第40話 マニア大戦20 「鉄道作家」談義

 ここでぼくは、そろそろ話を鉄道に戻して、鉄道がらみのライターや作家の方々のお話を、と、彼らに話題を振ってみた。

 早速、マニア氏が口火を切る。

 

 じゃあ、種村直樹氏から行きましょうか。

 私は、初期の種村作品、好きですね。氏の文章は初期より一貫して、血沸き肉躍るような、粗削りだけど人の心をわしづかみにする何かがあります。初期ほど、それは強い。

 ただ、人と群れだしたのはね。

 特に後期の青少年らをぞろぞろ引き連れたのは、いかん。彼の熱烈なシンパは、昔からいますけど、ある時期まではむしろ微笑ましさを感じていたし、そこで紹介される皆さんと読者も一緒に列車に乗っている気分になれて楽しめるものでした。

 だが、高校の半ばぐらいから、種村氏の作品自体読む気がしなくなりました。まして「親衛隊」みたいな若い取巻き連中となんてことになりだしたあかつきには、なおのことです。今の群れあい旅日記は、言わずもがな。

 加えて、起こったことやご本人の思われたことをあけすけと書かれますよね。

 それがよさだと言えば、確かにそうですけどね。

 

 日本で初めて「レイルウェイライター」を名乗って活動している種村直樹氏は、彼らの間でもよく話題になっていた。ここでマニア氏が、その種村直樹氏の作風を模写した文章をワープロで打って持ってきてくれていたので、それを皆さんに配って、読んでいただくことに。


 マニア君、走る~種村直樹風ルポ ~ 同名の別記事をお読みください。


 これはそれほど長い文章ではないから、2~3分もすれば皆さんひと通り読めたようで、続々と感想が飛び出してくる。

 「おお、米河、これ、まさに種村さんの表現に似とるのう。あの人なら、こんな書き方、するじゃろうなぁ・・・」

 「確かに、石本さんのおっしゃる通りで、種村氏の作風が、よく出ていますね」

 と、X氏も。彼は美少女アニメ研究会だが、鉄道がらみの知識も鉄研関係者などから得ていることもあり、学生時代には種村氏の本もいくらか読まれていたという。

 「まあ、この文章の事実については、おそらく米河さんが中学生の頃にされていた通りのことでしょうが、その論評については、ノーコメントです。種村の文章を真似ていると言えば確かにね、大いに笑えますな。あの御仁は、文体だけの問題ではなく、内容面でも、こういう文章ばかりを書いていらっしゃいますからねぇ。昔から。ところで、この種村直樹ですけど、ルポはともあれ、旅と鉄道ではご存知の通り、汽車旅相談室というコーナーを十数年来やっていますね。あれは確かに、なかなかできることではありませんよ。私は、それなりに評価しております。確かに、国鉄末期の「たるんだ」状況をただすには、大きな効果があったことは認めましょう。しかしね、インターネットが発達していけば、雑誌上のあの手のコーナーは、厳しくなってくるでしょう。その時、種村の使命は言い過ぎにしても、このコーナーの使命は終わりますね、間違いなく」


 実際それは、ここで瀬野氏が述べたとおりになった。

 それから数年後、2006年の6月のこと。その年の4月に父を亡くしてしばらく旅を続けていたマニア氏は北海道にも行ったのだが、その行き帰り、たまたま同じ時期に休暇をとっていたぼくとたまきちゃんは、行きの「北斗星」と帰りの「トワイライトエクスプレス」でマニア氏と一緒になった。実は、マニア氏が北海道に行くと言い出したので、それなら、ということで、行きと帰りの列車を合わせていきましょう、という話になった。

 その帰路、トワイライトエクスプレスに乗る前に、札幌の本屋で旅と鉄道の最新号を買ったのだが、これを見てびっくり。「種村直樹の汽車旅相談室」が最終回を迎えていた。頃合いを見てマニア氏をロビーカーに呼び出して読んでもらったが、

 「時代の変わり目に立ち会えましたわ。ついに来るべき時が来ましたね・・・」

と、ぼくらの前で感慨深そうにつぶやいていた。


 「しかし、なぜ種村さんの話になると荒れるのでしょうか?」

 ぼくの問いかけに、瀬野氏の答えは、こう。やっぱり、呼び捨てだ。

 「それにつきましては、以前この対談のオファーを受けたときに学館で米河さんとお話しして、おおむね意見が一致していますので、私からご説明します。種村の元職は毎日新聞の記者です。彼の文章は本質的に新聞記者のルポであり、あくまでも「記事」です。「記事」は即時性とともに、その状況、ひいては、その時代をいかに切り取るかが命でしょう。種村が自らの文章に「現代」を切り取って乗せることができなくなった時こそが、種村直樹のレイルウェイライター生命の「終焉」ですね」

 瀬野氏は種村氏に対して、明らかにいい印象を持っていない。彼は何より、氏に対して敬称をつけない。話の内容にも、心底からの相入れなさが第三者にも伝わってくる。

 マニア氏も、瀬野氏と1対1で話すときはいつものこととしても、ぼくらと話すときでさえ、呼び捨てにすることはしばしばあるが(ぼくの父がいるときは、敬称をつけている。

 だからこそ、父はあのノートを見て驚いたのだ)、たいていの場合「氏」、ときに「さん」をつけて呼びならわす。

 そのマニア氏が、瀬野氏の会話を受けて立った。

 

 それでは、瀬野さんのお言葉を継いで、私から補足させていただきましょう。新聞記事はですね、多かれ少なかれ、どこかの見方や立場に立って書くものです。

 例えば朝日ならリベラル、毎日もほぼ同じ、読売はやや右寄り、産経はまだまだ右寄りで、むしろ、赤旗の真逆側、といったようにね、それぞれの新聞自体に立ち位置があるわけですよ。同じことを伝えるにしても、まして論評ともなろうものなら、別の立ち位置の新聞や読者から批判を受ける。これは、新聞という媒体の「宿命」です。あ、赤旗は通常の新聞ではなく政党機関紙であるとか、そういう御指摘は「なし」でお願いしますね。

 それはともかくといたしまして、種村サンの文章が賛否激しいのは、今私が述べたあたりが原因ではないですかね。「汽車旅」ブームを巻き起こして定着させた種村氏の側に立つか、あるいは、昔ながらの鉄道趣味人の側に立つか。

 後者に立つ者にしてみれば、瀬野さんは言うまでもなく、私もその後者にあたる人物となるのでしょうが、種村氏は我々のような立ち位置とは違う立ち位置にいる、それも代表的な人物以外の何物でもないことは明白です。

 種村氏の作品ですが、全体的に見て、日本の作文教育の良い面と悪い面が同時に究極まで表現された形である、というのが、私の見解です。実際彼の文章、とりわけ列車追跡物は、良くも悪くも、「思ったこと、感じたことをそのまま文章にしていく」という作文の指導方針の、ある意味理想形のようなものだと思いますがね。


 瀬野氏が、それに応戦。

 「まず、米河さんにせよ私にせよ、種村の立ち位置とは相いれない位置にいる者であるという点には、異論はありません。それはさておき、作文教育の善し悪しが同時に究極の形で出たのが、種村作品、ですか。実に興味深い御指摘ですけど、そんないいものですかねぇ・・・。米河さんは小学生から鉄研に来て先輩方に色々教わったことは存じていますが、先輩方から種村の本や文章もよく読まされましたよね」

 「もちろんです。だからこそ、良くも悪くも、種村氏の作品については思うところあるわけです。私は、瀬野さんほど種村氏を悪く言う気はないですけど、私とて、種村作品の全部がいいとは申しておりません。特に最近の記事は、読む気、しませんなぁ・・・。でも、旅先のどこかでお会いできるなら、ぜひ、お会いしてみたいとは思いますが」

 「そんなものですかねぇ・・・」

 と、瀬野氏。

 またここでも、いつか父が指摘した両者の「違い」が顔をのぞかせている。

 どちらがいいか悪いかという問題ではもちろんないのだが、マニア氏の手法のほうが、瀬野氏の手法より、少なくともぼくは、バランスも良く、馴染みやすいところがあると思うけどな。


 しばらく種村評が続いたが、氏のことを語りだすと、話が荒れる場合が多いのは確か。インターネットのサイトなどではアンチな論評をしている人も多い。中には種村氏の「決まり文句」のようなものを使って茶化す人も。


 種村直樹氏の文章は、本質的にそういう「茶化し」を誘発する何かがあるのだろう。

 「種村氏のネタは、そのあたりでやめましょう。せっかくの機会ですから、他の作家について語られたい」

 ここでX氏がストップをかけた。

 瀬野氏はここで話題を変え、再度論戦の火ぶたを切る。

 マニア氏が、それに応戦する。

 しばらく、鉄道作家というよりは紀行作家評が続く。

 ぼくもたまきちゃんも宮脇俊三氏の作品は読んでいるので、話が進む。こちらは不思議なことに、種村氏のときほど話が荒れることはない。


 季節はもう11月。日は少しずつ暮れかかっているようだ。

 時計を見ると、ちょうど17時を過ぎたころ。収録後会食をすることになっているが、もう少し「お預け」か。

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