第3話 戦争 3

「ごほっごほっ、はあはあ・・・・・・」


 私は何かにむせ、目を覚ました。だが視界はかすれ、はっきりものは見えない。ただ周りが明るいのだけはわかった。口には管が付いた半透明なマスクがあてがわれている。その管からは常に新鮮で少し冷たい空気がマスク内に送り込まれていて、私の呼吸を助けている。


 私は銀色のパイプを横半分に切ったような形のものの中にいる。そのパイプの中にエアーベッドが敷かれていて、その上に寝ていた。左足と左腕は布状のものが厚く巻き付けられ、動かないよう固定されていた。今まで締め付けていた窮屈なジャケット型装甲からは解放され、下着だけの姿で横たわり、体の上には毛布が掛けられている。

 私は、今自分が置かれている状況をつかむため、起き上がろうと全身に力を入れた。


「うぐっ」


 その途端全身に痛みが走り、口からはうめき声がもれる。

 私は情報収集を断念しベッドに体を預けた。

 今私がなんとか動かせるのは頭と右手だけだ、その右手にも点滴の針と管が付いていて動きに制限を加えた。


「目が覚めたんだね、あまり体を動かさない方が良いよ」


 男の声が聞こえる。

 私からはその姿は確認できないが、その声の調子から年齢は若いと思われる。


「ここは・・・・・・どこ?」

「ここはまだ戦場さ」


 私の救出と治療をしてくれたと思われるその男は私の寝ているパイプ型ベッドに顔をのぞき込ませた。

 私の霞んだ目には最初影にしか見えなかったが、しばらくすると視点が合い、

徐々に男の顔が見えてきた。

 彼は黒い髪、黒い大きな目をした東洋人風の姿を持ち、肌はきれいでしみ一つ無い。若いというより幼い印象を受ける。


「水、飲むかい?」


 彼は手に持った青いボトルを私に見せた。

 私は彼に言われて初めて自分ののどが渇いている事に気がついた。

 咳き込んだのもこれが原因のようだ。

 私は何も言わなかったが、彼は返事を聞かずに両手をパイプ型ベッドの中に差し入れた。

 私の顔のマスクをずらし、水が飲みやすいように頭を左手で軽く持ち上げ、右手で持ったボトルの飲み口を私の口につけ、ゆっくりと傾けた。

 ボトルの飲み口は細くストロー状になっている。

 こくこくこく。私はのどを鳴らし水を飲んだ。

 口の端から水がしたたり落ち、あごをを伝った。


「もういいわ、ありがとう」


 私は水を飲み終えるとお礼を言った。

 彼は左手に持った私の頭をそっとおろし、動いてずれた毛布と口のマスクを直した。

 口の端からしたたり落ちた水はそっと指で拭う。

 のどの渇きを癒やすと、私は自分の置かれている状況に心を配る程の余裕が生まれた。


「戦況はどうなったの。それから君は誰? 私の部隊では見ない顔だけど」

「アメリカ軍の敗北さ、みんな逃げてったよ。君を置いて、ね」


 彼は笑顔でさらに続けて言った。


「ジュリコにはできるだけアメリカ兵を傷つけないでくれって頼んだんだけど、君はちょっと運が悪かったね」


 彼との会話に微妙なずれが生じた。その原因を私は推測し、自分が出した答えに愕然となった。


「あなた、まさか日本人! ・・・・・・ぐふっ・・・・・・がはっがはっ」


 目の前にいるのが敵である日本人であると知り、私は思いつくあらん限りの言葉を使って罵ってやろうとして腹部に力を入れた途端激しく咳き込んだ。

 唯一動く右手で口をふさぐと、その手のひらには赤黒いものがべっとりと付いていた。


「あまり興奮しない方が良い、君は重傷なんだ。痛み止めが効いているから判らないだろうけど、左足と左手がグチャグチャに折れて、肋骨も折れて肺に突き刺さっている。内臓も損傷しているかも知れない」


 彼は私の顔や手に付いた血を濡れた布で拭い、新しい酸素吸入マスクに交換した。


「君の傷はかなり深い、高度な医学が整った施設で治療する必要がある。ここじゃこのぐらいの応急処置をするのが精一杯だよ。すでに救援は呼んである、君を運ぶためのヘリコプターがもうすぐ到着するだろう」

「はぁ、はぁ・・・・・・私は日本へ運ばれるの?」


 私は喘ぎながら言った。


「その可能性は高いね」


 私は自分の吐いた血を見て冷静になった。自分の命は今、彼に握られていると理解したからだ。


「ねぇ、教えて。日本のレストランでは食後のグリーンティーが無料だと聞いたけど本当?」

「しゃべるのは止めて安静にした方が良い。あと、誰に聞いたのか知らないけどそれは嘘だよ」

「そう、やっぱり嘘なの・・・・・・」


 私は全身の力を抜き、深く目をつぶった。


「日本のレストランではグリーンティーはテーブルの席に着いた直後、オーダーの前に運ばれてくる。そして、食事中何度おかわりしてもフリーだよ」

「そんな・・・・・・馬鹿な・・・・・・」


 私は目を開けて彼の顔を凝視した。目の前の少年は怪我で苦しむ自分を気遣って、ジョークをいっているのだろうとしか思えなかった。


「僕が嘘をついているのかどうか、自分の目で確かめてみると良いよ」


 そう言うと少年は空を見上げる。彼の視線の方向からヘリコプター特有の単一ローターが空気を切り裂く音が聞こえた。

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