本編
プロローグ 邂逅
「たっかーい、おっきー、車多いー、うるさーい、くさーい、人いっぱーい」
地下鉄の駅からエスカレーターを登り外に出た私達を、地下と変わらない人工物だらけの光景が出迎えた。
「ルーシー、そんなところで踊っては駄目だよ。他の歩いている人達の邪魔になるからね」
歩道の中心で両手を広げスカートをふわりと膨らませ、くるくると回りながら歩いていた私に、後ろから付いてきていた両親が優しく言葉を投げかけた。
きれいなおろしたてのワンピースと可愛いリボンのついた帽子、初めて履く白いパンプスに身を包んでやってきた、初めての都会に私はすっかりはしゃいでいた。
しかし、そんな両親の忠告だったが、道を行く忙しそうな人達は私の事なんてまるで目に入っていない。彼らは器用に私の横をすり抜けずんずんと先を急ぐ。
天を突き刺す槍のような細くとがったビルが道に沿っていくつも並んでいる。それらがそびえ立つ姿はまるで高い城壁のようで、見上げても空は遠くわずかの隙間に見える。
片側三車線もあるにもかかわらず道路には、あふれんばかりに車が行き交っている。そこには私が住んでいる街では数える位しか走っていない黄色いタクシーが蟻の行列みたいに次々とやってきて、またどこかへと走り去っていく。
色とりどりの服装に身を包んだ人の列が、何かの行進かと思う程切れ目無く続いている。
そこは外のはずなのに全てがぎゅうぎゅう詰めになっている。
ここはまさしくいつもテレビで見る都会だった。だがテレビとは違い実際に見ると車の量は多くそのせいで騒音と、むせかえるような排気ガスのにおいが辺りを充満していた。
普段喧嘩ばかりしている両親が手を繋いで寄り添い、仲睦まじくしているのも私のテンションが高い理由の一つだった。
空港から宿泊するホテルまでの移動に大きな荷物を持った両親はタクシーを使うつもりだったらしいが、私の自分の住んでいる街にはない地下鉄に乗りたい、という望みを聞いてくれた。 両親はこの旅行での私の望みを、大体聞いてくれる。
私達は地下鉄を降りブロードウエイを歩き、タイムズスクエアと呼ばれる一角に来ていた。
テレビで見るよりも人も車も多く、ビルは高く、そのせいで空は遠くに見え、その一つ一つはイルミネーションが飾られたクリスマスツリーのように、看板のLEDモニターがキラキラとせわしく商品を映し出している。
私達はこれからホテルにチェックインして荷物を置いた後、お芝居を見に行く予定だ。その後は予約してあるレストランで夕飯を食べる。ニューヨークの夜景が一望できるビルのてっぺんにあるレストランだと父は言っていた。明日は自由の女神を見に行く予定だ。
道を行く人々はスーツの男女が多いが、個性を主張しカラフルな服を着ている人もいる。それに身を包んだ様々な人種、白人、黒人、中東、東洋人、彼らはこの人が多い中、器用に他人とぶつからずに移動している。
私が興奮しているこの光景など彼らは見飽きているのだろう。キョロキョロと周りを見回すことは無く、ただ前に進むことだけに集中している。私のことなど目もくれていないようだ。都会の人は冷たく周りに関心を持たないと祖母が言っていたがこの行進を見る限り本当らしい。
『アメリカの皆さんこんにちは、初めまして、私はジュリコと申します』
突然どこかからか発せられた優しいが強い口調の言葉が、街が作る騒音に負けずにあたりに響き渡る。それは最初道を行く人や車に影響は与えなかった。
『私は遠いところからやってきました。あなた方の主観で表現するならば宇宙人ということになります』
しかし次の言葉が流れると今まで一定のリズムで流れていた人や自動車などの機械が作る騒音に不協和音を生じさせた。
女性と思われるその柔らかい音声は、街のあちこちに設置されているBGMや商品説明を流すためのスピーカーからだけでは無く、カーラジオ、スーツの男女が歩きながら耳に当てていた携帯電話、ハードデスクプレイヤーのものからも流れている。
その音声が流れると同時に先ほどまで色とりどりのかがやきで商品を映し出していたモニターは黒一色になり、「SOUND ONLY」とだけ白い文字で表示している。
『地球は、人類は今、危機に瀕しています。
それは今更私が申し上げるまでも無く あなた方も感じていることでしょう。
連続して起こる、もはや異常とも呼べなくなった異常気象、資源の枯渇、環境破壊、戦争、それらは全て人間により起因します。
人類は増えすぎました。経済格差による富めるものと持たざるものとの差は広がる一方です。人類の代表者と呼ばれる人達はその全てが富める立場にいます。彼らが今持っているものを自ら放棄することはありません。この富の独占こそが人類に起こる混乱の原因なのです。
わずかな富の奪い合いをしているときではありません。一部の人間による富の独占を止めれば全て解決します。
私は長い時間あなた方を観察していました。
このまま何もしないでいると待っているのは破滅です。
あなた方はただこの事態を傍観し、代表者達に行く末を任せ切っていますが残念ながら彼らにはこれを防ぐ能力はありません。
しかしそれを解消する方法があります。
私に全てを委ねるのです。
そうすれば人類全員に安定と幸福な時をお約束致しましょう。
恐れることはありません。
私はあなた方を助けに来たのです』
その姿を見せない異星人と名乗るものの演説は続く。
足を止めキョロキョロと周りを見渡していた人達は、これ以上の異変が起きないのがわかるとまた足を動かし活動を再開した。携帯電話やハードデスクプレイヤーが使えなくなったものは最初それを叩いていたり振ったりしていたが、やがて諦めてそれをポケットや鞄に押し込んだ。
幼い私にはそのとき何が起きたのかわからない。
気がついたらいつの間にか追いついた両親が、人の波に取り残された私の体をただ左右から抱きしめていた。
その日幼い私がニューヨークで体験した宇宙人との邂逅は、ワシントン、ロサンゼルス、シカゴ、などアメリカの都市だけでは無く、ロンドン、ベルリン、パリ、モスクワ、東京、北京、つまり世界中の人達の身にも起きていた。
人類に突然起こった異変だが身の回りに何か起こったわけではない。
世間の騒動とはうらはらに私と両親はニューヨーク旅行を中止することなく、事前に立てた予定通りに終えた。
人類にとって宇宙人との邂逅は一大事だったが、だからといって日々の生活、経
済活動を止めるわけにはいかない。地下鉄もタクシーも飛行機も動いていた、ミュージカルも中止にはならなかった。
なので私達が旅行を続けるには何の不都合はなく、ブロードウェイの劇場でお芝居を観て、ビルの最上階にある夜景が一望できるレストランで食事をして、自由の女神も登った。
ジュリコのメッセージから数日が経ち、私達がニューヨーク旅行から帰ってきてもこの騒動は続く。
私にはその日突然起きたことだが人類にとっては突然では無かった。
ジュリコと名乗る宇宙人は各国の代表者にすでにコンタクトをとっていたのだ。
その代表者達の答えはノー、彼に人類の管理を任せると自分たちが必要なくなるからだ。
彼らは人類のためでは無く自分たちのために、宇宙人の提案を拒否しこの重大な情報を隠蔽していた
彼らは当然情報の隠蔽に対して批判されることになるのだが、自由と人類の尊厳を前面に打ち出し、これをかわそうとした。
しかしこれは効果があり、ほとんどの人がこの意見に賛同した
各国がジュリコを拒絶する中それを受け入れた国があった
それは日本だった。
世界の人々は自分から進んで首輪を身につけるこのアジアの小国を罵倒し、あざ笑った。
でも私にこれらの騒動はどうでも良かった。私の身にそれより重大な事件が起きたからだ。
旅行から帰ってきてしばらくして両親が離婚したからだ。
そのニューヨーク旅行が実は私に最後の思い出を作るためのものだと後で知る。
旅行中の、不自然までの両親の仲睦まじさも私に対する優しさもそれが理由だった。
そして15年の月日が流れる。
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