフードもあがっている。 しかし、息苦しさは軽減こそすれなくなったりはしない。
全員のジャケットの右肩には隊のエンブレム、左胸には星条旗がプリントされている。
それ以外にも個人によって様々なペイントを施している者がいる。
それらのペイントは半裸の女性、肉食の大型獣が人気のようだ。
中には漢字をペイントしている兵士もいる。
その個性を発揮しようとする集団の中にいて、何もペイントされていないジャケットを身につけている兵士は逆に目立つ。
隊のエンブレムと星条旗以外何もペイントされていない、真新しい装甲に身を包まれている若い女性の兵士に、隣の黒人のベテラン兵士が話しかけた。彼の装甲の左肩には「地獄に落ちろ」という日本語が赤い文字で書かれている。
「緊張しているか? ルーシー」
「いいえ緊張などしていません。ゴラス軍曹」
ルーキーのそんな強気な言葉に、鬼軍曹と言われているゴラスは、珍しく大きく口を開き、白い歯を見せ体を揺すって笑った。
「それは頼もしい限りだ。百戦錬磨と言われているこの俺でさえ、緊張してション便ちびりそうだというのに」
「緊張しすぎて麻痺しているんじゃねーのか」
二人の話を聞いていた別の兵士が茶々を入れた。
「適度に緊張は必要だ。だが、緊張し過ぎると体も思考も止まってしまう。何事にもほどほどというものがある」
若くてまじめと定評のある小隊長が言った。
「すいません、嘘をつきました。本当は今すぐ逃げ出して家に帰りたいです」
彼女は白状した。
「それでいいんだ、誰だって死ぬのは怖い」
「軍曹、戦場で生き残るコツというのはあるんでしょうか」
彼女はゴラスに青い瞳を向けた。
「うーん、そんなものはないな。どんなベテランだってコロッと逝っちまうし、逆にヘタレのルーキーがいつまでも生き残っていることもある。俺も何度も死地をくぐり抜けてきた方だけど、結局のところ生き残るのは運が良いやつだけだったといえる」
「軍曹は運が良い、と言うことですか?」
「運が良いともいえるし、ただ単にまだ死んでいないだけともいえるな」
『総員降車用意』
ジャケットのスピーカーから指示が流れ、二人の会話は中断された。
止まった装甲車の後方の扉が開き、運転手と助手席の二人を残した全員が下りた。
狭い車内に長い時間固定されていたため、多数の兵がまだスリープモードになったままのジャケットで伸びをし体をほぐしている。他の車両からもジャケット兵は外に出て、小隊ごとに列を組んだ。
全員が整列するとジャケットのスピーカーから中隊長の檄が流れる。
『リーダーからZ234各隊員へ、ここから先は木が生い茂って地面の起伏が激しい、装甲車での移動はできない。歩いて目標まで移動する。すでに我々は敵の警戒地域に入っていてもうその存在はばれていると思って良いだろう。警戒を怠るな。敵は強く、結束力に優れている、そして死ぬことを恐れていない、なぜなら死という概念がないからだ。奴らには魂も肉体も存在しない、ブリキの体にオイルの血が流れ電気をエネルギーとしている。だが、奴らは自分たちを生命体だと言い張り、人権を主張し、地球の支配者は自分たちこそふさわしいと言っている。全く滑稽な話だ。奴らはただ増殖するだけのアメーバーと同じだ、駆逐せよ。アメリカこそこの世で最強の国であり、地球は人間のものである。これは真実だ。我らには信仰の力がある、神を信じることこそ生きている証である、神と共にあれ』
中隊長の演説が終わると、小隊長のクルスは自分の部下に無線では無く口答で指示を伝えた。
まだ彼らのフードはあがったままなので顔に自然の風を感じている。
「では、作戦を確認する。我々の任務はカーザス油田群の奪回である。8小隊64人でこれにあたる。すでに我々とは別にアルファ隊がAルートを進んでいる、我々ベータ隊はBルートを進み、彼らの行動と連携して敵地を攻める。では前進!」
彼らはジャケットをスリープモードからスタンバイモードに移行させた。フードが下り頭部を守るが視界は必要最低限になり、装甲が体を締めあげる。
全員直線に列を組み、歩いて移動する。しゃべるものはいない。うっそうと木が茂る以外目印になるものは何もないが、ジャケットにはGPSナビゲーションシステムが組み込まれてあり、モニターに目的地の方向を指し示しているので迷うことはない。
『我々の動向は敵に筒抜けになっていると思っていい。警戒を怠るな』
小隊長が無線で隊員に忠告をする。
不意に空気を切り裂く小さな音が聞こえ、ジャケットが敵の出現を表す警告音を鳴らした。
全員訪問者に目と銃を向ける。彼らの視線の先には四枚のローターを持つ、平たいドローンがあった。
ドローンはローターを回転させ、空中に静止している。ピザの箱ぐらいの大きさの本体には赤いランプが二つと、下部にはモノアイのカメラがつり下がっている。 赤いランプは平行にある程度離れて設置されていて、動物の目を思い起こさせる。目立つギミックはそのくらいで、一目で武器は何もないのが分かり、兵士達は緊張を解いた。
ドローンは赤いランプを点滅させ、甲高い電子音を鳴らした。
『警告する、あなたたちは日本の領地へ進入している。今すぐ引き返しなさい。この警告に従わない場合は命の保証はできない。・・・・・・警告する、あなたたちは日本の領地』
兵の一人がハンドガンでドローンを打ち落とした。
「ファック! いつからアラスカはジャップのものになったんだ! ここはアメリカの領地だ。おまえらの方こそ出て行け! 出て行かないならこうしてやる!」
数人の兵が我先にと打ち落としたドローンに群がり、悪態をつきながらそれを何度も何度も踏みつぶした。
兵のジャケットのモニターが再び敵襲来の警告音を鳴らした。
全員素早く円型に陣を組み、円陣の中心に背をあずけ外側に正面を向けた。
数秒後、木々の間を縫って四方から先ほどと同じタイプのドローンが12機現れた。
全てのドローンが赤いランプを点滅させ、甲高い警告音を鳴らす。
『警告する、ここは日本の領地である、無用な敵対行動は止めよ』
『警告する、我々から攻撃をする意思はない、引き返すなら後は追わない』
『警告する、命を無駄にすることはない。逃げてもだれも臆病だとはいわない』
『警告する、地球は誰のものでもない』
『警告する、人間こそ至高の存在だという意識を捨て、自分の考えが正しいか今一度内省せよ』
ドローン達のスピーカーから人工に合成された音声が流れる。
それらは兵に近づいたり遠ざかったり、あるいは空中で回転しながら、銃を構えているジャケット兵の周りを飛びまわった。
「俺たちを馬鹿にしてるのか!」
兵達は一斉に銃を向け、全てのドローンを撃ち落とした。打ち落とされた後も赤ランプを明滅させ、スピーカーから音声を流しているものもあったが、兵が一つ一つ銃やナイフでとどめを刺すか、あるいは念入りに踏みつぶしてくず鉄に変えた。
「予定通り目的地まで前進する、敵に見つかったのは想定の範囲である」
騒がしいドローン達を沈黙させると、小隊長は全員に前進の指示を出した。
全員また一列に並び進軍を開始する。
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