鉄道ファン・鉄道カメラマン、そしてマニア氏の鼎談

第49話 ラウンジで初対面

2018年8月某日、土曜日。

携帯で時刻を確認すると、11時50分。


 ぼくとたまきちゃんは、アシスタントを依頼しているはーちゃんを連れて、Gホテルに入った。冷房が程よく聞いていて、心地よい。はーちゃんは昨晩から、うちの娘の萌美の部屋に泊まっていて、明後日あたりまで一緒に「お泊り」することになっている。


 入ってそうそう1階のラウンジに目をやったら、すでに、今日の対談に出る人物が2人、すでに来ている。二人とも、アイスコーヒーを飲んでいる。

 一人は、ぼくが大学に入る前から知っている、あのマニア氏。前回の「論争」のときとほとんど変わらない姿格好だ。彼は最近、夏場にはあまりスーツを着たり蝶ネクタイをしたりしないのだが、今日はことがことだけに、自身のトレードマーク通りの格好をしてきている。セルロイドの丸眼鏡は、前回は黒だったが、今回は言うなら「ヒョウ柄」風。

 そしてもう一人は、以前居酒屋で一度お会いしたことがある、あの上田幸雄氏だ。この方は、マニア氏のようにスーツを着たりせず、わりにラフな格好で、ジャケットを羽織っている。

 3人そろって、ふたりの近くのテーブルに、そろそろと近づいた、というよりも、女性店員に案内された席が、彼らの隣だった。他に空いている席もないので、仕方ない、というところか。横のテーブルの中年男性たちは、ぼくらにかまわず、何やら鉄道の話をしている。というか、鉄道サークルの話だな。これは。

あれ? いつぞやの光景とよく似ているぞ・・・・・・


 「上田さんのサークルには、女性はおられましたか?」

 「いましたよ。米河さんは鉄研やね。女性会員さんは、あまりおられなかったのと違いますか。うちの周りの大学も、そんなものでしたな」

 「でしょうね。でも、女性、何人かはいましたよ。ただいかんせん、「鉄道研究会」なんて正面切った団体でしたからね、しょうがないですよ。男ばかりになるのもね」

 「その点、うちは「鉄道の旅同好会」ですからね、意外とハードルは低かったですな。そりゃあ、「鉄道研究会」と名乗っても良かったのでしょうが、それだと、間口があまりに狭くなりそうでねえ。私が1回生のとき、たまたま知り合った2回生の女性がいまして、彼女が言うには、「鉄道旅行同好会」なら、一緒に立ち上げてもいいけど、「鉄道研究会」は、ちょっと・・・などと言われましてね。結局、「鉄道の旅同好会」にしました。「鉄道旅行同好会」でも悪くはないけど、少し緩めのネーミングの方がいいんじゃないかってことで、「鉄道旅行」じゃなくて、「鉄道の旅」としてみたけど、これがよかったね。あとで彼に聞くと、やっぱり、鉄研と名乗らなくてよかった、女子大生が「よりどりみどり」だ、とか面白がって言っていましたがね。そのくせ、彼女とばかり一緒にいて、後に結婚まで至りましたから、世話はない話ですけど。彼らはいまだに仲が良くて、一緒にJR全線完乗を夫婦で目指すと言って、列車に乗りまわっておいでです。単独で乗った区間や路線は、カウントしないのだそうです。まあ、景色の見える昼間だけカウントとか、車窓左右両方を見てカウントとか、ストイックな条件を付ける人は時々いますが、夫婦そろって乗車しないとカウントしないというのもねぇ・・・、」

 「それはまた、ご苦労なことで。私は小5で「鉄道研究会」にスカウトされまして、さんざん鼻柱をへし折られながらも、頑張ってきました、ってところですか。鉄道を極めるぐらいの気で、本を読んだり資料にあたったり、列車に乗りに行ったり、模型をやったり、一通り、鉄道「趣味」に関わることはやりました。一種「器用貧乏」的な趣味活動をしてきたようにも思いますが、ある種の「専門馬鹿」にならなかったのは、鉄研のおかげですよ。実際、鉄研と申しましても、ご存知かとは思いますが、マニア色の濃い人間ばかりじゃありませんでしたね。うちも例にもれず。まあでも、うちは男女の出会いをプロデュースするサークルではありませんから、これはこれで、いいでしょう」

 「サークルはまあ、ひとつの「枠」でして、それ以上のものではない。この手の趣味は、何といっても一人一人がどう物事に向き合っていくかが大事ですからね。とはいえ、人との出会いは、サークルだけではありません。私たちの学生時代は、本当に、旅先でたくさんの出会いがあって、楽しかったですな。しかし、この20年ほどですかねぇ、鉄道の旅をする人の雰囲気といいますか、旅のスタイルそのものが、昔とだいぶ変わりましたよね。ちょっと表現が難しいですけど、なんか、みんなが殻に閉じこもっちゃったような、そんな感じかな? 米河さんも、何か感じておられませんか」

 「ええ、いろいろと感じます。何といっても「個人化」が進んでいますね、この世界も。以前ならそんなことなかった何もかもが、個人対象の消費形態になっていくようです。コンビニでもスーパーでも、そこに照準を合わせた商品、本当に増えましたね。ずっと独身生活を通している私個人としては、ありがたいことこの上ないですけど・・・どうなのかなあ、それでいいのかなあ、という疑問もぬぐえません。こう見えても時々ね、昭和から平成初期にかけての鉄道の旅が、懐かしく思えるときがままありますね」


 「似て非なるもの」という言葉を、彼らの話を聞いていて思い出した。前回の「論争」のときは、確かに、この2人のうちの1人がいて、相手となる人物と鉄道の「マニアック」な話をしていたのだが、あれには、はたから見ていて、恐ろしいほどの緊張感と殺気のようなものを、否応なく感じた。

 だが今回は、そんな感じは一切受けない。特別な緊張感はないし、会話内容も、雰囲気も、和やかそのもの。しかも、前回と異なり、今日がまったくの初対面同士の人も多い。

 中にはSNSですでに知り合いという人もいるが、それとて、昨日が初対面だったとか、そんな感じのパターンの人も。紀行作家の上田さんとマニア氏はまさに昨日が「初対面」だし、カメラマンの沖原さんと上田さんは面識があったそうだが、マニア氏とは初対面だ(正確には、上田さんとマニア氏は今日で2度目ということになる。詳しくは後程)。

 大学生の二人はもちろん初対面。上本君とはーちゃんは、それぞれマニア氏とは個別に面識はあるが、上田さんや沖原さんとは初対面どころか、どういう人かを知っているかというレベルだ。ぼくはたまたま、いろいろなところで上田さんや沖原さんとは面識があるが、たまきちゃんとは初対面だ。

 

 「米河先生、おひさしぶりです。安中はるみです」

 ぼくらのテーブルに飲み物がきたのを見計らって、はーちゃんが隣にあいさつした。

 「はーちゃん、お久しぶりやね。あ、太郎さんにたまきさん、毎度です」

 「あ、大宮さん御夫妻ですね。はじめまして、上田幸雄です。こちらの若い女性は、安中はるみさんですね。お話は、大宮さんからお聞きしています。よろしく」

 「安中はるみです。はじめまして。上田さんですね、よろしくお願いいたします」

ぼくらはテーブルを合わせ、改めて相互にあいさつをした後、しばらく雑談した。

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