腑分け

 早朝。雨が降った翌日の朝は特に清々しく、蒸し暑ささえも感じさせない空気の流れを俺は好んでいる。


「いってきまーす!」


「俺も。行ってくる」


 威勢の良い双子の妹と同時刻に家を出て、駅までの道のりを共に過ごす。このルーティーンは一回も崩れることはなかった。


「あ、チカ、襟曲がってる」


「ちょ、お兄ちゃん……。いいよ、自分でやるからさぁ」


 たった5分の年の差にもかかわらず“お兄ちゃん”と呼ぶ妹のシャツの襟を直そうとするも、絆創膏だらけの手で振り払われてしまう。


「まったく、未就学児じゃあるまいし……。なんか、昔っから過保護だもんね、お兄ちゃんって」


 むすすと頬を膨らませたチカの顔は、まさに俺が小3の頃に目にした、恥じらう彼女の表情と合致マッチした。無垢で、幼く、愛おしく思え、とても気分を高揚させてくれた。しかし、それで俺の欲求は満たされることなく、何度も刺激を求めるきっかけとなった。幸い、現在もバレずに済んでいる。


「じゃ、いってくるねー! あ、隼人くん……、うん、私のお兄ちゃんなの。それでね……」


 どうやらボーイフレンドと待ち合わせしていたようで、俺の視界から速やかに消えていった。

 俺が彼女を愛おしく思うにはちゃんとした理由がある。ただのシスコンと周囲から偏見の目で見られることも多々あるが、馬鹿な奴等に構う暇などなかった。


満員の電車を乗り継ぎ、空調が効いているくせに蒸し暑かった金属製の匣の中を抜け出すと、毎度、俺を日々の苛立ちのはけ口にする集団が改札前で待ち構えていた。


「よォ、海雅カイガくぅん。今日も遊んでくれるかなぁ?」


服装は乱れ、言葉づかいは荒く、笑みを孕んだ表情で俺を誘う。奴等の図体の大きさと威圧感が、奴等に権力があることを示している。しかし、俺は何も感じなかった。そして、逃げもしない俺の両腕を絡ませて、強引に人目のつかない場所へ向かわせた。

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