喰違
現在は19時。
すっかり
しばらくの間、血を見ていなかったので、自傷の感覚を忘れてしまっていた。じっと、食い入るように見ていた。
「ただいま。……お母さん? どうしたの」
帰宅した我が子の声で正気に取り返すと、何事もなかったように振る舞った。
「……ああ、ちょっと手を切っちゃったみたい。でもどうってことないから。
先にお風呂入ってらっしゃい」
「はーい。もうカバンまで濡れてんじゃん……。サイアク」
びしょ濡れになった全身よりも、私は娘が手にしているボストンバッグが視界に入った。夕飯の準備をしながら、チラチラとそれに視線を注いでいる。その中には、案の定、思い当たるものが詰められていた。
「……ねえ、
「ん? なーに?」
「そのボストンバッグ、もしかして……」
「え? 入ってるもの? もちろん死体だけど」
嬉しそうにこの子は物語っている。バッグの中身を散らすと、綺麗な切り口の腕や、血みどろのくり抜かれた眼球を弄んでいた。
「今日も放課後、遊んできたんだよ」
私は反射的に娘の頬を叩いた。
「お母さん……?」
「なにやってるの!? あれほど快楽主義で
「なに勘違いしてんの?」
叱責する私の声を遮って、考えをすかさず否定した我が子は、罪の意識を全く感じていない気配だった。
「その子、お父さんを撲殺したんだって。
最後、娘が発した言葉は、聞くたびに封じ込めた忌々しい記憶を蘇らせてしまう。
「お母さんは浮気して家を出ちゃって、お父さんから暴力を受けてたんだって。家の中にずっと閉じ込められてて、3日以上放置されてたこともあったらしいよ……。それで、今日、逃げようと思って殺したんだって、話してくれた。だけど、話聞いてる時に幸せそうな顔してたから、逝かせてあげた」
「そんな理由で……」
「そんな理由? じゃあ誰が私のお父さんを殺したの? 誰が私に殺すことを教えたの?」
質問に対して、答えは知っている。だけど、答えてしまったら、私はもうお払い箱。この子に支配されてしまうことはもう目の当たりにしている。
「じゃ、勉強するから。邪魔しないでね」
冷淡な声を私に浴びせ、何事もなかったように振る舞い、部屋を出て行った。
私はその場から、消え失せることは不可能と見据え、身体が崩れ落ちた。
散乱していた死体は、既に蝿がたかっていて、肉片がこびりついていた。
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